重なる月

志生帆 海

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第5章

太陽の影 10

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 このドアの向こう側には涼がいる。

 俺も会いたい。
 涼と話したい。

 そんな気持ちを押し隠し、車椅子の義父とKentをドアの先へと見送った。しばらくして室内から和やかな談笑が聞こえてくるのを確認すると、俺は一人また階段を上って部屋に戻った。
 
 この部屋は、義父が用意してくれた丈と俺のための部屋だ。

 ふぅ……

 深い溜息をつきながら窓辺に腰かけていると、玄関先から声が聞こえて来た。

 そっとカーテンの影から覗いてみると、心配で迎えに来たらしい大柄の白人の男の子と涼が微笑みあっている光景が見えた。

 きっと涼の同級生かな。なんだか楽しそうにしている。きっと涼には、俺とは違って友達が沢山いるのだろう。昨日のことはショックだったろうが、それを乗り越えられる明るく前向きな力を持っている。

 最初に会った時から太陽のように眩しかった涼。だから負けずに頑張れ。

 本当に君はあれから随分成長したね。成長するとますます俺に似てきて、まるで双子の片割れような分身のような不思議な存在だ。

 実際は太陽と月のように、かけ離れた性格なのに。

 俺は涼に会いたいのに会えないもどかしい気持ちを抑えたくて、カーテンの端をきゅっと握りしめて耐えた。

 今日ではないだけだ。
 きっとまた会える。
 涼……君とは縁がある。

 ここではない、どこかで会おう。
 お互い笑い合って、会いたいんだ。

 俺は義父を食い止めることに、今日はエネルギーをだいぶ使ってしまったようだ。

 会いたいと願えばきっとまた会える。
 あの日、洋月が願ったように……ヨウが願ったように……

****

「洋、どうした?」

 部屋に来た丈に問われ、我に返った。

「いや……何でもない」
「ふっそれが何でもない顔か」
「んっそうだな。その……会いたいのに会えないって辛いものだなって」
「あぁ……そうだよ。私もあの時、洋に会えなくて辛かった」
「丈……あの時はごめん、俺ひとりで……勝手に消えようとして」
「もういいんだ。今こうやって一緒にいられるから」

 俺は丈の肩に額を押し当て、丈の温かい体温を分けてもらう。

「でも俺には今丈がいる。丈が来てくれて嬉しかった」
「ふっ今日は妙に素直だな」
「だってまさか来てくれると思っていなくて」
「だから? 」
「……嬉しい」
「洋は可愛い奴だな」

 丈は俺の背中にその逞しい手を回して、優しく擦ってくれる。

「これからどうする? ここに泊まるのか」
「そうだね、1泊だけしようか」

 流石に夜中に来て朝帰るなんてひどいと思い、本当は今すぐにでもこの別荘から出たかったが、丈が一緒ということもあり一泊することを選んだ。その決断には義父もKentも喜んでくれて、夜には一緒にワインを飲んだりした。

 義父はすっかり弱くなった。
 躰だけじゃなく心が弱くなったのだ。

 昔からは信じられないほど俺の言葉一つ一つに反応し、まるで怯えているようだ。俺が邪険に扱うことをに、罪悪感すら感じてしまう。

 参ったな……こんなはずじゃなかったのに。人は変わっていくものなのだな。

「じゃあ義父さん、もう寝ます。明日の昼にはここを出るよ」
「洋、ありがとう。来てくれて……丈くん、洋のことをよろしくな、ゆっくり休みなさい」
「……はい」

 義父の口からそんな言葉を聞ける日が来るなんて、思いもしなかった。

 思えば俺たちは随分遠いところに来ている。
 ソウルもアメリカも……日本からは遠い。

 部屋に戻って、丈と共にベッドに腰かけた。


「丈……俺たち、今すぐじゃなくていいけれども、いつか日本へ帰ろうか。もう帰ってもいいんだよね」
「そうだな……洋が帰りたいのならそうしよう」
「俺……帰ったら、安志に会いたい。さっき急に思い出したんだ、安志のことを」
「そうだな。安志くんとはあれっきりになってしまって申し訳なかったな。ずっと私も洋がどうするのかが気になっていた」
「全く俺って酷いやつだね。安志の気持ちを受け止めることが出来なかったのが苦しくて、ソウルに送り出してくれたのに……結局、連絡を途絶えさせてしまって。涼のこともあって、会いたい人に会えないって辛いってことが、今日よくわかったよ」
「そうか……」
「安志も俺に今でも会いたいと思っていてくれるかな」
「あぁ、きっと洋の思う通りだよ。大丈夫……上手くいくよ。それより洋、今は少し黙って……」

 いつの間にか、丈が俺に口づけをしていた。
 慰めるように労わるようなキスからそれは始まった。
 俺もそれを受け止め返していく。

「あっ……んっ…」

 労りのキスに少しづつ甘い感情が混じり、徐々に深まっていくことに俺は動揺してしまう。

「ちょっと待て……丈っここでは駄目だ。下の部屋には義父とKentがいるのだから」
「洋……私はここで抱きたい」
「えっ」
「駄目か」

 俺のことを見つめる丈の眼には、情熱の炎が揺らいでいた。
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