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22 足りない証拠

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「わざと火事を起こして困窮させたところを助けるふりをして、アイラ嬢を手に入れたということか?」
「それが本当なら、許されないことだ」
「まさかファビアン様がそんなことをされるなんて、信じられないわ」

 オスカーの言葉を聞き、参列者たちは皆ひそひそと話し出した。

「……一体何のことかな」
「火事の実行犯を捕まえた。お前の倍の金を積み、命の保証をしてやったらアンブロス公爵家が黒幕だと吐いてくれたよ。金銭のみの忠誠心のない関係というのは、脆くて助かる」
「ははは、そんなゴロツキの言っていることが本当かどうかなんてわからないだろう? 私の名を語り、罪を着せることなど簡単だ」
「なんだと! 証拠は揃ってるんだ。観念しろ」

 協会の扉からリーゼと婚約者のロベルトが、二人一緒に入って来た。

「放火犯が使った大量の燃料は、火事の一週間前にわざわざ隣国から輸入されていました。おそらく証拠を残さないためでしょう。ロベルト様の力を借り、さらに詳しく調べると輸入された記録は途中で『食料』と改竄されていました。そのおかしな用紙がここに残っています!」

 リーゼは紙を上にかかげて、参列者に向かってそう訴えた。そして隣にいるロベルトは、リーゼの言葉の補足を始めた。
 
「その食料のはずの燃料は国内の商家を二つ経由して、アンブロス公爵家に送られています。しかも、普通よりかなり高額な値段で。その上乗せの金額はまるで何かの対価のようでした。皆さん、おかしいとは思いませんか?」
「そうです。これは紛れもなく、あなた方が火事を起こした紛れもない証拠ですわ!」

 二人の話を聞いて、皆がこの話を信じた。アイラの親友であるリーゼと、公爵令息であり宰相の子でもあるロベルトの言葉は、重みがあったからだ。

「いい加減にしてくれないか」

 状況を変えたのはファビアンの父親であるアンブロス公爵だった。

「息子の結婚式を台無しにした挙句に、私たちが犯罪者だと? 名誉棄損も甚だしい」

 なんの感情も感じられないほどの、冷たく重みのある低い声に会場はシンと静まり返った。

「燃料は寒い時期に向けて備蓄として購入しただけだ。それに何の問題がある?」
「それなら、なぜ改竄を?」

 オスカーは、アンブロス公爵をギロリと睨んだ。

「それは知らないな。購入した商家の手違いだろう。我が家にはたくさんの荷物が来るので、気が付かなかったのだろう。今度からは受け取り書類もきちんと不備がないか確認するように、使用人に徹底させることにしよう」
「何が手違いだ! あなたたちの指示だろう。金額もおかしい」
「騎士風情にはわからないかもしれぬが、公爵家には『付き合い』というものがある。定価以上で購入することなど、よくある話だ」

 淡々と言い返すアンブロス公爵には何の焦りも感じられなかった。オスカーはギリっと唇を噛み、悔しそうな顔をした。

「ふざけるな。あんなことをしておいて、まだ嘘をつくのか!」
「……もう言いたいことがないなら、出て行け。二度と騎士に戻れると思うなよ」
「俺のことはどうでもいい。アイラに……アイラに謝れっ!」
「さっさと連れ出せ」

 オスカーはたくさんの警備員に押さえ込まれながら、悲痛な叫びを続けていた。リーゼとロベルトも、逃げられないように一緒に拘束されている。

「やめて、もうやめてくださいませ。みんなを離してください」

 その悲惨な状況にアイラは泣きながら、ファビアンに訴えたが無視をされた。ファビアンは何人もに押さえつけられて床に膝をついているオスカーの前まで歩き、ニコリと無機質な笑顔を見せた。

「あなたが私の可愛いアイラに付きまとっていたことは知っています」

 オスカーがアイラに何度も求婚していたことは社交界では有名な話だ。もちろん、何度も求婚を断られていたことも。
 
「可哀そうに。そんな訳のわからぬ妄想をしてしまう程、アイラに振られたのがショックだったのですか?」
「……」
「いくら彼女に懸想していたからといって、結婚相手の私に当たるのはやめてください」

 フッと馬鹿にしたように鼻で笑い、オスカーの前髪を手で乱暴に掴んで顔を上げさせた。

「あなたとアイラじゃ全く釣り合いませんよ。自分でその冴えない顔を鏡でご覧になられてみては?」

 その暴言に、参列者からはくすくすと笑い声が聞こえてきた。アンブロス公爵とファビアンが火事の件を否定したことと、オスカーがアイラに迫っていた事実から、求婚を断られた恨み故の『捏造』ではないかと多くの貴族たちが判断したようだった。

 有力なアンブロス公爵家の人間が、アイラ一人のためにそんなことをするはずがないという先入観もあった。

「ファビアン様、もうやめてください」
「どうしてだい? 君もこんな男に付きまとわれて困っていただろう」
「違います……困ってなんて……!」
「こんな男を庇うなんて、アイラは優しいね」

 アイラがオスカーを助けようとすればするほど、ファビアンは苛つきが増していった。

「お前のせいで、最悪な気分だ」
「……」
「アイラには、今夜たっぷりお仕置きをしないとな」

 ファビアンはオスカーにだけ聞こえるように囁き、ニヤリといやらしい笑みを見せた。その瞬間、オスカーは頭を思い切りファビアンの顔にぶつけた。

「うゔっ」
「お前とアイラの方が釣り合ってねぇ。アイラみたいないい女は、てめぇなんかに勿体ないんだよ!」
「私の美しい顔に傷をつけたこと、許さないからな」
 
 鼻血が出ているファビアンは、胸ポケットからハンカチを取り出しぐっとそれを拭き取った。

「……私を本気で怒らせたな」

 ハンカチを床に投げ捨て、立ち上がったファビアンはオスカーを冷たく見下ろしていた。


 
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