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vingt et un

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 と言う訳で週末、種田あかりが田処茉莉花を連れてこの街にやって来た。因みに満田から連絡は相変わらずあるものの『今週は忙しい』とだけ返信してあとは全てスルーしている。
「まさかあなたにお世話になろうとは」
 田処茉莉花はちょっと複雑そうな顔をしてる。まぁ仮にも恋のライバル状態?  な訳だから良い気はしないわな。
「ここの産科はホントに評判良いから背に腹は変えられなくて。一度診察だけでもしてもらった方がいいと思うの」
「うん、あかりには感謝してる。実は両親にも勧められてたの、『露木産婦人科』」
 あんたら結構な親友同士なのね、この前種田あかりと話した時も安っぽさは感じなかったけど最初があれだからねぇ~。
「ご両親にはもう話したんですね?」
「えぇ、分かってすぐに。隠せる事ではないし、一応両親公認のお付き合いだったので」
 はぁ~ちょっと罪悪感を覚えるわ、知らなかったけど……知らなかったけど(大事な事だから二回言ったよ)我ながら横恋慕は頂けないわ。
「取り敢えず参りますか、時間になりましたんで」
 私は二人を連れて『露木産婦人科』に向かった。

 経過から言うと田処茉莉花は今回の診察でようやく産む決意を固め、満田と別れてシングルマザーになる道を選んだそうだ。それでもご両親は初孫だからと大層喜んでて、早くも名前を決めたりをベビーグッズを買い込んだりと大張り切りらしいと種田あかりから近況報告があった。
 その後何日かして田処茉莉花がご両親を連れて家を訪ねに来た。ご両親にはとんでもなくご丁寧に感謝された挙句『あなたは命の恩人だ』と大袈裟な事を言われてしまった。彼女自身は悪阻が酷かったり元々が貧血症なので、早目の産休を取って今はご実家に戻っているとの事。
「結果シングルマザーになるけど、ベビー服メーカーのお陰か産休育児勤務には理解があったので退職にならずに済んだのはラッキーだったわ」
 田処茉莉花の表情はとても晴れやかで、母になる自覚を持った強さも滲み出ていた。

「はぁ~こんなにゆっくり酒飲めるの久し振りだわ」
 金曜日の夜、私は同期入社の三井弥生と共にとあるバーでお酒を飲んでいた。このバー実はミッツのお店で、従業員さんもほぼヤの付くお兄ちゃんたちだ。
「そうだね、ここに来るのもちょっと久し振りよね?」
 弥生ちゃんもここが石渡組の次男坊のお店ということは知っている。彼女そういう偏見が少ないようで、仕事の遅い彼氏さんとの待ち合わせは大概ここにしているくらいだ。
「ここだと女一人で入っても変なのに絡まれないから、彼氏も『他の店よりずっといい』って」
 因みに今日もそのパターン、彼氏さん近くの大型ショッピングモールの店員さんだから仕事が夜十時十一時なんてザラなんだそうだ。
「弥生さんがお帰りの後、姐さんは私が責任持ってお送りしますよ」
 とミッツ、毎回そう言ってくるが正直そんなの必要無い。お前ここの現場普段舎弟に任せっ放しなんだからたまにはちゃんと仕事しろ。
「にしても今回の方何か酷いよね?二股具合も中途半端だし、子供の事も我関せずでのうのうと知らん顔でしょ?」
「うん。幸いお付き合いには至ってないけど、一瞬でもいい男だと思った自分が腹立たしいわ」
「さっさと縁を切った方が良さそうだね。せめて私たちに独身男性のツテがあれば……」
 弥生ちゃんは申し訳無さそうに私を見る。それは仕方が無い、だって彼女は幼稚園から大学までずーっと女子校で過ごしてきた箱入り娘、彼氏さんも四十代だから周りの人はほぼ全員が既婚者だ。
「それは今でなくてもいいのでは?まずはその糞ヤローをぶちのめしましょう。手始めに指を二~三本……」
「要らん要らん! 普通にホラーじゃないそれ!」
 私はニヤつきながら恐ろしい事を言い出すミッツを止める。
「しかし多少の制裁は必要かと。でしたら家一軒分くらいの穴を掘り、そこに糞ヤローを落としてからセメントを流して……」
「それ立派な犯罪だから! ガチで殺す気満々だろお前!」
「勿論(キリッ)! 姐さんを誑かした報いは受けていただきます!」
 ミッツの言葉に舎弟どもも頷いてる。怖いわ~石渡組、マジでやりそうだからホント怖いわ~。私たちのそんなおかしな会話を弥生ちゃんは微笑ましく聞いてる。イヤイヤ、あなたその辺りちょっとズレてますから。
「夏絵ちゃん、ミッツさんじゃダメなの?」
「えっ? 今の会話に惚れるとこあった?」
「だってそんなの本気でする訳無いじゃない、それくらいの気持ちはありますよって愛情表現なんじゃないかしら?」
「さすがは弥生さん、良い事仰る」
 と店長のミカヅキ君、彼は石渡組関係者ではないけど、酒類販売業免許とバーテンダーの資格を持っているのを買われてここの店長に収まっている……が十代の頃は結構な悪ガキだったそうで何となくだがここの雰囲気に馴染んでらっしゃる。因みにお歳は私の一つ下でとっても可愛い男の子の恋人がいる。
「夏絵さんは罪作りな女性です」
「全くですよ、どうして連絡くださらないんです?」
 ミカヅキ君の言葉に便乗してきた……なぜお前がここにいる!?
「あら奇遇ね満田君、今日は同期の子と一緒なの」
 だから邪魔しないでねくらいの態度で言ってやったのに図々しくも隣に座ってくる。
「お客様、女性客様の隣に座るのでしたらせめて断りは入れましょうか?」
 ミカヅキ君はかなり勘が良い。お冷もわざと一つ開けた席の前にそっと置く。
「いくら上等なお召し物で固められてもマナーが悪ければチンピラと同じです」
「それが客に対する口の聞き方かよ?」
 コイツ何だかんだで結構言い返すんだよねぇ、無事にご帰宅出来るのかしら?
「お言葉を返すようですが、アルコールの入った男性客から女性客様の身をお守りするのも仕事の一環ですので。それがお気に召さないのであればどうぞ他所のお店へ」
 ミカヅキ君は涼しいお顔で満田の動向を見つめている。私は敢えて無視を決め込み、弥生ちゃんは内緒話なのかそっと耳元に顔を近付けてきた。
「さっきの話、彼のことよね?」
 その言葉に私は小さく頷く。弥生ちゃんは満田の顔をチラ見して眉を顰めると、ケータイを取り出して何やら入力し始めた。これはアレだ、私もケータイを取り出してロックを解除する。
【何だか面倒臭そうな男、もうじき健吾けんごくん来そうだけどしばらく一緒にいようか?】
 メール談に切り替えてきた弥生ちゃんに私も返信文を作成する。
【大丈夫、ここの人たち頼りになるから。予定通り健吾さんとデートしてきて】
 と隣同士でメールのやり取り。店内はとっても静かだが右隣の視線が面倒臭い。
「お客様、ケータイの手元を見るのはマナー違反です」
 そういう事かよ。
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