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vingt

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 サクの浮気癖が治まり、ミトちゃんの体調も回復すると二人は新婚当初以上のラブラブっ振りでちょいちょい家を訪ねてくるようになった。今思えば知り合ったばかりの頃はずっと風邪っぽい症状見せてたもんね……悪阻がほとんど無かっただけになかなか気付かなかったって言ってたけど、舞子さんは怪しいと踏んでいたらしくて例え余所の男の子供でも岩井家で育てる心づもりはあったんだって。舞子さん過去のお嫁さんに対しては結構辛口だったのに彼女の事はめちゃくちゃ可愛がってるもの。
「はる姉様、豚汁の作り方教えてくださいな」
 この子何故か年上女性に『姉様』という敬称を使う。いつの時代の子だ? って感じだけど見てくれは今っぽい子だ。
「お料理は舞子さんに教わった方がいいと思うわよ、岩井家の味っていうのも大事にしないと」
「舞子母様が『豚汁ははるちゃんに教わりなさい』って。サクちゃんのお気に入りだから覚えておいて損は無いって」
 さすが愛のパワーだわ、ホント大事にしろよサク。
「俺はミトが作ってくれるもんなら何でもいいぞ」
 サクは二十歳の嫁さんにデレデレの状態だ。いやぁこうも変わるもんなのか?
「だからこそお勉強して毎日美味しいものを作れるようになりたいの」
 うん、ミトちゃん可愛すぎる♪ 私が男なら絶対嫁にしたいわ。
「もうその気持ちだけで十二分に嬉しいわ俺。なつ姉ちったぁミトの甲斐甲斐しさを見習えよな」
「うっさいわ、私の料理で殺してやろうか?」
 私の料理は壊滅的に不味い、そして何故かどこかしら破壊してしまう。
「なつは台所に立たないでちょうだい、これ以上破壊されたら私もう立ち直れないわ」
 以前にも話したと思うけど姉は絶対私を台所に立たせてくれない。洗い物は掃除としてカウントされるからその時だけだな。
「はる姉結構稼いでんだからそんくらいの金はあんだろうが」
「お金の問題じゃないわよ! キッチンが破壊される精神的ダメージって結構大きいんだから!」
 だそうです、私二十九年の人生で五度キッチンを破壊しました。葉山リフォームは大層潤ったと思うけど、姉の懐と精神は相当削られていきました。そして一度オス化させてしまいました、ごめんよ姉ちゃん。
「人には得手不得手があるんだよ。私なつ姉様のお陰で縦列駐車も車庫入れも出来るようになったのよ」
「お~さすがはなつ姉! でも怪力は見習っちゃダメだぞ」
 教えられるかそんなもん! こればっかりは体質の問題だから。私だって好きで……ぐすん、女子力より男子力の方が身に付いてないか?私の場合。

 可愛いミトちゃんに癒された後の火曜日の夜、仕事を終えた私は遠目からだが満田君の姿を見掛けた。誰かと話してる様だけど……と思って移動して様子を伺うと、この前梅雨ちゃんに言い負かされた二流女の片割れと一緒にいた。あれ? 知り合いだったのあの二人? にしても何か言い争ってる様に見えるんだけど気のせいですか?
「こりゃ迂回した方が良さげだなぁ」
「そうしてもらえるとありがたいわ。ついでに顔貸してもらえない?」
 とここにも現る二流女のもう片方。これはアレでしょうか? 中高生でいうところの『呼び出し』と言うやつでしょうか? んでそれなりの人数に囲まれて恐喝とかされるパターンでしょうか? うわぁ~三十路手前でこんなの体験しようとは……この程度相手なら百パー負ける気しないわ。
「私種田たねだあかりって言います。あなたは?」
 アレ? 思ってたんと違う、案外礼儀正しいのね二流女。
「五条夏絵です、この程度の面で宜しければ」
「じゃあ南口から出た先のカフェに入りましょ」
 私は種田あかりとかいう女に付いて駅南口のカフェに入る事にした。
 幸いなのか何なのか、この女思ったほど汚く(って思い込んでただけだが)ないみたい。取り巻きちっくなのも居ないし、フツーに雰囲気の良い純喫茶って感じのお店だった。この駅そこそこ長く利用してるけど、私が利用するのは東口なのでこの喫茶店の存在は知らなんだわ。
「で、私に何か?」
「単刀直入に言うわ、満田歩とはこれ以上関わらない方がいいと思う。あの男結構な人でなしだから」
「人でなし?」
 鬱陶しいストーカー気質ではなく?
「えぇ、さっき満田と一緒にいた子……田処茉莉花たどころまりかって言うんだけど、元々はあの子と付き合ってたのよ。それが先月急に連絡が取りづらくなって、本当は良くないけど半分ストーカーちっくになってたの。その間に妊娠してることが分かったり別の女、つまりあなたの影がチラ付くようになったりで」
 彼女田処茉莉花はデキてしまった子供の事で満田君と話し合いたかったのだが取り合ってもらえず、挙句中絶のお金が欲しいんだろ? 的な小馬鹿にした扱いを受けてブチ切れ今の言い争い状態に発展しているらしい。何だお前も節操無しじゃん、立浪さんの事言えないよ君。
「こりゃサクよりタチ悪いな」
「えっ?」
「何でもない、こっちのこと。田処さん? は先を見据えてのお付き合いだったのかしら?」
 デキ婚の覚悟が無いとこのタイミングでの妊娠って結構なハイリスクよ。
「えぇ、だと思う。少なくとも双方ともご両親と面識はあるから。満田んとこも結構な金持ちだけど茉莉花の実家もそれなりの大地主だからね、身分ってダサい言い方するけど釣り合わない事もないのよ、むしろ茉莉花の方が家系図的には格上のはず。満田んとこはあくまで戦後の成金」
 へぇ……田処茉莉花もエラいのに惚れたもんだ……と言うより満田歩結構なゲス男じゃないか! 既婚じゃないだけマシな程度のレベル、何が『あなたの傍に居させてください!』だ! まずはテメェのケツくらい先に拭いとけよ! ファーストキスではないがこの前のキスを返せ! あー何か久し振りに腹が立ってきた! 霜田さんどころじゃないじゃない、姉にガチで惚れてお見合い断るだけ彼の方がよっぽど紳士的だわ。
「はぁ~今から殴りに行きたい」
 私は種田あかりの存在を忘れて思わず本音を洩らしてしまう。言っておくがハッタリじゃないからね、フッフッフ。
「は? あなた意外と物騒なこと言うのね」
「そうかしら?」
「今一瞬オス化してたわよ」
 意外と的を得たこと言うじゃないこの子。
「うち男兄弟ばかりなので」
「それ言い訳にする? 私だって弟二人だけどそんな物騒な発想しないわよ」
 何言ってんだ、さっき『面貸せ』っつったのどの口だぁ?
「まぁ本当に殴ったら警察にしょっぴかれそうだから止めておくけど」
「それがいいと思う、そもそも殴る価値も……」
 無いと言いたいのね、仰る通りだわ。しかしどうやってフェイドアウトしてやろうかしら? それに田処茉莉花の事情も知っちゃったことだしこのまま放置しておくのも……ねぇ。
「田処さん? は子供をどうなさるおつもりなの? 私が介入する話じゃないけど」
「本人は堕ろす気でいるけど大丈夫かなぁ? 保育士目指してたくらいの子供好きだし。多分シングルになってでも産みたいんじゃないかと思う、本音では。でもなかなか合う病院が無いみたいでそこから苦労してるのよね」
 この子さっきから私にベラベラ友人情報話してくれちゃってるけど……田処茉莉花が知ったら多分発狂するよ思うよ。
「どちらにしても病院にはちゃんと行かないと」
「そうなのよ。それで私も職場の人にいい産科さんがあるか聞いてみたんだけど……それで評判の良かった産科が△△区の“島エリア”って呼ばれるヤ●ザのお膝元地域にあるらしくて部外者には敷居が高いのよね」
 △△区だと? 私のホームグラウンドです! そこなら口利きできるわよ、何たって“島エリア”の女性たちは必ずと言っていいほどお世話になる産科の事ですからね。
「何だそれなら私口利きできるわよ、『露木産婦人科』でしょ?何てったって地元ですもの」
「はぁっ? あんたと言い葉山梅雨子と言い一体何者なの?」
 いえいえただの一般市民ですよ。たまたまヤ○○こと“石渡組”のシマに住まわせて頂いてるだけ。そしてそこの次男坊ミッツと秋都がたまたま同級生なだけ。
「私は一般人、たまたま“島エリア”に住んでるだけ」
「はぁ~ヤバイのにケンカ吹っかけてたんだ私たち……」
「敢えて言えばヤバイのは石渡組だけ、他はみんなフツーの人たちばかりよ」
 って言うか石渡組は私たち“島エリア”住民のセ●●的存在である。言葉的には良くないが、いざという時行政機関よりも早い行動で住民たちを守ってくれる頼れるコワモテ連中なのである。
「ただ手間を最小限にするなら先に話付けておいてくれないかしら? 露木の産科さんにはこういう人がいるって話はしておくけど、田処さんが納得なさらないなら無理強いはしない方が良いわね」
「分かったわ、なるべく早く話しておく」
 私は満田の知らぬ所で種田あかりと接触し、連絡先を交換したのだった。まぁあンの男の事は後回しでもいいでしょ。
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