アルテミスデザイア ~Lunatic moon and silent bookmark~

海獺屋ぼの

文字の大きさ
36 / 63
第四章 京都1992

しおりを挟む
 体育館は嫌になるほど暑かった。校長も終業式の挨拶をしながら汗だくだ。
「はよ終わらんかな……」
 私の後ろで健次がボソッと呟いた。
「ケンちゃん静かにしーや。怒られるで……」
 健次をたしなめたけれど、私自身「はよ終わってほしい」と思っていた。
 校長は定型文的に「夏休みは有意義に過ごしましょう」とか「非行の誘惑に負けないように」とか話していた。
 退屈な定型文だ。こんな話聞いたって誰も喜ばない。何の参考にもならない。
 みんな非行が悪いことだと知っている。知っているから非行は魅力的なのだ。
 そんなに非行を防止したいなら夏休みなんて廃止してしまえば良いのに。と思った。
 もちろん口には出さなかったけれど……。
 終業式が終わると私たちは教室に戻った。お待ちかねの通知表タイムだ。
 クラスメイトたちは各々、通知表を貰って赤くなったり、青くなったりしていた。
 私はというと担任から事務的に通知表を受け取っただけだ。
 特に感慨はない。安定の評定平均4.7。
「月子ぉ……。成績どうやった?」
 健次は渋い顔をして私に聞いてきた。彼の顔はどちらかと言うと青く見える。
「普通やで。いつもどおり」
「そうか……。はぁ……。ええなぁ、お前は。俺おかんにめっちゃ怒られそうや……」
 残念でした。二学期頑張りましょう。自業自得です。
 健次の成績に対して言えることはそれだけだった。これに関しては小学一年から変わっていない気がする。
 通知表が配り終わると簡単なホームルームをしてその日の日程は終了した。
 さよなら一学期。こんにちは夏休み。
 私たちが帰り支度をしていると教室の引き戸から栞が顔を覗かせた。
「二人とも終わった?」
「ああ、今終わったとこやで!」
 栞の手には大きな花束が握られていた。
 季節を象徴するような小さな向日葵の入った花束だ。
 花束には手書きのメッセージカードが差し込まれている。
「一緒に帰らない? ちょっと話したいんだよね」
 彼女はレモンを搾るような声でそう言うと、「お願い」と付け加えた。
「ああ、ええで! つーか、今日ぐらいはウチも一緒に帰りたかったしな。ケンちゃんもええやろ?」
 健次は「ああ……」とだけ答えた。
 彼はどことなく不本意そうだったけれど断りはしなかった。
 断るわけにはいかない。もう逃げるわけにはいかない。
 断ったら一生後悔するだろう――。
 帰路。太陽が照りつける通学路。
 私たちは示し合わせたわけでもないのに松原へ向かって歩いていた。
 見上げると入道雲が青空の半分くらいまで広がっていた。
 完全に梅雨は明けたのだろう。
 健次は眉間に皺を寄せ、下を向いていた。
 栞は「暑いね」と当たり障りのないことばかり言った。
 私は「せやな」と当たり障りのない返事だけした。
 この期に及んで私たちは逃げていたのだと思う。
 あと少しだけ。もう少しだけ逃げたかったのだと思う。
 松原橋に着いたとき、私たちは逃げ場を失った。
 最初に現実と向き合ったのは私でも健次でもない。
 普段は頼りなくて、優しく、大人しい少女……。川村栞だ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

婚約破棄から50年後

あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。 そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

処理中です...