アルテミスデザイア ~Lunatic moon and silent bookmark~

海獺屋ぼの

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第三章 神戸1992

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 六月上旬。
 私と栞は二条城にじょうじょう近くのライブハウスを訪れた。
 やはりというか、何というか……。健次も一緒だ。
「なんでケンちゃんも一緒に来るんや?」
「別に良いやろ? 俺もバンド興味あんねん!」
「へー……。それは知らんかった……。てかケンちゃん、何か楽器出来るん?」
 健次は「今ギター練習中や!」と食い気味に答える。
 栞はそんな私たちのやりとりを困った笑顔で眺めていた。
 自分の彼氏と女友達が目の前で喧嘩している……。
 そんな不思議な状況。いったいどんな気持ちなのだろう?
「ま、あれだよ! 岸田君も今練習中なんだよ! ねっ!」
 栞は助け船でも出すように健次をフォローした。
「栞はええ彼女やな。理解あるし、優しいし……。ケンちゃん良かったなー」
 私は健次に皮肉を言って彼の頭を軽く小突いた。
「ちょ!? おま、ふざけんなやマジ!?」
「ほんま大事にしーやー。栞も! ケンちゃんはだらしないから気をつけたほうがええで!」
 彼らとこんなやりとりが出来るのが嬉しかった。
 本来ならあのまま縁が切れていてもおかしくなかったはずだ。
 だからこんな些細な会話がたまらなく幸せだった。
 細やかな幸せ。妥協の賜物。
「えーと……。今日は月子ちゃんの友達が出てるんだっけ?」
「ああ、ま……。友達ってわけでもない……。顔見知り以上友達未満みたいなもんかな?」
 我ながら言っていて歯切れが悪い。
 佐藤亨一とは楽器屋で一回話しただけだ。友達ではないと思う。
 ほんの少し話しただけ。通りすがり。かもしれない。
「なんやねんその関係?」
「いやな……。楽器屋で初めて会うて、何か気になる子やったから……」
「はぁ? なんやイケメンか?」
 本当にこの男はデリカシーがない。
 失恋した女に掛ける言葉がそれかと思う。
「ちゃうて!! なんや気味の悪い子でなー。でもなんか気になんねん!」
「そっかぁ。でも月子ちゃんが気になるなんて珍しいよね。あんまり男子に興味持たないのに」
「せやなー。きっと音楽関係やから気になるんやと思う。ま、行ってみたらわかるで!」
 それから私たちは痴話喧嘩しながらライブハウスの中に入った――。

 私がライブハウスに入ったのはその日が初めてだった。
 壇上を照らすように、大きな照明器具が天井から吊され、ステージ前には大きなU字の柵が設置してあった。
「いやー! 初めて来たけどなんかすごない!?」
「ほんとだねー。私ライブとか初めてだから少し緊張する……」
 ライブ処女二人は緊張していた。
 健次はあまり緊張していない。変なところが図太いのだ。
「ライブ久々やなー。俺もたまに来るんやで? バスケ部内でもバンドやっとる奴おるしな」
 心なしか健次は上機嫌に見えた。
「そうなんや……。ウチは弦楽器あんまりやらんから知らんなー。ギターもコード弾ける程度やし」
「ハハハ、ギターおもろいで! あとで聴かしたるわ。てか月子ぉ? その佐藤亨一ゆう男は何の楽器やっとるんや?」
「ああ、たしかベースやで! 本人はベース・ドラム・ギター・キーボードみんなやっとるみたいにゆーとったな」
 佐藤亨一は楽器が一通り出来るらしい。
 詳しくは知らないけれど、彼は幼い頃から楽器に触れる環境で育ったようだ。
 きっと音楽に造詣ぞうけいの深い家庭なのだろう。
「はぁー!! なんやすごいな! それ聞いたら俺もその男に興味出てきたわ!」
 少しすると会場の照明が落ちて暗くなった。
「あ、始まるみたいだよ!」
 栞はそわそわしながら私の腕にしがみつく。
 しがみつく相手が違う気もするけれど、あえてツッコミはいれない。
 少しすると歓声と共にステージに最初のバンドが姿を現した……。
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