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第三章 神戸1992

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 彼は良い意味で不気味な少年だった。
 今まで出会ったどの男よりも気味が悪く飄々ひょうひょうとしていた。
 見方によっては《オタク》という人種に見えなくもない。
 その時の私は、偶然出会ったその少年と生涯の付き合いになるとは思わなかった。
 どうやら運命は私とその男を引き合わせるために無理矢理筋書きを書き換えたようだ――。

「月子ちゃんもしかして疲れてる?」
 音楽室でクラリネットの練習をしていると、栞が心配そうに私の顔を覗き込んできた。
「ん? そう見える?」
「うん。なんか目の下にクマが出来てるみたいだし……」
「ああ、せやね……。最近夜遅いからやと思う。はぁぁ……」
 私は反射的に欠伸した。大きく背伸びもする。
 中間テスト勉強のため、夜更かしをしていた。さすがに寝不足だ。
「あんまり無視しないでね。月子ちゃん頑張り屋だから心配……」
「ああ、大丈夫やで。ウチいつもこんなやし、勉強すんの嫌いやないから問題ないで」
 私の返答に栞は苦笑いを浮かべた。
 定評のある苦笑い。
「月子ちゃん本当に頑張るよねー。私あんまり頭良くないし、すごく羨ましいよ」
「栞は一点特化型やからしゃーないやん? その証拠に古文・現文はウチより成績ええし」
「う、うん。まぁね……」
 栞は相変わらずだ。国語系の科目に関しては謙遜けんそんしない。
「ウチは栞が羨ましいで? 言葉遊び上手いし、綺麗な言葉選ぶ天才やもんね」
 栞はクラリネットを両手で抱えながらデレデレした。
 案外、褒めれることが嫌いではないのかもしれない。
 あと少ししたら、彼女は吹奏楽部から文芸部に変わるだろう。
 そして、あの綺麗で面白い話をつづるに違いない。
「あ、せや! 栞さぁ。一緒にアマチュアバンドのライブ行かへん?」
「へ?」
「実はな……」
 そう言うと私は、スクールバッグから一枚のフライヤーを取り出し、栞に差し出した。
「なぁに?」
「この前、楽器屋で面白い男の子に会ってな。それで誘われたんや! もし栞の都合さえよければ一緒に行かへん?」
 そのフライヤーは佐藤亨一から貰った物だ。
 何でも京都市内でアマチュアバンドのコンクールがあるらしい。
「うん! いいよ! 行きたい!」
「よっしゃ! したら決まりやね!」
 こうして私たちはそのライブイベントに行くことになった。
 栞の屈託のない笑顔を見ていると不思議と気持ちが落ち着くような気がした。
 鴨川沿いの一件が解決した訳ではないのだけれど……。
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