月不知のセレネー

海獺屋ぼの

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第四章 月の墓標

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「とりあえず電話してみるよ。兄貴は家も会社もここからそんなに離れてないからね」
 京介はそう言うと自身のスマホで惣介に連絡を取ってくれた。そして電話を掛けると数コール後に惣介が出る。
「あ、兄貴。お疲れ。今忙しい? ――うん。いや……。用事があるのは俺じゃなくて陽子なんだけど」
 京介はそう電話口で言うと私の方をチラッと見た。そして「うん。じゃあ代わるよ」と言って私にスマホを差し出した。私はそのまま電話を受け取る。
「もしもし?」
『もしもし。そろそろ連絡寄越すと思ってたんだ』
 惣介はまるで待っていたかのように言うと「で?」と矢継ぎ早に私に要件を訊いてきた。
「西浦さんのこととこの前持ってきた写真の件で話したいんだ。今からこっち来れる? もし無理ならどっかで待ち合わせでもいいけど……」
『ああ、ちょっと待ってろ……。うん。すぐに動けると思う。じゃあお前んち行くわ』
「……分かった。忙しいのにごめん。待ってるわ」
 私は手短にそれだけ伝えると電話を切った――。

 それから程なくして惣介は私の部屋に来た。来客対応でもしていたのか、彼はいつもより小綺麗な格好をしていた。普段の汚らしい無精髭も今日はない。おそらく割と重要な取材でも入ったのだと思う。
「いらっしゃい。ごめんね。こんな時間に」
「いや、いいよ別に。俺もそろそろ話したいと思ってたんだ」
 惣介は珍しく穏やかな口調でそう言うと几帳面に自身の脱いだ靴を外側に向けて揃えた。不良新聞記者になったとはいえ、その育ちの良さは残っているらしい。
「京介から電話きたときは親父になんかあったのかと思ったよ」
 リビングに入ると惣介は京介に冗談交じりでそんなことを言った。京介は「ハハハ、まだまだ父さんは元気だよ」と答える。
「タバコ吸うなら先に吸って来てくんない? その間にコーヒー淹れとくから」
「お、そうか? んじゃお言葉に甘えて」
 惣介はそう言うと胸ポケットからタバコを取り出してベランダに向かった。そして私は惣介がタバコを吸っている間にコーヒーとクッキーをテーブルに並べた。一応の応接用セッティングだ。
「ずいぶんと気合い入ってるね……」
 準備する私に京介は少し呆れた調子で言った。そこには『兄貴にそこまで甲斐甲斐しくする義理あるの?』というニュアンスが含まれているように聞こえる。
「うん。今日だけはね……。私の進退が掛かってるから」
「そっか」
 京介はそれだけ言うとそれ以上は詮索しないでくれた。これだから京介は好きなのだ。惣介のゴシップ好きとは対極のスタンスは見ていて気持ちが良い。
 そうこうしていると惣介がベランダから戻ってきた。そしてクリアファイルをバッグから取り出してテーブルの上に置いた。
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