月不知のセレネー

海獺屋ぼの

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第二章 フユシオン

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 川村さんに呼ばれて二人が奥の部屋から顔を覗かせた。心なしか前回より彼女たちの緊張の色は薄く見える。
 半井さんは白いブラウスに薄茶色のカーディガンを羽織り、紺色のプリーツスカートを履いていた。それは清潔感のある女子高校生の私服そのものだと感じる。
 一方、冬木さんの服装はかなり落ち着いていた。黒のパーカーに黒のロングスカート。全身真っ黒なコーディネートだ。遠目から見たら喪服に見えるかも……。そう思えるほどだ。
「こんにちはー。お世話になっております」
 私は前回と同じように極力愛想良く彼女たちに挨拶した。自然と口角が上がる。営業マンとしても悪くない笑顔だと思う。
「こんにちは。先日はありがとうございました」
 私のそんな営業スマイルに半井さんも笑顔で返してくれた。素直にいい子だと思う。きっとこの子の両親は真っ当な躾けをしているのだろう。
「春川さん。ご足労頂きありがとうございます。本来ならこちらからお伺いさせていただかなきゃいけないのに」
 冬木さんはそう言うと深々と頭を下げた。
「いえいえ。お気になさらないで下さい。じゃあさっそくですが……」
 私は挨拶をそこで区切ると二人に本題を切り出した――。

 その日の打ち合わせは前回より幾分踏み込んだ内容だった。まずジュンくんのことを紹介し、彼の経歴と今まで実績を二人に説明した。改めてジュンくんの話を整理してみるとなかなか興味深いと感じる。
 高木ジュン。ニンヒア所属のバンド『バービナ』のベーシスト兼同バンドの作曲担当。アマチュアからのバンド歴は約一〇年。メジャーデビュー後は他バンドへの作曲者としても活躍中。そんな内容だ。
「高木さんの曲は何曲か知ってます……」
 私が説明を一通り終えると半井さんが緊張したように言った。どうやら彼女にとって『バービナ』は割とメジャーなバンドらしい。ファンとまでは言わなくても普段から楽曲は聴くようだ。
「聴いて貰えて光栄です」
「いえいえ。こちらこそですよ! ニンヒアさんのバンドだとは知ってましたがまさか一緒にお仕事できるとは思ってませんでした」
 半井さんは興奮気味に言うと「ね!」と冬木さんに同意を求めるように彼女の肩を揺すった。冬木さんは「そうですねぇ」と肯定とも否定とも取れるようなリアクションをした。その様子はまるで仲の良い姉妹のように見える。
 それから私たちは今後のスケジュールについて話し合った。前回、おおまかなスケジュールは決めていたので今回は具体的な締め切りやらミーティングやらの確認作業だ。
「それで……。申し訳ないんですが作曲担当の鍵山さんとも一度顔会わせしていただきたいんですが大丈夫ですか? おそらく当社の車で鍵山さんのご自宅まで行くことになると思うのですが」
「大丈夫……。だと思います」
 冬木さんはそう言って半井さんの袖を軽く引っ張った。
「あの……。できたら週末でも大丈夫ですか? 私事ですが学校が……」
 半井さんは少し申し訳なさそうに言うと「すいません」と付け加えた。
「ええ、もちろん大丈夫ですよ。では……。弊社の作曲担当にも確認して後日連絡差し上げますね」
 ――と言いながらだいたいの段取りを頭の中で組んでみた。『バービナ』のスケジュールで土日空いている日、且つ私の予定が空いている日……。あとは肝心の鍵山さんの都合良い日。そこまで考えて少し頭が痛くなった。……まぁいい。仮日程組んで全員に打診しよう。とそこで思考と止める。
「では、とりあえず今日の打ち合わせはここまでということで。何か気になることはありましたか?」
 私は机に広げた書類をまとめながら彼女たちにそう問いかけた。
「あの、春川さん。僕からも冬木さんに聞きたいことが……」
 ふいにずっと黙って頷いていただけのジュンくんが話に割って入ってきた。
「ん? ジュンくん何かあった?」
「ええ。ちょっと」
 ジュンくんはそう言うと冬木さんのことを真っ直ぐ見つめた。
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