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第4話:ドレスの投票

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「皇太子の誕生日パーティー……もうそんな時期なんですね」
「めんどくさいですね」
(はっきり言った……)

 週に1回の公爵との夕食にもだいぶ慣れてきた頃、皇太子の生誕祭の招待状が届いたことを知らされた。
 次期皇帝であるカミーユ皇太子の誕生日は12月23日。首都では23日から年明けまで通しで祭りや催し物が開催される。
 
「夫人は行ったことがありますか?」
「はい、何度か」

 皇太子の誕生日パーティーには、小さい頃に何度か行ったことがある。
 お父様とお母様の後ろについて挨拶をした程度で、特に交友があるわけではない。遠目に見た印象では、いつもニコニコしてて爽やかな少年だと思った。

「……」

 お父様が亡くなってから社交界には顔を出していない。没落寸前の伯爵令嬢があのフォール公爵と結婚したなんて、貴婦人達の恰好の噂のネタになっているだろう。
 今まで目立たず生きてきたのに、きっとパーティーではそれなりに注目を集めることになりそうだ。そう思うと少し気が重い。

「準備に関しては侍女長に一任していますので安心してください」
「え……」
「女性は何かと準備が必要だと聞きました。俺はそういうのに疎いので」
「は、はい」

 準備……ダンスの練習とかだろうか。何にせよ、侍女長のデボラだったら安心して任せられる。


***


「奥様……とてもお似合いです!!」
「ナタリー様素敵です!!」

 公爵の言っていた「準備」とは、ダンスのことではなくドレスのことだった。
 朝食を終えてすぐ、侍女長を筆頭に洋服の仕立て屋さんがぞろぞろと入ってきて、あっという間に私の部屋は色とりどりの生地や帽子、手袋、髪飾りなどで埋め尽くされた。
 伯爵家から持ってきたドレスを着るつもりだったと言ったら「流行遅れです」と一刀両断され、デボラの勧めるがままにカタログを眺め、小物の試着を繰り返した。

「奥様は淡い色がとても似合いますね」
「そうなんです侍女長!」

 1時間くらい経っただろうか。疲労感が顔に出てきた私に対して、デボラとリゼットはまだ楽しそうに目を輝かせている。

「奥様はどれがお気に召しましたか?」
「これか……あれで悩んでいます」

 今のところ2つの候補で悩んでいる。一方は淡い青色でレースが多めの清楚なドレス、もう一方は淡い緑色で花の装飾が施されている上品なドレス……
 
「私は青の方がいいと思います」
「私は緑の方がいいと思います」

 私の背後でデボラとリゼット、二人の声が重なった。

「リゼット……奥様のしなやかな曲線美はこちらのドレスでこそ輝くのです」
「お言葉ですが侍女長……ナタリー様の肌の美しさを一際引き立てるのはこちらのドレスかと」

 さっきまで意気投合していた二人が、意見が食い違った途端目に火花を散らし合った。
 デボラは物事をハッキリ言う性格だし、リゼットも目上の人に対して物怖じすることはない。気が合えば問題ないけど、意見が違った時に折り合いをつけるのは難しそうだ。

「エリはどっちがいいと思う?」
「わ、私は……緑の方が、奥様に似合うと思います」
「!」
「わかってるわね!」

 部屋にいたもう一人の侍女、エリにも意見を聞いた。デボラには悪いけど多数決なら折れてくれるはず……

「他の侍女も呼んで投票を行いましょう」

 ……しかし、デボラは私が思っていた以上に負けず嫌いだった。

 
***


 館内にいた侍女や執事、更には偶然通りかかったディオンまで引き留めてどちらのドレスがいいか多数決が行われた。

「12対12……」

 結果は見事に真っ二つ。

「こうなったら騎士達も呼んで……」
「お願いだからもうやめて……!」

 約20人の仕事を中断させてしまっただけでも居た堪れないのに、騎士の特訓まで邪魔してしまうのは申し訳なさすぎる。

コンコン

「こちらにディオンがいると聞いたのですが……」
「は、はい。どうぞ」

 ディオンを捜して公爵が部屋を訪ねてきた。
 側近のディオンを引き留めたことで、きっと公爵の仕事に支障が出てしまったんだ……!どうしよう、お怒りかもしれない。

「何でこんなに人が集まって……」
「旦那様ちょうどいいところに!」
「旦那様はどちらがいいと思いますか!?」
「?」

 人の多さに驚く公爵に、デボラとリゼットが詰め寄った。
 公爵にまで聞くなんて……。私のドレスなんてどうでもいいだろうし、こんなことに割く時間はないはずだ。

「…………緑の方が似合うと思います」
「「!」」

 私の推測とは裏腹に、公爵は思いの外二つのデザインをじっくり見比べて投票に参加してくれた。
 それも、どうでもいい感じではなくてちゃんと考えて「似合う」と言ってくれたことが意外で、嬉しかった。

「ですが青い方も買いましょう。クリスマスから年明けにかけて着る機会はあるはずです」
「さすが旦那様!」
「もう2,3着あってもいいのでは……」
「2着で充分です!!」

 せっかく投票の終止符を打ってくれたのに、結局今までの投票が無意味になってしまった……。


***


「奥様、お疲れ様でした」
「はい……ありがとうございました……」
「おほほ、年甲斐もなくはしゃいでしまいましたわ」

 ドレス2着と小物いくつかを購入して、仕立て屋さんが帰った頃にはすっかり日が暮れていた。

「シルヴァン坊ちゃん……いえ、公爵のご両親が亡くなってから、この家はとても殺伐としていました」
「……」

 公爵のご両親は早くに亡くなっている。その後爵位はお祖父様に戻されたけど、お祖父様は15歳の公爵に爵位を継承して南の方に隠居されたらしい。
 つまり公爵は15歳の若さで、一人でこの大きな公爵家を執り仕切っていたことになる。

「奥様が来てくださってから、使用人達がいきいきしてるのがわかります」
「本当……?」
「ええ。奥様は私どものことを名前で呼んで下さるでしょう?」
「お世話になる人達だもの」
「それがとても嬉しいんです」

 使用人のみんなを名前で呼ぶのは、人と信頼関係を築く第一歩は名前を呼ぶことだと、お母様に教育されていたからだ。
 意識していたことに気付いてもらえて、そしてそれを喜んでもらえるなんて。こっちも嬉しくなる。

「パトリスは庭造りが一層楽しくなったと言っておりましたし、料理長は奥様のためのお菓子作りに没頭しております。みんな奥様のことを慕っていますよ」

 パトリスとの庭造りはとても楽しいし、料理長が作ってくれるご飯もお菓子もとても美味しい。騎士達は訓練の見学を快く許してくれるし、侍女達は細かいところまで気配りしてくれている。

「フォール公爵家に来てくださってありがとうございます」
「そんな……こちらこそありがとう」

 お礼を言うのはこっちの方。私が公爵家で不便なく過ごせているのは親切な公爵と使用人達のおかげだ。
 今日も急な呼び出しにも関わらず多くの人が集まって、真剣に私に似合うドレスを選んでくれたのがとても嬉しかった。
 少しずつ、公爵家に馴染めてきたと思っていいんだろうか。デボラの柔らかな笑顔が、私に自信を持たせてくれた。
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