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第十二章

妖しき提案

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 隊商《キャラバン》は歩みを止めず、ひたすら街道を進む。怪物の姿も、ここまでくるとすっかり影をひそめている。ジェルポートの町の警備隊のお陰であろう、とダーは思った。
 遠くにかすむ市壁が、近づくにつれ徐々に一行の視界を埋めていく。ダーたち『フェニックス』メンバーはある種の感慨をこめて、その壁を見つめた。
 あの死闘の記憶がよみがえってきたのだ。
 旅の一行にミキモトがいるのも、何か運命的なものを感じてしまう。
 市壁には、あの激闘を物語るものはなにも残っていない。生々しかった黒魔獣の入れた亀裂も、ほぼ完璧に復旧が完了している。それだけの歳月が過ぎたのだ。
 
「――さて、そろそろ旅も終点じゃのう」

 夢から醒めたように、ダーがつぶやいた。

「いやあ、しかしお名残り惜しい。本当に皆様方にはお世話になりました」

「いやいや、無事に終って何よりじゃ。商売の成功をお祈りしますぞ」

 ダーと隊商のリーダーは、がっしりと固い握手をかわした。
 無事に依頼を完了したということで、市壁を超える前に彼らとは別れることにした。もともと正式にギルドを通して受けた依頼ではない。町の中まで同行すべき義務はないのだ。
 それに市壁の向こうがわへ行く前に、ダーたちには解決すべき問題が山積していた。
 まず、魔族のふたりを、この町に入れることは不可能である。門番が無事にとおしてくれるとは思われぬし、ただでさえ黒魔獣の襲撃で、この町の住人は魔族に神経質になっている。

「私たちは別にいいよ、転移魔法が使えるから、大陸のどこへでも行ける」

 とウルルは大見得を切ったが、そう簡単な話ではない。
 すでに魔王軍の支配は大陸のほぼ全土に及んでいる。
 支配領域ではないのはこのヴァルシパル王国と、その大陸の東の果て――いわば最果ての地、プロメ=ティウのみである。プロメ=ティウに関しては、あまりにも情報が少ない。まだ未開の地としての印象が強く、強大な魔力を有しているとはいえ、肉体的、精神的に未熟なふたりの少年少女が生き延びれられるのか、ダーは懐疑的であった。

「なんとか、我々にできることがあればよいのですが」

 エクセの白皙の表情かおが思案に曇る。
 その横で、フンと鼻で笑い飛ばしたのがミキモトである。

「――馬鹿馬鹿しい、もうあなた方とはつきあってられませんね」

「ミキモト殿、どこぞへ行かれるのか?」

「もともと私たちの共通の目的だったのは、魔王軍の殺到しているザラマの救援ですね。それが魔族の手助けなど本末転倒。やってられませんね。後はあなた方で勝手にやっていてくださいね」

 ミキモトは軽く手を振ると、さっさと市壁の中へと姿を消した。
 取り残された格好の一行は顔を見合わせ、ほっと安堵の吐息をつく。誰もが、偏屈で気難しいミキモトの扱いに困っていたので、これはむしろありがたいことだった。
 
「悩みの種が、ひとつ勝手に消えてくれたね」

「これこれコニン、揉め事ばかり起こして正直うざかったとか、戦闘もそんなに役に立たなかったとか、そんな本当のことを言ってはいかん」

「誰もそこまで辛辣なことを言ってないと思いますが……」

 苦笑しつつ、誰もダーの言葉そのものについては否定しない。
 ここまで人望のない勇者というのも珍しいだろう。
 これでこの場には、ダー、エクセ、コニン、ルカ、クロノといういつものメンバーに加え、スカーテミスとシュローク、さらに魔族の少年少女ふたりだけとなった。
 ウルルとイルンは、ここでダーたちと別れ、ふたりだけで旅をすると言った。

「僕らは悪い意味で目立ちすぎる。その方が皆も安全だと思う」

 イルンの提案に、ダーは渋面を浮かべた。

「その場合、おぬしらに行くあてはあるのか。自暴自棄の提案には乗れぬ」

「といっても、僕らはジェルポートの門をくぐることはできないし、各都市には防御結界が張られているのも知ってる。そうなると都市へ移動する手段はないんだ」

「私たちはいちかばちか、プロメ=ティウへ転移してみようかと」

「危険な賭けじゃな」

 ダーはじっとウルルとイルンを見つめた。ふたりはしっかりと、互いの手を握りしめている。まるで頼れる者は互いしかいない、というように。
 乗りかかった船だ。このふたりを放っておくわけにはいかぬじゃろう。ダーは心のなかでそうつぶやくと、全員を見回し、なにか良案はないか意見を求めた。

「このあたりに隠れていてもらう、というのはどうかな?」

 コニンの提案に、クロノは腕組みして応える。
 
「……ジェルポートから見回りの兵が来ると思う……」

「転移魔法で、とりあえず安全な場所に隠れてもらうというのはどうでしょう。どこか、仲間も知らぬような隠れ家を持ってはいませんか?」

 イルンとウルルは揃ってかぶりを振った。ウルルはともかく、イルンはダーク・クリスタル・パレスで育ち、外の世界のことをまるっきり知らない。無理というものである。
 
 ダーには考えている場所がひとつあった。ナハンデルである。
 深緑の魔女なら、面白がってふたりを匿ってくれるのではないか。
 しかし、あの町はヴァルシパル国軍相手の大戦が終ったばかりである。経済的にかなり疲弊していよう。そこに新たな火種を投げこむような形になるのはどうだろう。
 その点が気がかりで、ダーはなかなか提案できずにいた。
 
 そこへ――

「隠れ家なら、私が提供してあげるわあ――」

 声が先か、空間が開くのが先か。
 大気を縦真一文字に切りさいて、亜空間がぽっかり口を開く。
 そこから現れたのは、扇情的な格好をした魔族の美女、ラートーニだ。唐突な魔族の出現に、あわてて剣を抜きはなったのがスカーテミスだった。
 
「いやねえ、殺気立っちゃって。今日は闘いにきたんじゃないから、安心していいわよお」

「何用だラートーニ、魔王ヨルムドルの命を受けて来たか」

 イルンが険しい顔つきで問うた。
 ラートーニは妖艶な笑みを浮かべたまま、首を横に振った。

「私はねえ、イルン様の味方。だから、隠れ家を提供したいと申し出ているの」

「ラートーニ。そう言いつつ、魔王ヨルムドルにイルン様を売り渡す気じゃないの? その眼は『魔王の呪眼』であっちに筒抜けなんだろ」 

 ウルルの疑念は、すなわちダーたちの疑念でもある。
 ただでさえこの地ジェルポートでは、ラートーニにいい印象が無い。

「それならハッキリと言うわね。私は、狭量で矮小な器のもちぬしのヨルムドルは、魔王にふさわしくないと思っているわあ。イルン様こそ、私たちを率いる真の魔王にふさわしい。――これでどう?」

 とんでもない言葉に、ウルルは絶句した。
 ヨルムドルからどのような指令が出されていようが、この発言。偏狭な性格のヨルムドルが許すはずがない。凱魔将であるラートーニとて粛清対象になってしまうだろう。

「ラートーニ、一体なにを考えている?」

「言ったとおりの意味ですわあ。今の魔王は、肩書きだけの存在になっています。我が弟ラートドナに軍の指揮を任せきりで、自らは病床に伏せたまま身動きもままならない始末。そのくせ権力に固執し、陰でイルン様を暗殺しようと目論んでいる。とても、我らの上に立つ器とは思えないということですわあ」

 イルンはじっとラートーニの瞳を見つめた。
 その蛇のような妖しい眼からは、どのような感情をも読み取ることができない。イルンは視線を外し、傍らのウルルのほうを見やった。
 イルンは軽く頷くと、ウルルもそれに応えるように、こくりと首肯した。

「わかった。ラートーニ、おまえを信じよう。案内してくれ」

「了解しました。このラートーニ、責任をもって御身をお守りいたしますわあ」

 こうしてダーたちは、彼らが亜空間へ消え去る様子を、黙然と見送った。

「――ダーさん、これでよかったの?」

「まあ、仕方あるまい。他によい案があったわけでもないしの」

 不服そうな顔つきのコニンを、なだめるようにダーは言った。もちろん彼も、全面的にラートーニを信じたわけではない。

「そう、仕方がないことじゃ……」

 自分自身を納得させるように、ダーはもう一度くりかえした。
 だが、なにやら胸騒ぎが収まらぬ。
 これが的中せねばよいのだが。
 ダーは胸中に湧き上がる暗雲のようなその想いを打ち消そうと首をひとつ振ると、ジェルポートの門へ向かった。
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