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第十二章

告げられた真実

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「――なるほどなるほど。いや、随分と様々な経験を積んだようだな。まさしく波乱万丈。おぬしらの冒険譚を聞いておったら、いくら日数があっても足らぬようだ」

「そんなにのんびりはしておれぬでの、公爵どの。先程も言ったとおり、これからわれらはザラマに救援に赴かねばならぬ」

「わかっておるさ。船の手配はする。もうしばし、話を聞かせてはもらえぬか」

「手ぶらで来たからの。土産といえば、冒険の話ぐらいじゃからな」

「なに、それでお釣りがくるわ」

 ダーと公爵はほぼ同時に微笑を浮かべ、葡萄酒を傾けた。 
 心地の良い空間であった。彼らはふたたび公爵の城に招かれ、歓待を受けていた。
 市壁の門を守る兵のひとりが、ダーたちの顔を憶えていたからである。
 公爵の下へ伝令が走り、即座にダーたちの前には城から来た使者が訪れた。こうして彼らは再びジェルポートの城の門をくぐったわけである。
 
 正直のところ、彼らは急いでいた。
 こんなことをしている場合ではなかったのだが、公爵は無類の聞き上手であった。ダーたちの話に抜群のタイミングで相槌をうち、話を切り上げることができない。
 のりやすいダーなどは、いつのまにやらすっかりいい調子になって、拳を振り上げて熱弁している。すっかり公爵のペースである。
 エクセはたびたびダーの袖を引いたりと注意をうながすのだが、一向に気付く気配もない。
 やれやれ。エクセは半ばあきらめ気味で、目の前の果実水で口を湿した。

「それにしても、魔王の座を争って内紛か。この町の近くまで来ておったというのなら、是非一度その魔王候補の少年の顔を見てみたかったものよ」

「それはそう簡単にはいかぬじゃろう。この町は直接魔族の被害に遭っておるし、やすやすとここまでは来れぬよ」

「内紛といえば、知っておるか、ダー・ヤーケンウッフ。国王――つまり兄上が、なぜ執拗におぬしらに絡んでくるのかを」

「ワシらが手にしている四獣神の珠が目当てなのじゃろう。これを用いて、あの男は英雄になろうとしている。そうワシらは見ているが」

「ほう、これは思慮深いドワーフだ。そこに辿りつきおったか」

「戦争まで仕掛けられては、流石にのう」

「では、兄上のその妄執というべき英雄願望の原因はなにか。その因果のタネはおぬしにあるのじゃよ――ニーダ・ヤーケンウッフの息子、ダーよ」

 なごやかな雰囲気が、一瞬にしてひび割れた。
 思いもかけぬ言葉に、ダーはまじまじと公爵の顔を見つめる。

「なぜワシの父の名がここに出てくる。それに父はおよそ100年前に他界した。おぬしの年齢がこう見えて100を越しているのでもないかぎり、父のことなど知らぬはずだ」
 
 公爵は、手にした葡萄酒の杯を静かに卓上におくと、

「ダーよ、おぬしの父親は、おぬしが考えているよりはるかに有名人だ。なにせ、200年前、魔王を倒したのはおぬしの父親なのだからな」

 これにはさすがにダーも絶句した。まるで電流に撃たれたかのように、呆然とその場に立ち尽くしている。彼が混乱の極地にあると見てとったエクセは、ダーにかわって問うた。

「以前、公爵様はおっしゃいました。200年前、この世界を救ったのは異世界勇者ではない、この地より生まれし者であると。つまり、ダーの父親ニーダこそが、その人だといわれるのですか?」

「憶えておったか。そうよ、嘘でも誇張でもない。200年前、世界の危機を救ったのは、国王の忌み嫌う亜人。ダーの父親、ニーダ・ヤーケンウッフなのだ」

「公爵殿は以前、その話はなされませんでした。なぜ今になって――」

「本当は、先程まで迷っておった。この事実は我がヴァルシパル王国の恥であるからな。なにせ、200年前の異世界勇者は、その当時のヴァルシパル王の長女を娶り、次代の国王となった。――救国の英雄としてな」

「――ですが、事実は違う。世界を救ったのは1人のドワーフ。それは緘口令が敷かれるのも無理からぬ話でしょう。しかし、そのような重大な秘事を、なぜ打ち明ける気になったのですか?」

「我が兄、ヴァルシパル国王が、まともとは言い難い精神状態にあるからだ。国王の立場でありながら、自己の欲望のまま大軍を率いて部下の領地を攻めるなど、決してあってはならぬことよ。しかし兄上は、そのラインを越えてしまった。もはや、まともな思考すら出来ぬ状態にあるのかもしれぬ」

「いったい、国王をそこまで駆り立てるものは何でしょうか」

「以前、おぬしに話したな、美しきエルフよ。わが王家の書庫の奥には、一般人が触れることも許されぬ、秘蔵の書物が保管されていると」

 公爵の言葉に、エクセは静かに首肯した。

「その、門外不出の書物のなかに、一冊の本があった。それは200年ほど昔に書かれた日記だった。特殊な魔法で保管されてあったのか、綺麗な状態のままでな。私と兄上は、好奇心から、それを読んだ――」

「何が書かれてあったのでしょう?」

「おおむね想像はつくであろう。異世界から召還されたにも関わらず、手柄をドワーフに取られてしまったという無念。その恨み節が淡々とつづられておったよ」

「つまり国王は、その本に影響を受けたのですか」

「間違いなかろうな。読みながら泣いておったよ、兄上は。その無念をいつか自分が晴らすと、心に誓っておったのだろう。そして魔族は復活した――よりによって、兄上の代でな」

「つまり、公爵様は、一介の冒険者に国宝を託したのではない――」

「――ウム、ワシが世界を救った男の息子だったからじゃろう?」

 衝撃から立ち直ったダーが、エクセの言葉を引き継いだ。
 エクセはホッと胸をなでおろした。
 もう、いつものような、巌のようなダーの顔がそこにあった。

「しかし、なぜ、国王は異世界勇者を召還してしまったのでしょう。その前に、異世界勇者の武器を自分のものにできたのではないですか?」

「異世界勇者の武器は、異世界から召還されし者にしか使うことはできぬ。我が兄は、ただその子孫であるに過ぎない。最初からその選択肢はなかったのだ」

「それで四獣神の珠を方を狙う、か。――そもそも実際は異世界勇者ではなく、魔王軍を打ち破ったのはこの珠の力だったわけじゃからのう」

「兄上は玄武、白虎、青龍の各大神殿に兵を派遣した。珠を奪取するために。しかし当然ながら、それは叶わなかった。それぞれの大神殿に置かれていた珠は、すべてレプリカであったからな」

「朱雀の珠は、奪いに来なかったのかの?」

「来ないわけがあるまい。それこそ、執拗なほどに使者が訪れたよ。もしあの瞬間、おぬしに珠を渡しておらなんだら、私も討伐対象になっていたかもしれん」

「そんな、実の弟に向けて兵をおくりこむなど――」

「ナハンデルの領主ウォフラム殿も、国王の信頼篤き男だった」

「…………」

「今の国王はもはや、正気とはいえぬ。どのようなことも平気で行うだろう。ダーよ、くれぐれも用心することだ。決して珠を奪われぬように」

「しかし話を聞くと、ワシは謁見の間であのような騒ぎを起こして、よく命を獲られなかったものじゃのう。あそこでワシを殺しておけば、すべて丸く収まったじゃろうに」

「旧くからの重臣の一部には、おぬしの父親の真の功績を識っている者もいる。王にとっては憎きドワーフの子といえど、おぬしが救国の英雄の息子であることには変わりがない――殺すわけにはいかなかった。少なくとも、重臣たちの目のある、あの場所ではな――」

 ダーは両眼を閉じ、謁見の間での会話をまざまざと思い出した。
 あのとき国王はこれ幸いとばかり、ハッキリと宣告した。

(ええい、そのドワーフは王宮侮辱罪で死刑だ!)

 すると重臣たちは口々にこう諌めたのだ。

(王よ、それだけはさすがに……)

(かの者はあれでも一応……)

 ダーは瞳を見開くと、すべてが氷解した表情で頷いた。
――そうか、あのときの会話は、そういう意味であったのかと。
 今更ながら彼は、己の命が薄氷の上にあったことを思い知ったのである。 
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