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第51話 異世界ご当地飲料

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「まだ作るのか?まるで商人じゃのう」

 ある意味で間違いではない。
 こう見えても銀行マンなんですよ?

 次のターゲットは甘味商品。
 初音からの情報によると異世界の文化レベルは江戸時代前後といった所だろう。
 だったら甘い物は貴重品、きっと人里で高く売れるはず。

 俺はAwazonで多目的ポリタンク2個を追加し、更に水用のポリタンクと携帯バケツまで持ち出して森に入ると、一面が木々に囲まれている中の一本に目を付けた。

「ただの木じゃぞ?木の実でも採るのか?」

「ふっふっふ、甘いぜ初音さんよ」

 スマホから『異世界の歩き方』を呼び出して確認すると思った通り、これはアマミカエデ。
 少し旬は外れているが楓の木からは甘い樹液が出ており、ここからメープルシロップが作れるのだ。

 幹にナイフを突き立て、斧の背でハンマーのように叩いて5cm程の穴を開ける。
 そこに竹で作った樹液の取り出し口を差し込み、ポリタンクを置いて準備完了。

「これだけか?なにも起きんぞ??」

「樹液の採取には少し時間が要るんだ。
 ほら、ちょっとだけ染み出してるだろ?」

 見れば穴の隙間から僅かに樹液が出ており、試しに少しだけ味見をしてみる。

「うん、ちょっとだけ甘い」

 初音も真似て舐めてみるが微妙な表情だ。

「甘い…けど薄過ぎじゃないかの?
 こんなので売り物になるのか?」

「もっともな意見だが心配するな。
 残り2個のポリタンクとバケツも別の木に設置して一晩様子をみよう」

 ――――――――――

 翌日

「あしな!樹液が貯まっておるぞ」

 朝早くから飛び出して行ったかと思えば、昨日からずっと気にしていたのか。
 見るとポリタンク一杯に樹液が入っており、もう少しで溢れそうになっていた。

「じゃあ、これを煮詰めていこうか」

 ダッチオーブンに樹液を移して焚き火の熱で蒸発させていき、それを何度も繰り返して濃度を上げていく。

「あんなに沢山あった樹液が全部なくなってしもうたぞ」

「まだまだ、これからだ」

 1日で合計40リットルの樹液が採取できるのだが全然足りない。
 この日から作業を繰り返し、集めた樹液は120リットルに達した。

 ――――――――――

「毎日毎日、流石に飽いてきたわい」

 確かに大変な作業だ。
 だが、それも今日まで。
 ひたすらに樹液を煮詰めていった結果、ようやくメープルシロップ3リットルが完成した!

「うぇぇえ、あれだけ煮詰めて取れるのはこれだけなのか~」

「まぁ、そう言うな。
 試しに少し舐めてみるか?」

 琥珀色の液体からは独特の甘い香りが立ち込め、初めは少し迷っていた初音も指先に掬ったシロップを口にした瞬間、目の覚めるような表情を見せる。

「ふぉぉお!甘い!なんと豊潤で深い味!
 天才…いや、あしなは鬼才の持ち主じゃ!」

「ハハハッ、よせやい」

 ちょっと本気で照れてしまった。
 だけど、これで完成じゃないんだぜ?
 ここにカドデバナの果汁、マルハウメの梅干しから出た梅酢、更にスパイスとしてサンシュウショウを少々加え、布漉しをした後に最後の隠し玉を投入する。

「それは…以前採取した穴だらけの石じゃの。
 そんな物、何に使うんじゃ?」

 これは発泡軽石といって異世界特有の鉱石。
 水に浸すと石が取り込んだ二酸化炭素を放出する不思議な性質を持っている。

「よく見とけよ~」

 竹コップに入れた先程の液体へ発泡軽石を入れると、無数の泡が次々と浮き上がり、静かな水面を舞台に踊るように弾けていく。

「なんと……こんな水は初めて見たぞ!」

「これで葦拿特製、神奈備の杜ご当地サイダーの完成だ!」
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