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第33話 四万十 葦拿、受難の始まり

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「ありゃ、やっぱ濁りが目立つな」

 前日に降った雨は渓流が本来持っていた美しいエメラルドブルーの河床を一変させ、今は激しい流れを生み出して茶褐色の水で覆っていた。

 渓流釣りにおいて河川の濁りはプラスにもマイナスにも成り得る。
 とはいえ、ここでは基本的にルアーを使わない餌釣りが主体なので、そこまで影響はない…と思いたい。

 川虫を探して手早く針に掛けると、まずは一投…………………反応が鈍い?
 いつもなら簡単に食い付くところ、魚の動きが鈍いのか、それとも警戒されてしまっているのか…。

 その後も何投か試したが結果は思わしいとは言えず、仕方なしに場所を変える事にした。
 川に沿って歩いていると一つの現象が起きているのに気付く。

 濁りの合間にはちゃんと魚がおり、頻りに何かを口にしている。
 よく見ると雨で増水した事によって川底の小さな虫が掘り返され、それを魚が一心に食べているのだ。

「なるほどね、道理で釣れない訳だ」

 魚にとってはリスクのある胡散臭い餌などに釣られなくとも、そこら中に安全な餌が溢れている状況、だとすれば釣果が出ないのは当然と言える。

 とすれば簡単に手に入る食材は…おお、そこに居たのかカワラムシャガニ君。
 I Loveザリガニ、彼らは流れの弱い所に隠れていた。
 昨日からすっかり虜になった食材を8匹確保し、バッグに放り込んでホームへの帰還を果たす。

「おーい、今日も御馳走だぞ」

 ほんの30分留守にしていただけだというのに、ホームの中は嵐が通り過ぎたのかと勘違いする程に荒れまくっていた。

「……遅いのじゃあ~、もう動けん……」

『もう遊べない』の間違いだろうと、ツッコミを入れたくなったが無視する。
 さっさと焚き火の準備をする為、ファイヤースターターを取り出して火を起こそうとするが中々火がつかない。
 どうやら雨がホームの中まで入り込んでいたらしく、薪が濡れてしまったようだ。

「それは何じゃ?珍妙な道具じゃのう~?」

 初音が背中越しにファイヤースターターを見つめ、物珍しげな声を挙げる。
 そのまま肩に顎を置いてグイグイと胸を押し付けてくるので、俺は逃げる事もできずに押し潰されていく。

「あ~ぶ~な~い~か~ら~、あっちでギンレイと遊んでなさい」

 本当に危ないのは俺の腰である。
 こいつ…どんな力してんだ?
 全く抵抗できずに煎餅みたくペタンコにされる所だった…。
 胸の柔らかさを感じる前に、死を予感するとか洒落にならん。

 別のドキドキを味わいながら薪を選り分け、濡れていない物を使うとようやく火をつける事に成功した。

「おお、その長いのは燧石じゃったか!
ワシもやってみたい、やらせてやらせて!」

「腰ガァぁぁああああ!!!」

 頑張れ俺、明日はきっと今日よりも輝いているから……。




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