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どこからはじめても 4

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 なにやら屋敷の中が、ざわついている。
 ルーナは、もそっと体を起こした。
 いいかげん、自分にうんざりしていて、ベッドで丸くなっていたのだ。
 
「……ジーンの、声? まさかね。幻聴まで聞こえるようになってきたのかも……会いたいのに、会わずにいるから……」
 
 口からこぼれそうになった溜め息が、途中で引っ込む。
 ルーナの部屋は、安全面から2階なのだけれど、やはり階下が騒がしい。
 そして、今度は、はっきりと声が聞こえた。
 
「宰相様、娘は体調が悪いのです! どうか今日のところは……」
「そこを退け、トラヴィス! 体調が悪いのであれば、なおさらだ! なぜ俺に連絡せぬ?! 半月も黙っておったのか!!」
「ルーナは私の娘です! 宰相様には感謝しておりますが、今は、そっとし……」
「そのようなことはできん!! 俺は一刻を争っている! 退け、トラヴィス!」
「退きません!」
 
 なにか大変なことになっている。
 父とユージーンが、言い争いをしているようだ。
 
「ええい、退かんか! 今すぐ会わねば、手遅れになるのだ!!」
 
 なにが?
 
 手遅れの意味は不明だが、2人を放っておくわけにはいかない。
 ルーナは、ベッドから飛び降りる。
 ともあれ、ユージーンは、自分に会いにきたのだ。
 一刻を争って。
 
「ルーナ! いるのだろ! さっさと顔を見せんか! ルーナ!」
「おやめください、宰相様! 娘は、横になっているのです!」
「だから、なんだ! お前が退かぬから、俺が行けぬのであろうが!」
 
 いったい、なにが起きているのか。
 ルーナは、部屋から飛び出して、階段のほうに駆けて行った。
 
「ジーン! どうしたのっ?! なにかあった?!」
 
 声をかけると、ユージーンが、ハッとしたようにルーナを見上げてくる。
 なにやら、とても深刻そうな顔つきだ。
 この間の件で、なにかあったのかと不安になった。
 のだけれども。
 
「ルーナ! お前は勘違いをしているのだ!」
「勘違い……?」
 
 なぜか、ユージーンは、正装をしている。
 手すりから身を乗り出し、まじまじとユージーンを見てみた。
 どう見ても、上から下まで完璧なまでに、正装だ。
 
(もしかして……やっぱり、頭がおかしくなってるんじゃ……)
 
 エッテルハイムの城で、ユージーンは死にかけた。
 目を開く前には、ルーナに口づけをするほど「頭がぼうっと」していたのだ。
 未だに、治っていないのかもしれない。
 正装をして、人の屋敷に乗り込んできて、意味不明なことをわめくなんて。
 
 およそ、ユージーンらしくない。
 
「宰相様!」
「うるさい! お前は引っこんでおれ、トラヴィス!」
 
 父も、ユージーンの状態を怪しんでいるのだろう。
 ルーナに近づけまいと、必死で取り押さえようとしている。
 このままでは、近衛を呼びかねない。
 ルーナもルーナで焦る。
 ユージーンを捕まえさせるわけにはいかないからだ。
 
「お、お父さま、大丈夫よ。ジーンは、ちょっと混乱してるだけで……」
「混乱など、しておらん! お前は、育ての子ではあるが、育ての子ではないし、俺は育ての親だが、育ての親ではないのだ!」
「え……? なに? は……?」
 
 絶対に混乱している、と思った。
 ユージーンは、さっきから、ずっと意味不明なことばかり言っている。
 
「ルーナティアーナ・ウィリュアートン! 俺は、お前の求婚を受ける!」
 
 ルーナの思考が、ぴたっと止まった。
 なにか、とんでもない言葉が飛び出した気がする。
 が、すぐには理解できなかった。
 言葉の意味と現実とが結びつかないのだ。
 
「どうなのだ、ルーナっ?! お前は、もう俺を諦めたのか?! 俺ではない男を選ぶつもりでいるのかっ?」
 
 ユージーンの質問攻めにも、ルーナは返事ができずにいる。
 ぽかんとしている父にも気づかないくらいだった。
 
「まだ相手が決まっておらんのなら、俺でよかろう! 俺にしておけ! 俺以上に、お前を大事にできる男などおらんぞ!」
 
 幻聴か、幻影か。
 
 ユージーンが、なりふり構わず、必死になっているなんて、信じられない。
 いつも、ルーナを子供扱いして、求婚をした時だって、ちっとも相手にしてくれなかったのに。
 
 ユージーンが死にかけた際、ルーナは「育ての子」のままでもいいと思った。
 どんな我儘もきいてくれなくていい、とも思った。
 生きていてくれさえすれば、それだけで良かった。
 誰とも婚姻しないという選択肢があることにも気づいていたし。
 
 ルーナにとってユージーンは男性でも、ユージーンにとっては違う。
 雛が大きくなっても、子は子でしかない。
 きっと、ずっと変わらないのだ。
 そう思っていた。
 
 が、今、ユージーンから「求婚を受ける」と言われた。
 ような気がする。
 
 気のせいだろうか。
 戸惑っているルーナに、ユージーンが、いよいよ声を大きくして言った。
 
「俺は、お前を好いている! 子としてではなく、女として好いている! よその男にくれてやる気などない! お前は、俺の妻になれば良いのだ! わかったか、ルーナティアーナ!」
 
 理屈も、なにもない。
 しかも、頼んでいる様子さえない。
 が、ユージーンの必死さが伝わってくる。
 
 きらきら。
 
 ユージーンは正装していて。
 なのに、髪はバサバサで。
 けれど、きらきらと輝いていて。
 
「来い、ルーナ!! 高い高いをしてやる! 俺だけだぞ、お前に、これをやってやれるのは!」
 
 ルーナの大好きな人が、両腕を広げている。
 
 じわ…と、胸が熱くなった。
 ようやく思考が追いついてくる。
 
 瞬間。
 
 ルーナは、手すりを飛び越えた。
 ユージーンが広げている両腕の中に向かって。
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