世話焼き宰相と、わがまま令嬢

たつみ

文字の大きさ
77 / 84

宰相は今日も世話焼き 1

しおりを挟む
 
「ウィリュアートンは、大変な騒ぎになったらしいね」
「らしいね」
 
 彼は、ジークが、ユージーンの「後押し」をしたことに気づいている。
 ジークも、彼が気づいていると、悟っている。
 が、軽く肩をすくめただけで、ちっとも悪びれたところがない。
 実際には「後押し」というより「突き飛ばした」くらいの勢いだったのだろう。
 ユージーンは、ウィリュアートン公爵家で、ひと悶着、起こしていた。
 
「たいていは、彼が行く先々で、騒ぎが起きるのだよ」
 
 王宮での議会も、紛糾することが多くなっていると聞く。
 なにしろ、ユージーンは、諦めることを知らない。
 人の話は聞かないし、やると決めたら、絶対に譲らないのだ。
 妥協だの、譲歩だのといった「手ぬるい」考えが、ユージーンにはない。
 おまけに、間が抜けているのだから、騒ぎが起きて当然、と言える。
 
「厄介事を引き寄せる体質でもあるのでね。彼自身が厄介の元なのさ」
「でも、めずらしーよな。父上が、世話を焼くなんてサ」
「彼のためではないよ」
「だろーね」
 
 彼の妻のためでもあるが、なにより、ユージーンが、かつて右腕だった少年の従兄弟だからだった。
 その少年に、彼は、ユージーンのことについて「善処する」と言っている。
 だから「善処」しているのだ。

 不意に、ジークが、彼に意味有りげな視線を投げてきた。 
 2人は、小ホールで話している。
 ソファに向き合って座っていた。
 
「そーいえば、ルノーヴァが監獄から消えたって、聞いたけど?」
「そのようだね」
 
 ジークの、もの言いたげな視線に、彼は、やわらかく微笑んでみせる。
 ジークだって察しているはずなので、説明する必要はないだろう。
 
 レオナルド・ルノーヴァは、彼が「始末」した。
 
 最近は、滅多に、こういうことはしない。
 さりとて、必要があれば、する。
 
(ウィリュアートンの地下になど、行くものではない)
 
 ウィリュアートンの地下には、トラヴィスの兄レイモンドを「蟄居ちっきょ」させている。
 彼が、地下の土壁に、めり込ませたのだ。
 彼の妻を害することをした、という理由で。
 
 とはいえ、レイモンドは、今も生きている。
 知っているのは、彼のほかにはトラヴィスだけだった。
 放っておけば餓死するのに、わざわざ食事を運んでやっているらしい。
 
(トラヴィスは、好人物だからね。少し善人過ぎる気もするが)
 
 そのレイモンドを、ルノーヴァは、見たようだ。
 兄の様子がおかしいと、トラヴィスから連絡が入ったのは、まさにルーナが姿を消す前日のこと。
 状況を聞いた彼は、少し前に訪ねて来たという、ルノーヴァを怪しいと思った。
 そして「始末」するかどうか、考え中だったのだ。
 
 レイモンドの存在を公にされては迷惑なので。
 
 レイモンドは、どこかの辺境地に蟄居している。
 そのように伝わっているし、これからも、そうでなければならない。
 
 妻には、たいていのことは話しているが、話していないこともあった。
 たとえば、ユージーンの与える者の力のこととか、レイモンドのこととか。
 話さないと決めたのであれば、死ぬまで隠し通す必要がある。
 少なくとも、彼は「墓場まで持っていく」つもりでいた。
 
 だから、ルノーヴァの口は「迷惑」だったのだ。
 
 彼が、考えていたのは、ルーナがルノーヴァとのつきあいをやめるまで待つかどうか。
 ルーナは、ルノーヴァを選ばない。
 そんなことは、わかりきっていたので。
 
(早目に彼がカタをつけてくれて、私もやり易くなった。お互いさまというところかな)
 
 彼が小さく笑ったせいだろう、ジークが首をかしげている。
 右腕であった少年とは違い、息子は、彼の「ろくでもなさ」を知らない。
 薄々は気づいているだろうが、それはともかく。
 
「いいのじゃないかな、それで。ルノーヴァがいなくても、誰も困りやしないさ」
「奴の兄も、病気が治ったらしいしね」
「そのようだね」
 
 それも、レオナルド・ルノーヴァの仕業だったのだろう。
 王宮に属さず魔力分配を受け続け、かつ、家督を継がずにすむよう、兄の病状を制御していたに違いない。
 
「でもサ、ルーナが、あいつの好みだったのはともかく、婚姻したがってた理由ってのが、わかんねえ」
「ルノーヴァは道楽者だったのだよ、ジーク」
「道楽者?」
「ルーナと婚姻すれば、彼は公爵家の一員。働かずして、一生、生活していける。ひたすら趣味に没頭する時間が持てることは、さぞ魅力的だっただろうね。だから、婚姻したあとでルーナを殺すほうが、ルノーヴァにとっては、本当は都合が良かったのさ」
「なんだよ、金目当てじゃねーか。つまんねー理由だなあ」
 
 ジークの、本気で呆れているといった様子に、彼は、くすくすと笑った。
 彼の息子は、意外とロマンチストに育っているようだ。
 
「ま、いいや。いなくなっちまった奴のことなんか、どーでもいい。それよりさ、父上、もう教えてくれてもいいだろ?」
 
 ジークの目が、きらきらと輝いている。
 これには、彼も弱かった。
 なにしろ、彼の妻に、そっくりなのだから。
 
「ああ、わかったよ。種明かしをしてあげよう」
「やった!」
 
 嬉しそうにするジークに、彼も、にっこりする。
 
「ルーナをどう思っているか、私が聞いた時に、ユージーンがどう答えたか、きみは覚えているかい?」
「えーと、ルーナのことは、大事に思ってて可愛いとも思ってるけど、女としては見ていない?」
「少し違うね。物事は、正確に把握しておかなければいけないよ」
 
 ジークは、きょとんとした顔をしていた。
 そのジークに、彼は、ユージーンの言葉を正確に伝える。
 
「あれのことは、大事に思っている、可愛いとも思うが、女としては見ておらん、と、彼は言った」
「え~、だいたい一緒だろー?」
「だいたいはね。さぁ、間違い探しをしてごらん」
 
 ん~と、顔をしかめつつ、ジークが考えこんでいた。
 しばしの間のあと、ハッとした様子で、彼に視線を向ける。
 どうやら、気づいたようだ。
 
「そうか! ジーン、ルーナのこと“あれ”って言った! そうだ、あン時からだ! ジーンは、よくルーナのこと、“あれ”とか“これ”とか言うようになった!」
「その通りさ、ジーク。彼はね、無意識に、ルーナを、“自分のものだ”と誇示していたのだよ」
「へーえ!! なるほどなあ! ジーン、分かり易過ぎだろ!」
「彼は、昔から分かり易い男だったね」
 
 ジークが、声を上げて笑っている。
 ルノーヴァの話とは違い、面白かったらしい。
 
「でも、自分じゃ気づいてねーんだろ?」
 
 彼は、軽く肩をすくめてみせた。
 ユージーンとは、そういう男なのだ。
 彼の心情を、ジークが代弁する。
 
「頭いいのに、ジーンって、やっぱり間が抜けてるぜ」
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!

ぽんちゃん
恋愛
 ――仕事で疲れて会えない。  十年付き合ってきた恋人を支えてきたけど、いつも後回しにされる日々。  記念日すら仕事を優先する彼に、十分だけでいいから会いたいとお願いすると、『距離を置こう』と言われてしまう。  そして、思い出の高級レストランで、予約した席に座る恋人が、他の女性と食事をしているところを目撃してしまい――!?

【完結】旦那様、どうぞ王女様とお幸せに!~転生妻は離婚してもふもふライフをエンジョイしようと思います~

魯恒凛
恋愛
地味で気弱なクラリスは夫とは結婚して二年経つのにいまだに触れられることもなく、会話もない。伯爵夫人とは思えないほど使用人たちにいびられ冷遇される日々。魔獣騎士として人気の高い夫と国民の妹として愛される王女の仲を引き裂いたとして、巷では悪女クラリスへの風当たりがきついのだ。 ある日前世の記憶が甦ったクラリスは悟る。若いクラリスにこんな状況はもったいない。白い結婚を理由に円満離婚をして、夫には王女と幸せになってもらおうと決意する。そして、離婚後は田舎でもふもふカフェを開こうと……!  そのためにこっそり仕事を始めたものの、ひょんなことから夫と友達に!? 「好きな相手とどうやったらうまくいくか教えてほしい」 初恋だった夫。胸が痛むけど、お互いの幸せのために王女との仲を応援することに。 でもなんだか様子がおかしくて……? 不器用で一途な夫と前世の記憶が甦ったサバサバ妻の、すれ違い両片思いのラブコメディ。 ※5/19〜5/21 HOTランキング1位!たくさんの方にお読みいただきありがとうございます ※他サイトでも公開しています。

【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~

tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。 番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。 ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。 そして安定のヤンデレさん☆ ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。 別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

王宮地味女官、只者じゃねぇ

宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。 しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!? 王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。 訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ―― さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。 「おら、案内させてもらいますけんの」 その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。 王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」 副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」 ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」 そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」 けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。 王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。 訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る―― これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。 ★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。

処理中です...