2 / 131
1
しおりを挟む
***
わたくしが前世の記憶を思い出しはじめたのは、5歳の頃。
見たこともない部屋や調度、景色の中、おもに黒い髪のぼんやりとした顔の人々が生活していて、わたくしもその一人として暮らしている夢を見ました。
侍女や母に不思議な夢を見たと話したのはそのはじめの一度きり。
次の日にも同じような夢を見て目が覚めたとき、これは誰にも話してはいけないことだとおぼろげに認識しておりました。
それから毎日同じような夢を見続け、異世界、という言葉を思い出したのは五日目。
見ている夢は自分の前世で、わたくしは異世界に転生したのだとわかったのは一週間目、だいたい三十路くらいの記憶がそのすべてでした。
そのほとんどは色のない単調な日々の繰り返しで、親の顔や生い立ちはおろか、自分の名前や最期のことすらわからないのに、友だちも恋人もいなかったであろうこと、前世のわたくしが重度のオタクで、いわゆる乙女ゲームをプレイしたり転生や転移系の異世界が舞台の小説を読むのが大好きだったということだけはわかりました。
これまで公爵家の愛娘として蝶よ花よと育てられてきたたった5歳の幼女に殺伐とした三十路女の記憶がインした結果、どうなったと思います?
まだ出来あがっていなかったルクレツィアの本来の自我はどんどん薄れ、淑女教育をされ、異世界の大人だった記憶だけを持つ世にも奇妙な人格だけが取り残されてしまいましたの。
そうしてわたくしがしなければならなかったのは、まずは5歳の幼女のフリ!
愛らしく天真爛漫な公爵家の天使として、みなさまを潤さなくてはならないのが最初のミッション。
少しでもおかしな素振りをして、気持ち悪がられては先が思いやられてしまいますもの。
わたくしはこの世界を、平穏無事に生き抜かなければならないのです!
異世界、そして由緒ある公爵家のご令嬢に転生したとなれば、わたくしの立場は自ずと知れるもの。
(これは、悪役令嬢に転生、ということですわね……!)
そうテンションが上がったのも一瞬のこと、あいにく、そこだけは鮮明に思い出したはずの前世の記憶で、あれだけたくさんプレイしたゲームにも、読み漁った小説にも、ルクレツィアというキャラクターにまったく覚えがないのです。なぜ。
まさかのモブというには、ルクレツィアはスペックが高すぎてそんなはずありえません。
いくら鏡を見ても可愛らしい顔立ちは悪役令嬢というよりは天使のようで、似たような他のゲームや物語のキャラクターのことはいくらでも思い出せるのに、このキャラクターにも、そして世界観にも思い当たらないのです。
こっそり公爵家の蔵書からこの世界の地図や歴史、お伽噺、伝承や伝説の類いまで調べても、記憶の隅にも引っかかるところが何もありませんでした。なぜなんですの。
(悪役令嬢に転生といえば、断罪されて婚約破棄から破滅フラグのはずなのに、これではどんな破滅フラグかさっぱりわからない……!)
来たる破滅の時を回避するべく対策を立てようにも、どんな破滅がやってくるかがわからないからいったい何をしたらいいのかもわからないのです。
もしかしてこの世界観だけ思い出せていないのかもしれないと、ありとあらゆるきっかけを模索してみました。
兄のアンジェロは、天使の兄なので彼もまた天使のような顔立ちだからきっと攻略キャラクターなのだろうけど、まったく琴線に触れません。
まあでもまだ少年だからと思い直し、彼が友人として王城に召喚されるようになった、わたくしと同じ年に生まれた第一王子のエンディミオン殿下のお話も聞いてはみましたけれど、そのお名前で思い出せるのはギリシア神話にいる美青年の話、もしくはタキシードと仮面で、学生服を着た美少女戦士のピンチを救っていた大学生の前世だったなというそれだけ。
こんなにインパクトがある名前の攻略キャラクターがいたら絶対忘れないのに、ピンとも来ません。
わたくしの前世の記憶が、乙女ゲームどころか18禁ゲームもBLゲームも含めて、やったことがないゲームはほとんどないと言っても過言ではないと自負しておりますのに、まったく思い出すところがない!
そう、そうなのです。
可能性として、18禁やBLだって候補のひとつなのです。
この世界観がどんなシナリオかわからないかぎり、その可能性だってないとは言えません。
こうなってしまえば、前世の記憶の知識という知識を総動員してパターンをしぼり、どうにか断罪からの破滅の道へ踏み込まないように立居振る舞いに気をつけていくしかありません。
もしかしたら何かの拍子で思い出すかもしれませんし。
その時になって、あの時こうしていればなんてタラレバな後悔をしないように、ひとつひとつ、細心の注意を払う必要があるのですわ。
わたくしが前世の記憶を思い出しはじめたのは、5歳の頃。
見たこともない部屋や調度、景色の中、おもに黒い髪のぼんやりとした顔の人々が生活していて、わたくしもその一人として暮らしている夢を見ました。
侍女や母に不思議な夢を見たと話したのはそのはじめの一度きり。
次の日にも同じような夢を見て目が覚めたとき、これは誰にも話してはいけないことだとおぼろげに認識しておりました。
それから毎日同じような夢を見続け、異世界、という言葉を思い出したのは五日目。
見ている夢は自分の前世で、わたくしは異世界に転生したのだとわかったのは一週間目、だいたい三十路くらいの記憶がそのすべてでした。
そのほとんどは色のない単調な日々の繰り返しで、親の顔や生い立ちはおろか、自分の名前や最期のことすらわからないのに、友だちも恋人もいなかったであろうこと、前世のわたくしが重度のオタクで、いわゆる乙女ゲームをプレイしたり転生や転移系の異世界が舞台の小説を読むのが大好きだったということだけはわかりました。
これまで公爵家の愛娘として蝶よ花よと育てられてきたたった5歳の幼女に殺伐とした三十路女の記憶がインした結果、どうなったと思います?
まだ出来あがっていなかったルクレツィアの本来の自我はどんどん薄れ、淑女教育をされ、異世界の大人だった記憶だけを持つ世にも奇妙な人格だけが取り残されてしまいましたの。
そうしてわたくしがしなければならなかったのは、まずは5歳の幼女のフリ!
愛らしく天真爛漫な公爵家の天使として、みなさまを潤さなくてはならないのが最初のミッション。
少しでもおかしな素振りをして、気持ち悪がられては先が思いやられてしまいますもの。
わたくしはこの世界を、平穏無事に生き抜かなければならないのです!
異世界、そして由緒ある公爵家のご令嬢に転生したとなれば、わたくしの立場は自ずと知れるもの。
(これは、悪役令嬢に転生、ということですわね……!)
そうテンションが上がったのも一瞬のこと、あいにく、そこだけは鮮明に思い出したはずの前世の記憶で、あれだけたくさんプレイしたゲームにも、読み漁った小説にも、ルクレツィアというキャラクターにまったく覚えがないのです。なぜ。
まさかのモブというには、ルクレツィアはスペックが高すぎてそんなはずありえません。
いくら鏡を見ても可愛らしい顔立ちは悪役令嬢というよりは天使のようで、似たような他のゲームや物語のキャラクターのことはいくらでも思い出せるのに、このキャラクターにも、そして世界観にも思い当たらないのです。
こっそり公爵家の蔵書からこの世界の地図や歴史、お伽噺、伝承や伝説の類いまで調べても、記憶の隅にも引っかかるところが何もありませんでした。なぜなんですの。
(悪役令嬢に転生といえば、断罪されて婚約破棄から破滅フラグのはずなのに、これではどんな破滅フラグかさっぱりわからない……!)
来たる破滅の時を回避するべく対策を立てようにも、どんな破滅がやってくるかがわからないからいったい何をしたらいいのかもわからないのです。
もしかしてこの世界観だけ思い出せていないのかもしれないと、ありとあらゆるきっかけを模索してみました。
兄のアンジェロは、天使の兄なので彼もまた天使のような顔立ちだからきっと攻略キャラクターなのだろうけど、まったく琴線に触れません。
まあでもまだ少年だからと思い直し、彼が友人として王城に召喚されるようになった、わたくしと同じ年に生まれた第一王子のエンディミオン殿下のお話も聞いてはみましたけれど、そのお名前で思い出せるのはギリシア神話にいる美青年の話、もしくはタキシードと仮面で、学生服を着た美少女戦士のピンチを救っていた大学生の前世だったなというそれだけ。
こんなにインパクトがある名前の攻略キャラクターがいたら絶対忘れないのに、ピンとも来ません。
わたくしの前世の記憶が、乙女ゲームどころか18禁ゲームもBLゲームも含めて、やったことがないゲームはほとんどないと言っても過言ではないと自負しておりますのに、まったく思い出すところがない!
そう、そうなのです。
可能性として、18禁やBLだって候補のひとつなのです。
この世界観がどんなシナリオかわからないかぎり、その可能性だってないとは言えません。
こうなってしまえば、前世の記憶の知識という知識を総動員してパターンをしぼり、どうにか断罪からの破滅の道へ踏み込まないように立居振る舞いに気をつけていくしかありません。
もしかしたら何かの拍子で思い出すかもしれませんし。
その時になって、あの時こうしていればなんてタラレバな後悔をしないように、ひとつひとつ、細心の注意を払う必要があるのですわ。
41
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。
樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」
大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。
はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!!
私の必死の努力を返してー!!
乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。
気付けば物語が始まる学園への入学式の日。
私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!!
私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ!
所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。
でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!!
攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢!
必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!!
やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!!
必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。
※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。
※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。
【完結】財務大臣が『経済の話だけ』と毎日訪ねてきます。婚約破棄後、前世の経営知識で辺境を改革したら、こんな溺愛が始まりました
チャビューヘ
恋愛
三度目の婚約破棄で、ようやく自由を手に入れた。
王太子から「冷酷で心がない」と糾弾され、大広間で婚約を破棄されたエリナ。しかし彼女は泣かない。なぜなら、これは三度目のループだから。前世は過労死した41歳の経営コンサル。一周目は泣き崩れ、二周目は慌てふためいた。でも三周目の今回は違う。「ありがとうございます、殿下。これで自由になれます」──優雅に微笑み、誰も予想しない行動に出る。
エリナが選んだのは、誰も欲しがらない辺境の荒れ地。人口わずか4500人、干ばつで荒廃した最悪の土地を、金貨100枚で買い取った。貴族たちは嘲笑う。「追放された令嬢が、荒れ地で野垂れ死にするだけだ」と。
だが、彼らは知らない。エリナが前世で培った、経営コンサルタントとしての圧倒的な知識を。三圃式農業、ブランド戦略、人材採用術、物流システム──現代日本の経営ノウハウを、中世ファンタジー世界で全力展開。わずか半年で領地は緑に変わり、住民たちは希望を取り戻す。一年後には人口は倍増、財政は奇跡の黒字化。「辺境の奇跡」として王国中で噂になり始めた。
そして現れたのが、王国一の冷徹さで知られる財務大臣、カイル・ヴェルナー。氷のような視線、容赦ない数字の追及。貴族たちが震え上がる彼が、なぜか月に一度の「定期視察」を提案してくる。そして月一が週一になり、やがて──「経済政策の話がしたいだけです」という言い訳とともに、毎日のように訪ねてくるようになった。
夜遅くまで経済理論を語り合い、気づけば星空の下で二人きり。「あなたは、何者なんだ」と問う彼の瞳には、もはや氷の冷たさはない。部下たちは囁く。「閣下、またフェルゼン領ですか」。本人は「重要案件だ」と言い張るが、その頬は微かに赤い。
一方、エリナを捨てた元婚約者の王太子リオンは、彼女の成功を知って後悔に苛まれる。「俺は…取り返しのつかないことを」。かつてエリナを馬鹿にした貴族たちも掌を返し、継母は「戻ってきて」と懇願する。だがエリナは冷静に微笑むだけ。「もう、過去のことです」。ざまあみろ、ではなく──もっと前を向いている。
知的で戦略的な領地経営。冷徹な財務大臣の不器用な溺愛。そして、自分を捨てた者たちへの圧倒的な「ざまぁ」。三周目だからこそ完璧に描ける、逆転と成功の物語。
経済政策で国を変え、本物の愛を見つける──これは、消去法で選ばれただけの婚約者が、自らの知恵と努力で勝ち取った、最高の人生逆転ストーリー。
婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた
夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。
そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。
婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。
どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~
涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした
ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!?
容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。
「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」
ところが。
ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。
無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!?
でも、よく考えたら――
私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに)
お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。
これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。
じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――!
本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。
アイデア提供者:ゆう(YuFidi)
URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる