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9.操血

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 レミィからは暗殺者の心得というものを学んだ。

 心得その一
 気配は消すんじゃなく、周りと同化させる。

 心得その二
 殺気は殺す直前まで出さない。

 心得その三
 相手が隙を見せるまで待ち続ける。

 心得その四
 見つかったら素直に謝る。

「すみませ──」

 次の瞬間、シエルキューテによって鷲掴みにされた僕の頭部及び上半身は地面へとめり込んだ。

「全然ダメね。隙を見せてあげたら気を抜いて殺気を出しちゃってるわ。折角、考えを読まないようにしてあげているというのに。」

 精進します。

「はわわわわ。カリムさん、大丈夫です?」

 レミィが遠くから話しかけてきた。

「この状態を大丈夫だと思うのなら、レミィの感性はシエルキューテ様と同等だ。」

 なにか寒気を感じる。これが殺気か?

「私の名前で揶揄するのは金輪際やめることね。命が惜しいのなら特に。」

「はいはい分かったから、そろそろ頭を地面から抜いてくれ。深くて抜けない。」

 甲高い足音が近付いて来る。
 そして、足首をギュッと握られる。その瞬間、僕はその掴まれた足首から刃を突き出した。

 これは《操血》という吸血鬼の能力で、シエルキューテから教わったものだ。
 能力は至ってシンプルで、自身の血を操る事が出来る。と言っても、血を操って勢いよく飛ばすとか絞め殺すとかそういう使い方はパワーが足りない為格下相手にしか無理だ。
 使い方は体外に血を出して、刃や棒の形状に硬化させて物理でぶん殴る。シエルキューテによれば、この使い方が一番良いらしい。
 硬化の硬度は魔力依存で、使う魔力が増えれば増える程硬くなるようだ。これなら武器を砕かれる事も減るだろう。

 足から《操血》を使って刃を生成しシエルキューテの両手を切り裂いた。
 指や手首がボトボトと落ちる。

「あら、やるようになったわね。」

 自力で頭を引き抜き、《操血》で手に刃を生成する。特別なことはせずに、いつも使っている長さの剣を生成した。そしてそのままシエルキューテの首へと剣を向けて寸止めをする。

「心得その二とその三だよ。」

「ダメです!」

 レミィが割って入る。

「仲間内の油断を利用するなんて卑怯です! 確かに不意打ちですけど、それじゃ敵には通じないです!」

 言われてみれば…、そうかもしれない。

「いいじゃないのレミィ。もう合格にしてあげなさい。」

 シエルキューテ…? もしかして、僕の実力を認めてくれたのか?

「毎日毎日ストーカーに付き纏われるのはもう懲り懲りなのよ。疲れたわ。」

 …。

「我慢です。シエルキューテ様。」

 レミィよ。せめてストーカー扱いされているのを否定してくれ。

「まあ本当の事を言うと、免許皆伝でもいいと思っているわ。ただの王女相手ならこの程度でも充分よ。」

「まあ、そうですけど…。」

 この程度と言われるのは心外だが、確かにもう充分な気がするんだよな。

 …あれ? 急に二人の面持ちが変わった。いや、二人だけじゃなく他の魔物達もだ。…何かあったのだろうか。

「カリム、移動するわよ。レミィも来なさい。」

「何かあったのか。」

「たった今、魔王様から連絡が来たわ。」

 連絡…? あれか、テレパシー的なやつか。

「ダンジョン内に勇者の家名持ちが侵入して来たらしいのです。」

 …シーリスか。というか、魔王ってそういうのが分かるんだな。一体どこから見てる…いや、詮索は良くないな…。

「名前は分かるのか?」

「アルマ・シーリスと言う名前らしいのです。それも一人で。」

 …しかも、あいつかよ。

「で、どうするんだ?」

「魔王様から交戦しろとお達しが来た以上、撃退するしかないわ。貴方達は隠れて居なさい。」

 戦うのか。英雄相手となるといくらシエルキューテでも…。…いや待てよ…。

「僕も行かせてくれ。」

「足手まといは要らないわ。」

「いや、作戦があるんだ。」

 シエルキューテは少し考え込んでいる。

「貴方は父親を殺せる……いえ、今のは愚問ね。作戦を教えてくれるかしら。」

「作戦はこうだ。まず、──以上だ。」

 二人は少し考え込む。

「確かに、このまま無策で飛び込むよりは有効ね。でも、成功するかは些か疑問よ。」

 僕は首を横に振る。

「僕には分かる。絶対に勝てるよ。」

「その自信は一体何処から来るのかしら?」

 自信か。確信のつもりなんだけどな。

「そうだな。強いて言うなら、親子だから…かな。」
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