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8.アルマとカリム
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これは、吸血鬼になる三週間程前の話だ。
僕はある初対面の男と、はたまた直接顔を合わせるのは二度目の男と枯れた噴水の縁に座っていた。
「よお、おっさん。身なりがいいのによくここに来るんだってな。こんな貧民街に何の用だ。」
その男は少し戸惑いつつも、返事をする。
「ああ、少年。ここには捜し物に来ていてね。」
「ほう。大事なもんか? だとしたらもう二度と帰ってこないから諦めな。」
「それは出来ない。本当に大事な物なんだ。私にとっては、とても…。だからこう座って、見つかるのを待ってるんだ。十五年も。」
男は物悲しげにそう語った。
「おかしな話だな。探し物だろ? 足で歩いて探せよ。」
「そう簡単に見つかるものじゃないんだ。」
「一体何を落としたんだ?」
男は首を横に振る。
「違う。落としたんじゃない。居なくなってしまったんだ。」
「ほう。…奥さんにでも逃げられたのか。」
男は首を縦に振る。
「それと子供も二人、赤子のカリムとサムルも何処かへと消えてしまった。」
「そりゃまた、なんで逃げられたんだ。」
「もう一人の妻が赤髪を毛嫌いしてね。追い出してしてしまったんだ。」
「あんたは庇わなかったのかい?」
「ああ、庇うことが出来なかったんだ。その事を悔いていてね。今でもこうして捜しているんだ。」
男の物言いに僕は怒りを覚えながらも、それを押さえ込む。
「今度は僕の話を聞いてくれよ。」
「ああ、いいぞ。」
「僕は貧しい家の生まれでね。母や父は居らず叔父と叔母が僕の育ての親なんだ。そして、僕の家には何故か高級品である本が一冊置かれていた。
その本について叔母に聞いてみると、昔母が大事にしていた本らしく、僕はその本を読んでいる内に本の主人公が大好きになっていったんだ。」
「その本ってのはなんだ?」
「『勇者アルマ・シーリス伝』」
その本の名前を聞くと、露骨に男は喜ぶ。
その反応を無視して僕は続けざまに語る。
「その中でも、一番好きな場面があるんだ。
王女様か街の人々、どちらかを切り捨てなければない時に、平気な顔して両方助けた。あの場面が好きなんだ。
流石は皆の英雄って感じで痺れて最高だった。だけど、実──」
「ここだけの話、実は私はそのアルマ・シーリスな──」
「知ってるよ。だから喋ってる。というか話遮んなよ。おっさん。」
男はキョトンとする。
僕は話を続ける。
「だけど、実物を知ってガッカリしたんだ。
実物はこう。王女と母さん、どちらかを切り捨てなければならない場面で、僕の母さんを切り捨てた。平気な顔してな。」
「母さん…? お前…、まさか…。」
男は…、勇者アルマは今にも泣き出しそうになる。
全く、腹立たしい限りだ。思わず一発ぶん殴った。
「物心着く前に母さんも兄さんも死んだよ。お前の嫁とやらが送ってきた暗殺者に殺られてな。その間お前は何してた? 両方救える力が有りながら自分の誤ちを後悔してただけだろ糞野郎。」
「もしや…カリムなのか…。本当に…。」
「そうだよ父さん。初めましてか? それとも十五年ぶりか? お前が見捨てた子供の一人だよ。悔いてるんだよな。なら死んでくれよ。あの世でお前が朽ちるのを待ってる兄さんと母さんに懺悔してくれ。
安心しろよ。お前が選んだ第二王女もすぐに送ってやるから。」
そう啖呵を切った矢先、数秒の打ち合いで剣を折られ、首元に切っ先を宛てがわれる。
「すまないと思っているんだカリム。本当にすまない…。」
「なら…、ならさ、僕じゃなくて母さんに謝れよッ!! お前が悪なのは百も承知なんだよッ!! 糞野郎ッ!!」
アルマは、泣いていた。
「失ってしまったものはもう戻らない。ただカリム、君だけでも救いたい。この気持ちに偽りはないよ。」
その勇者らしい臭い台詞に、僕は腹が立った。
『失ってしまった』と、あたかも他人事のように語るその口調に、僕は吐き気を催した。
「最初に言ったろ。お前みたいな糞野郎の元には二度と帰らねぇよッ!!」
その言葉を聞いてアルマは去った。去り際、「また来る」と言っていたが、僕はその噴水にもう二度と近づかなくなった。
その後、剥き出しの牙を折られた僕はリリスに出会い、依存するようになったのだ。
◇□◇□◇□◇
「あ、気が付いたです?」
どうやらレミィの膝の上で寝ていたらしい。
ハッとして、慌てふためき起き上がる僕を見て、レミィは微笑む。
「なんで僕は寝てたんだ?」
「シエルキューテ様にぶっ飛ばされて、頭を打ち付けたのです。」
…そうだった。シエルキューテに暗殺の練習台になってもらってるんだった。
「あら、起きたのかしら。今日はどうするの? もう辞めるの?」
「ああ、変な夢見ちまったから、今日はこれくらいにしとくよ。」
これで…もう二日目か。進展はあるのかな…。
「そうね。とても弱いから、そこそこ弱いくらいにはなってるわよ。」
「…そうか、まだまだ道のりは長そうだな。」
僕はある初対面の男と、はたまた直接顔を合わせるのは二度目の男と枯れた噴水の縁に座っていた。
「よお、おっさん。身なりがいいのによくここに来るんだってな。こんな貧民街に何の用だ。」
その男は少し戸惑いつつも、返事をする。
「ああ、少年。ここには捜し物に来ていてね。」
「ほう。大事なもんか? だとしたらもう二度と帰ってこないから諦めな。」
「それは出来ない。本当に大事な物なんだ。私にとっては、とても…。だからこう座って、見つかるのを待ってるんだ。十五年も。」
男は物悲しげにそう語った。
「おかしな話だな。探し物だろ? 足で歩いて探せよ。」
「そう簡単に見つかるものじゃないんだ。」
「一体何を落としたんだ?」
男は首を横に振る。
「違う。落としたんじゃない。居なくなってしまったんだ。」
「ほう。…奥さんにでも逃げられたのか。」
男は首を縦に振る。
「それと子供も二人、赤子のカリムとサムルも何処かへと消えてしまった。」
「そりゃまた、なんで逃げられたんだ。」
「もう一人の妻が赤髪を毛嫌いしてね。追い出してしてしまったんだ。」
「あんたは庇わなかったのかい?」
「ああ、庇うことが出来なかったんだ。その事を悔いていてね。今でもこうして捜しているんだ。」
男の物言いに僕は怒りを覚えながらも、それを押さえ込む。
「今度は僕の話を聞いてくれよ。」
「ああ、いいぞ。」
「僕は貧しい家の生まれでね。母や父は居らず叔父と叔母が僕の育ての親なんだ。そして、僕の家には何故か高級品である本が一冊置かれていた。
その本について叔母に聞いてみると、昔母が大事にしていた本らしく、僕はその本を読んでいる内に本の主人公が大好きになっていったんだ。」
「その本ってのはなんだ?」
「『勇者アルマ・シーリス伝』」
その本の名前を聞くと、露骨に男は喜ぶ。
その反応を無視して僕は続けざまに語る。
「その中でも、一番好きな場面があるんだ。
王女様か街の人々、どちらかを切り捨てなければない時に、平気な顔して両方助けた。あの場面が好きなんだ。
流石は皆の英雄って感じで痺れて最高だった。だけど、実──」
「ここだけの話、実は私はそのアルマ・シーリスな──」
「知ってるよ。だから喋ってる。というか話遮んなよ。おっさん。」
男はキョトンとする。
僕は話を続ける。
「だけど、実物を知ってガッカリしたんだ。
実物はこう。王女と母さん、どちらかを切り捨てなければならない場面で、僕の母さんを切り捨てた。平気な顔してな。」
「母さん…? お前…、まさか…。」
男は…、勇者アルマは今にも泣き出しそうになる。
全く、腹立たしい限りだ。思わず一発ぶん殴った。
「物心着く前に母さんも兄さんも死んだよ。お前の嫁とやらが送ってきた暗殺者に殺られてな。その間お前は何してた? 両方救える力が有りながら自分の誤ちを後悔してただけだろ糞野郎。」
「もしや…カリムなのか…。本当に…。」
「そうだよ父さん。初めましてか? それとも十五年ぶりか? お前が見捨てた子供の一人だよ。悔いてるんだよな。なら死んでくれよ。あの世でお前が朽ちるのを待ってる兄さんと母さんに懺悔してくれ。
安心しろよ。お前が選んだ第二王女もすぐに送ってやるから。」
そう啖呵を切った矢先、数秒の打ち合いで剣を折られ、首元に切っ先を宛てがわれる。
「すまないと思っているんだカリム。本当にすまない…。」
「なら…、ならさ、僕じゃなくて母さんに謝れよッ!! お前が悪なのは百も承知なんだよッ!! 糞野郎ッ!!」
アルマは、泣いていた。
「失ってしまったものはもう戻らない。ただカリム、君だけでも救いたい。この気持ちに偽りはないよ。」
その勇者らしい臭い台詞に、僕は腹が立った。
『失ってしまった』と、あたかも他人事のように語るその口調に、僕は吐き気を催した。
「最初に言ったろ。お前みたいな糞野郎の元には二度と帰らねぇよッ!!」
その言葉を聞いてアルマは去った。去り際、「また来る」と言っていたが、僕はその噴水にもう二度と近づかなくなった。
その後、剥き出しの牙を折られた僕はリリスに出会い、依存するようになったのだ。
◇□◇□◇□◇
「あ、気が付いたです?」
どうやらレミィの膝の上で寝ていたらしい。
ハッとして、慌てふためき起き上がる僕を見て、レミィは微笑む。
「なんで僕は寝てたんだ?」
「シエルキューテ様にぶっ飛ばされて、頭を打ち付けたのです。」
…そうだった。シエルキューテに暗殺の練習台になってもらってるんだった。
「あら、起きたのかしら。今日はどうするの? もう辞めるの?」
「ああ、変な夢見ちまったから、今日はこれくらいにしとくよ。」
これで…もう二日目か。進展はあるのかな…。
「そうね。とても弱いから、そこそこ弱いくらいにはなってるわよ。」
「…そうか、まだまだ道のりは長そうだな。」
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