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秘密の通路
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殿下は私の言葉を聞いた瞬間、その美しい顔を綻ばせながら、額に口付けた。
「サフィ、ありがとう。生きてくれる事を選択してくれて…、嬉しいよ」
殿下は私を壊れ物の様に優しく抱きしめた。
「殿下。お願いがあるのです。公爵家に一度戻らせては頂けないでしょうか」
殿下に許しを請うが
「それはいくら君の頼みでも了承できない。君の生家は毒蛇の巣の様な場所。そんな所へおいそれと大切な君を居させたくないのだ。もっと早くあの家から君を解放してあげるべきだった。私が躊躇してたばかりに、あの様な目に君を遭わせてしまった。私はこれ以上、君を傷つける君の家族を赦すことはできない」
「で…殿下…」
殿下がこれほどまでに私を想ってくれているとは知らなかった。何も知ろうとも分かろうとしなかったのは私の方。
あの頃の殿下への不信に満ちた思いは消えていく。今は静かに殿下の心に寄り添いたいと気持ちが傾いている。だが一方で、これからやらねばならない事の重大さに心が重くなっていくのも事実だった。
「では、百歩譲って、公爵との対面を許そう。しかし、側には騎士を配置させる。今の君は私の新しい妃となる身だ。前の様なことにならない様にこちらも万全な対応をさせてもらう。これだけは譲れない」
殿下の言い分も分かるし、きっと殿下は母の事を心配しているのだろう。私が公爵家に戻れば今度は何をするのか分からないから。父もそんな母を野放しにしている点では、殿下は要注意人物と認識しているようだった。
「殿下、ありがとうございます」
「サフィ。落ち着くまではこの離宮が君の棲家だ。ここを管理している者は私の腹心の者ばかり、何でも不自由を感じたら遠慮なく申し付けなさい。それと…」
「えっ…」
殿下は立ち上がって、私の耳元で甘く囁いた。
「今夜から、私はここで夜を過ごす。準備をさせておくから、君も心積もりをしておきなさい」
その言葉に私は体が昂揚するのを感じている。
はっきりと閨を共にすると言われたのだ。
恥ずかしさの余り、顔を紅色に染めて俯く。
「ああ、なんて可愛いのだ。私のサフィ」
旋毛に口付けた後、殿下は私を伴って、秘密の通路を使って王宮の客間に足を運んだ。
今の私は、サフィニア・ミシェルウィーではなくなっている。
王宮に出入りする人々に姿を見られてはいけないのだ。
これから、偽りの姿で全ての人を欺いて生きなければならない身の上。
その罪の重さを犇々と感じながら、地下の石畳の通路を歩いて行った。
出て来たところは、王宮の【玉座の間】。
ここは、王太子任命の儀式や婚礼の誓い、王の戴冠式にしか使われない特別な場所。
勿論、鍵がかけられ、普段は立ち入り禁止となっている。鍵は王家の四人しか持っていない。
「ここの鍵は、君が王太子妃となった暁に渡すことにするよ。それまでは、大人しく離宮で過ごすように」
「はい、殿下のお心のままに」
私は静かに答えた。
そして、王宮の客間に待つ父との最後の対面が行われたのだ。
「サフィ、ありがとう。生きてくれる事を選択してくれて…、嬉しいよ」
殿下は私を壊れ物の様に優しく抱きしめた。
「殿下。お願いがあるのです。公爵家に一度戻らせては頂けないでしょうか」
殿下に許しを請うが
「それはいくら君の頼みでも了承できない。君の生家は毒蛇の巣の様な場所。そんな所へおいそれと大切な君を居させたくないのだ。もっと早くあの家から君を解放してあげるべきだった。私が躊躇してたばかりに、あの様な目に君を遭わせてしまった。私はこれ以上、君を傷つける君の家族を赦すことはできない」
「で…殿下…」
殿下がこれほどまでに私を想ってくれているとは知らなかった。何も知ろうとも分かろうとしなかったのは私の方。
あの頃の殿下への不信に満ちた思いは消えていく。今は静かに殿下の心に寄り添いたいと気持ちが傾いている。だが一方で、これからやらねばならない事の重大さに心が重くなっていくのも事実だった。
「では、百歩譲って、公爵との対面を許そう。しかし、側には騎士を配置させる。今の君は私の新しい妃となる身だ。前の様なことにならない様にこちらも万全な対応をさせてもらう。これだけは譲れない」
殿下の言い分も分かるし、きっと殿下は母の事を心配しているのだろう。私が公爵家に戻れば今度は何をするのか分からないから。父もそんな母を野放しにしている点では、殿下は要注意人物と認識しているようだった。
「殿下、ありがとうございます」
「サフィ。落ち着くまではこの離宮が君の棲家だ。ここを管理している者は私の腹心の者ばかり、何でも不自由を感じたら遠慮なく申し付けなさい。それと…」
「えっ…」
殿下は立ち上がって、私の耳元で甘く囁いた。
「今夜から、私はここで夜を過ごす。準備をさせておくから、君も心積もりをしておきなさい」
その言葉に私は体が昂揚するのを感じている。
はっきりと閨を共にすると言われたのだ。
恥ずかしさの余り、顔を紅色に染めて俯く。
「ああ、なんて可愛いのだ。私のサフィ」
旋毛に口付けた後、殿下は私を伴って、秘密の通路を使って王宮の客間に足を運んだ。
今の私は、サフィニア・ミシェルウィーではなくなっている。
王宮に出入りする人々に姿を見られてはいけないのだ。
これから、偽りの姿で全ての人を欺いて生きなければならない身の上。
その罪の重さを犇々と感じながら、地下の石畳の通路を歩いて行った。
出て来たところは、王宮の【玉座の間】。
ここは、王太子任命の儀式や婚礼の誓い、王の戴冠式にしか使われない特別な場所。
勿論、鍵がかけられ、普段は立ち入り禁止となっている。鍵は王家の四人しか持っていない。
「ここの鍵は、君が王太子妃となった暁に渡すことにするよ。それまでは、大人しく離宮で過ごすように」
「はい、殿下のお心のままに」
私は静かに答えた。
そして、王宮の客間に待つ父との最後の対面が行われたのだ。
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