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さぁ、お礼に参りましょう

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 神の慈悲を捧げる場所、神殿。
 白を基調とした美しい塔のような建物は、天の王国で最も高く天におわす神に近い所に造られている。さらにその最上階にある、天詠みの聖女と彼女に認められた【聖騎士】のみが入ることを許された神聖な空間。そこに、ルーカス・ジュピターはいた。

 透明に磨かれた硝子の窓から下界を見下ろす美しい少女。ごく薄い桃色の髪はさらさらと華奢な肩甲骨ほどまで流れ、天の光を反射して金色にも見える。その姿が自らの手で捨てた婚約者の姿を彷彿とさせる。かつての婚約者も、こうして窓からよく外を見ていた。

 そんなことをぼんやりと考えている時だ。美しい桃色の少女がくるりと振り返り、その美しい金色の目でルーカスをまっすぐ見つめる。その金色が、自分の中の彼女の記憶を鮮明にさせて、ルーカスの感情をひどく乱す。しかし、ルーカスの考えていることなど知りもしない少女は、とろりと甘く微笑み、部屋の中心に置かれたベッドに力なく座り込んでいるルーカスにゆったりと近づいてくる。
 一切の服を身にまとわず、彼女の玉体をふんだんに見せつけながら、少女はルーカスの前にしゃがみ込んだ。


「ねぇ、ルーカス様、エレノア様はどうしてまだ捕まらないの?……それに、最近政治ばかりで遊んでくれないわ」


 エレノア、という名前にルーカスがびくりと身体を震わせれば、少女は面白そうにころころと笑った。しかし、彼女の金の目は爛々と油断なく輝いていて、ルーカスに逃げを打たせまいという強い意思が見える。
 
 エレノア・アルテミス。ルーカスの婚約者であった少女で、彼女もまた人知を超えた美しさを持つ人間離れした女性だった。文武両道、才色兼備……あらゆる古語で褒めたたえられる才女であり、アルテミス公爵家の長女にして次期当主。父上に媚びへつらうだけの無能な両親から生まれたとは思えぬその才能は、若くしてこの王国を支えるかけがえのないものだった。――と、今ならわかる。
 この一か月。彼女が星の王国の大公に連れられてこの国を去った日から、目に見えて経済や治安、外交が不安定になった。ふたを開けてみれば王城の中には収賄と忖度で無能だけがあつまり、有能な人材は王城から追い出され、地方へと戻ってしまっていて。ルーカスは彼女の穴を埋めるために、地方から人材集めに奔走することになったのだ。

 しかし、目の前の少女は、ルーカスが王都【オルビット】から離れることをひどく嫌がった。ルーカスだけではない。学園の中で彼女に好意を抱いていただけの貴族の子息が、一人また一人と彼女にこうして呼び出され、に囚われたかのように彼女を信奉するようになった。その違和感にルーカスが不信を持つのも当然で、ルーカスは国の立て直しを言い訳に少し彼女と距離をとることにしたのである。

 そして、今日、ルーカスが呼び出された。


 何かの香だろうか。酷く甘い香りが部屋の中を立ち込めていて、ルーカスから正常な思考を奪っていく。今日は、前騎士団長に戻ってきてもらうようにお願いするため、話し合いの場を設けてもらっていたはずなのに。廊下ですれ違った少女に呼び止められ、気づけばベッドの上に座り込んでいた。おそらくもう約束の時間は過ぎてしまっただろう。


「ねぇ、聞いてるの?ルーカス様」
「……あ、やくそく、の、じか…ん」
「そんなもの、大丈夫よ。私の呼び出しが最優先でしょう?」


 そうだっただろうか。ルーカスはこの国の第一王子で、何よりも優先すべきは天の王国のはずだったような。そう、エレノアが言っていた。

『殿下は国民のためにその心を焦がせる素晴らしいお方ですわ』
「ルーカス様と私のために国民が動くのは当然でしょう?」

 相反する言葉が脳内を反響する。その気持ち悪さに、ルーカスは体を柔らかなベッドに横たえた。すると、少女が覆いかぶさるようにルーカスに跨ってくる。そして、少女は虚ろに倒れるルーカスに笑いかけると、瞼に一滴のキスを落とし、こめかみに指を触れ、刻み込むようにぼそぼそと語りだした。


「天詠みの聖女の言葉は神の言葉よ。神の言葉は絶対に正しいの」
「エレノア・アルテミスは災厄の魔女。彼女が生きているからこの国は不安定になるの」
「あなたは私の愛だけを求める」
「あなたは私の言葉だけを聞く」
「あなたは私を守る」


 身体を丸ごといじられているような不快感に身悶える。しかし、その華奢な体の何処にそんな力があるのか、少女はルーカスの身体をしっかりと捉えたまま離さない。がくがくと痙攣し、顔を歪めて呻くルーカスをただ楽しそうに見つめるだけだ。

 ぼろり、とルーカスの深紅の目から涙が零れ落ちる。何か大切なものが抜け落ちていくような恐ろしさが心を支配する。


「うあ、ぁ、ひ、やだ、俺は、」
「大丈夫よ、大丈夫。ただ気持ちぃだけよ」
「あ、あぁ…う、え……あ」


 エレノア。おれ、お前がうらやましくて。すごくて、ど力できて。おまえにつまづいて欲しくて。たよってほしかったのかなぁ。
 でも、やっぱりおまえがいないと駄目だった。どうしよう、てんのおうこくが滅びたら――

 でも、いっか。聖女が正しいっていうんだ。きっとただしいことなんだ。そうだよな?そんなわけない、聖女はなによりもただしい、でも、おうこくが、えれのあ、たすけただしい、ただしい、ただしい、ただしい、ただしい、ただしい、ただしい、ただしい、ただしい、ただしい、ただしい、ただしい、ただしい、ただしい、ただしい、ただしい、ただしい、ただしい、ただしい、ただしい、ただしい、ただしい、ただしい、ただしい、ただしい、ただしい、ただしい、ただしい、ただしい、ただしい、ただしい、ただしい、ただしい、――――――――――












「ルーカス様、エレノア様を殺してくれる?」
「あぁ。ミアが望むなら」
「ふふ、ありがとう、素敵なルーカス様。大好き」


 豊満な胸が当たっている。ルーカスは顔を真っ赤にして目を泳がせた。しかし、彼女はそんなルーカスを楽しそうに見つめると、ベッドに彼を押し倒す。目を白黒させるルーカスの上に倒れこみ、彼の情欲を刺激する。
 ルーカスはもう目の前の少女しか見えていないというように、彼女の身体を反転させ、その小さな唇に吸い付いた。

 もう、金色の目を見ても、何も思いだすことはなかった。




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