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52. 告白①
しおりを挟むその日の私はいつもと変わりの無いように過ごした。
登校して皆と挨拶を交わして、真面目に授業を受けて、休み時間にはマリーや他の友達と談笑する。
精霊祭まであと三日となった今日、とうとう運命の日を迎えることになった。
十二歳で佳奈の記憶を取り戻してから約六年。
調べるものは調べて、探れるものは探ってきたけれど、何をやるべきだったのか何が正解だったのかわからないまま、闇雲に歩いてこの日まで辿り着いた。
それでも、やれることはやって準備は整えてある。
お昼休みに入って、私はすぐに隣の席のルーク様に声を掛けた。
「ルーク様、少しお話してもよろしいですか?」
もうずっと言葉を交わさなかった私からの呼びかけに、彼は少しばかり驚いた表情を見せた。
「……なんだ?」
一瞬だけ合った視線を外し、彼はそっけなく答える。
「ルーク様にお伝えしたいことがあるのです。少々長い話となりますので、放課後にお付き合いいただけませんか?」
「いや、申し訳ないが私は……」
「お願いします、これ以降、私はルーク様に何も望むことは致しません。私の最後の願いと思って聞いて頂けませんか」
張り詰めた空気が伝わったのか、クラスメイト達がこちらを振り返った。教室はしんと静まり返り、皆遠巻きにこちらを見ているのがわかる。視界の先には不安そうな顔をしたジュリアがいた。
私は真剣な眼差しでルーク様と向き合い、改めて「お願いします」と繰り返した。
「……わかった」
ルーク様は溜息混じりに呟き、いつものようにジュリアを誘って教室を出て行った。
私たちの異様な様子に、アネットを先頭にクラスメイト達が一体どうしたのかと騒ぎだす。隣にいたマリーは、黙って私を見ていた。
「皆そんなに気にしないで。私だってたまにはルーク様とお話したくなっただけなのよ」
そう軽く流してマリーを昼食に誘った。
教室から出る時、さりげなくエイデンに目を配ると、彼は理解したという風にアイコンタクトを取る。私は小さく頷き、マリーと共に教室を後にした。
王妃と密談を交わした光の精霊殿巡拝の翌週、最後の巡拝先に選んだのは風の精霊殿だった。これは私がそうなるように計画的に組んだスケジュールだ。
王妃から暗殺の打診がされるであろう日の後に、エイデンと打ち合わせる時間が欲しかったからだ。
その日、私はエイデンにいくつかのお願いをした。
一つは、私がルーク様を放課後のテラスに呼び出す日が来たら、その時は私達の会話を盗聴してしっかり話を聞いていてほしいということ。もし他の誰かが私たちを盗聴していたとしても、相手に悟られてもいいから手を引かずにそのまま聞き続けてもらいたいことを伝えた。
そして二つ目は、クラスメイト達を連れて、窓越しでいいからテラスの近くで私たちの様子を見ていてほしいということをお願いした。
そしてエイデンには同時に購買所の職員の動きを見てもらい、もし不審な動きがあったらすぐに先生に知らせてほしい事を伝えた。
理由も話さずお願いだけをする私に、エイデンは隠し事をするなと根掘り葉掘り聞いてきたけれど、それは当日にわかるとだけ伝えた。
彼は不満げな様子を見せていたけれど、約束通り請け負ってくれてほっとした。
終業の鐘が校舎に鳴り響き、とうとうその時がやってきた。
先生が教室を出て行ってから、私はすぐにルーク様に声を掛けた。皆がこちらを気にして静かに見守るなか、彼を促して教室を後にする。
「ルーク様はお先に席についていてください。私がお茶をお持ちします」
そう言ってルーク様にはテラスに先に行ってもらい、私は購買所の職員に二人分のティーセットを注文した。
『学園のテラス前に購買所があるわね? そこでティーセットを受け取るだけでいいの』
王妃の計画を頭に蘇らせて、手際よく準備をする彼の顔を観察した。テラスで食事をするようになってからたまに顔を合わしていた、平凡な顔立ちのごく普通の青年。
『はっきり言うと、購買所であなたに手渡す人はあなたの命を狙っているの。彼はルークもその計画に加担していると思っているわ。だから安心してあなたに毒を持たせる。それをあなたは知らずにルークの紅茶に砂糖を入れてしまうのよ』
この無害そうな購買所の職員が、王妃の刺客であったことが意外だった。しかも彼は私を殺すつもりでここに居る。
つまり、これまで苦しめられてきたジュリアへの嫌がらせと私の悪評を立てたのは、この彼の仕業だったと考えていいのだろうか。
「お待たせしました」
爽やかな笑顔でトレーを渡された。二つのカップと一つのティーポット、そして砂糖の入った陶器と少量のクッキーが添えられている。
私は彼をさり気なく見て、何も言わずにそれを受け取りルーク様のいるテーブルへと向かった。
いつも昼食時にジュリアが使っているテーブルにルーク様が座っている。
私はトレーからティーカップをテーブル上に移した。
「……ありがとう。では私が入れよう」
そう言ってルーク様がティーポットに手を伸ばすのを見て、私もすぐに手を伸ばしてそれを抑えた。
「いえ、ルーク様にそのようなことをさせられません。私がお入れしますわ」
その勢いに驚いた様子で、彼はそのまま引き下がる。
そのまま二つのカップに紅茶を注ぎ入れ、片方をルーク様の前に差し出した。私も自分のカップを手前に置くと、砂糖入れを手元に引き寄せスプーン一杯分を自らの紅茶に入れてかきまぜた。
「ルーク様、お茶を頂く前に私にお話をさせていただいてもよろしいでしょうか」
スプーンをソーサーに置き、まっすぐにルーク様を見つめた。緊張と高揚が混ざり合い、心臓の鼓動が早くなる。
周囲にさりげなく目を配ると、エイデンが引き連れて来たであろうクラスメイト達がガラス越しにこちらを見てくれている。それにつられるように、下校途中の生徒達が次々に立ち止まり、何事かというように人だかりができていた。
これだけギャラリーがいれば上等だ。
私はこの日の為に頭の中でシミュレーションしてきた最初の言葉を口に乗せた。
「ルーク様は、前世というものがあると思いますか?」
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