52 / 67
51. 決断
しおりを挟むジュリアの聖女役が決まってから一週間、精霊祭まであと三週間を切ったところで、光の精霊殿巡拝の日が巡ってきた。
もしこの世界がゲームと同じレールの上にあるとすれば、おそらくこの今日この日に王妃から重大な話を聞かされることになるはずだ。
一学期最後となる光の精霊殿巡拝、王妃が私に暗殺の話を持ち掛ける最後の機会ということになる。
だから私は、一つの大きな決意を持って今日という日を迎えていた。
「ミラ様がお待ちでございます」
儀式を終えて祭壇の間を出ると、いつものように王妃付きの侍女が出迎えてくれた。四回目のお誘いとなる今日が、このような形で王妃と会う最後となるだろう。
「貴女を前にしていると、つい時間を忘れて話してしまうわね」
いつもと変わらないお茶の時間。しばらく他愛ない近況報告や世間話を続けていると、王妃がさりげなく私を見ながらそう呟いた。
私は自分の緊張を悟られないよう、和やかな雰囲気を保ちつつ謙遜の言葉を述べる。温かいカップを手にしているというのに、その指先は凍えるように冷たい。
「今日はね、貴女にとても大事な話があるの。聞いてくれる?」
私は素直に返事をした。とにかく余計なことを考えずに、雑念を払って彼女の話を聞く。こちらに思惑があることを悟られてはいけない。
「私はね、ルークが国王になることが心配なのよ。はっきり言うと認めていないの。これまでの話から、貴女は勘付いていたかもしれないけれど」
過去三回の会話の中で、確かに王妃はその考えを徐々に明らかにしていった。
初めはルーク様の態度を咎める程度だったものが、次第にルーク様がいかにつまらない人間か、第二王子のロイ様がどれだけ素晴らしいかを語るようになった。
そして私自身もその流れに乗っかるように、自分がいかに聖女に固執しているのか、ルーク様に執着していないかという姿勢をアピールしてきた。
そうやって事前に餌を撒いていたからこそ、王妃からあの話が出るだろうと予想をしていた。
「そうはおっしゃられても、法では第一王子に継承されるとあります。王妃であり聖女であられますミラ様のご意向でも、法に異を唱えることは難しいのではありませんか?」
私は慎重に言葉を重ねてゆく。あくまで常識的な反応を心掛け、不自然な会話にならないよう注意を払う。
「そうね……」
王妃は手に持ったカップの表面をしばし眺めた。
「ねぇ、ライラさんは呪いというものはあると思う?」
突然なんの脈絡もなくそう尋ねられて、少しばかり面食らった。
「呪い、ですか。もちろん私にはわかりかねる話ですが、憎しみや怨念というものは人を負の方向へ引き寄せるものであるような気もします。それを呪いというのなら存在するのかもしれません」
王妃の発言の意図がわからないままそう口にする。
科学が発達していた日本にいた頃ですら、オカルト話がまことしやかに話されていたくらいだ。精霊やら魔法やらがあるこの世界なら、呪いなんていうモノが存在していてもおかしくない気もする。
「憎しみ、怨念……そうね、貴女の言う通りよ。それらを抱えている者が国王に相応しいとは思わないわよね?」
王妃の言葉に私はますます意味がわからなくなる。つまりルーク様が憎しみや怨念を抱いていると言いたいのだろうか?
「それはどのような意味なのでしょうか……」
「言葉の通りよ。難しく考えることはないの」
うっすらと笑みを浮かべて私を見つめる目が、私を捉えて離さない。まるで真綿でじわじわと絞められているような感覚で、私は頷くことしか出来なかった。
「呪いが負を引き寄せる。それがこの国にとってどういった災いをもたらすか。私はこの国の聖女として、また王妃として決断しなくてはとずっと思っていた」
段々と話しに熱を帯びてくる王妃を前にして戸惑う。そもそも王妃のいう“呪い”とは一体何なのだろう。私を暗殺計画に引き込むための作り話なのだろうか? それとも本当にそんなものがあるのだろうか。
「それで貴女にお願いしたいことがあるのだけれど、その前に一つ大事な質問をするわ」
王妃は手にしていたカップをテーブルに置いて、まっすぐに私を見つめた。
「貴女が聖女になりたい気持ちは本物?」
今日までに何度もあった質問を再び繰り返された。おそらく私がどの程度の覚悟があるのか知りたいのだろう。だから私は王妃が望んでいるであろう答えを口にした。
「私は幼い頃から聖女を目指し、厳しい教育にも耐え励んで参りました。私には聖女になれない未来など考えられません」
「でもジュリアさんが現れてから、その描いた未来が厳しいものになったわよね?」
王妃は私を煽るようにジュリアの名前を出す。
「ねぇ、貴女は聖女になるためならどんなことでも出来る?」
「はい。私のこれまでの人生は、聖女になるために生きてきたも同然でございます。父も母もそれを望み、私に期待を寄せておりました。聖女になる為ならどんな過酷なことであろうともやり遂げる覚悟は出来ております」
そう言い切ると、王妃は満足そうに頷いた。
「わかりました。これで貴女に安心して話せるわ。実は私が考えていることはね、先程も言ったようにロイを次期国王にすることなの」
「はい、承知しております」
「だからね、ルークには申し訳ないけれど眠ってもらおうと思って」
「眠ってもらう……?」
私はとぼけて、意味が分からないというように尋ねた。すると王妃は手元の陶器に入った砂糖を、スプーン一杯分だけ掬いサラサラと紅茶に流し入れた。
「貴女に、これと同じことをルークにしてもらいたいの」
「それは……まさか、毒を……?」
王妃は否定も肯定もしない。先程からの言葉選びを見ていると、まだ私を試しているのだろう。
「ミラ様のお考えはわかりました。けれどなぜ聖女を目指す私にご依頼なさるのでしょう? 聖女どころか罪人になれと? 私に罪を負えとおっしゃられるのならさすがに承知致しかねます」
公の場ではけして出来ないような、かなり強い口調で断りを入れる。
「私がそれを受けてしまえば歴史に刻まれる大罪人となるでしょう。いくらミラ様のお願いとはいえ簡単に受け入れることはできません」
もちろんこれはフリである。一体王妃がどういった計画を立て、どうアリバイを作ろうとしているのかを知りたかった。
「貴女が聖女になる為には必要な事でもあるの。なぜなら今のままではジュリアさんが聖女になって、ルークが王太子になってしまうもの」
そう言って駄々っ子を諫めるような口調で話し始めた。
ルーク様に毒を盛って体調不良にさせること。そして病で臥した兄の代わりにロイ様が王太子となるよう提案し、今の聖女候補生はそのまま継続させるようにすることを話した。
体調不良などと言っているけれど、それは方便であるとこちらはわかっている。
「それからね、この話はルークではなくあなたが狙われたということにするの」
私が毒を盛られたという設定にする。それを私が知らずにルーク様に差し出してしまうということにするらしい。
「初めは貴女に疑いがかかるかもしれないけれど、そうではない証拠をこちらが残しておくわ。けしてあなたを罪人にすることはないから安心して」
「でもそれでは……仮に罪人を免れたとしても、ルーク様に誤って毒を与えた人間というのに変わりありません、それで聖女になれるのでしょうか? それにジュリアが聖女候補のままでいるならば、結局ロイ様のお相手は彼女に決まってしまうのでは」
王妃はゆっくりと私に言い聞かせるように話す。
「その心配はいらないわ。彼が病に伏せば彼女も一緒に落としてしまえる。そうなると彼女の精霊力も衰えることになるから、ロイのお相手にはさせないわ」
ジュリアの精霊力が衰える? もしかして王妃はジュリアにも何か仕掛けてあるのだろうか?
「いずれ時が来たらわかるわ。彼女には秘密があるのよ。そしてもう一つ。おそらくロイがその立場になれば、新たな婚約者候補を作るべきだという人も出てくると思うの。でもあなたたちがこれまで聖女候補生として学び力を付けてきたことは有利であることは間違いないわ。その程度の意見は私が取り除けるから安心して」
余裕な表情で私を見つめる。私の不安は全て取り除いて見せると言いたげな口調だった。
「大丈夫。私が責任を持って貴方を聖女にしてあげるわ」
王妃の話がどこまで本当なのか、実際のところはわからない。しかし私の答えは決まっていた。
私はこの返事をするために、今日ここへ来たのだ。
「よくわかりました。ミラ様のお話しを信じて、今後の国の繁栄と平穏の為にご協力致します」
自分の下した決断は、以前から考えていた大きな賭けだった。その結果がわかる時が来るのはもう間もなくとなる。
0
お気に入りに追加
586
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
冤罪で処刑されたら死に戻り、前世の記憶が戻った悪役令嬢は、元の世界に帰る方法を探す為に婚約破棄と追放を受け入れたら、伯爵子息様に拾われました
ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
ワガママ三昧な生活を送っていた悪役令嬢のミシェルは、自分の婚約者と、長年に渡っていじめていた聖女によって冤罪をでっちあげられ、処刑されてしまう。
その後、ミシェルは不思議な夢を見た。不思議な既視感を感じる夢の中で、とある女性の死を見せられたミシェルは、目を覚ますと自分が処刑される半年前の時間に戻っていた。
それと同時に、先程見た夢が自分の前世の記憶で、自分が異世界に転生したことを知る。
記憶が戻ったことで、前世のような優しい性格を取り戻したミシェルは、前世の世界に残してきてしまった、幼い家族の元に帰る術を探すため、ミシェルは婚約者からの婚約破棄と、父から宣告された追放も素直に受け入れ、貴族という肩書きを隠し、一人外の世界に飛び出した。
初めての外の世界で、仕事と住む場所を見つけて懸命に生きるミシェルはある日、仕事先の常連の美しい男性――とある伯爵家の令息であるアランに屋敷に招待され、自分の正体を見破られてしまったミシェルは、思わぬ提案を受ける。
それは、魔法の研究をしている自分の専属の使用人兼、研究の助手をしてほしいというものだった。
だが、その提案の真の目的は、社交界でも有名だった悪役令嬢の性格が豹変し、一人で外の世界で生きていることを不審に思い、自分の監視下におくためだった。
変に断って怪しまれ、未来で起こる処刑に繋がらないようにするために、そして優しいアランなら信用できると思ったミシェルは、その提案を受け入れた。
最初はミシェルのことを疑っていたアランだったが、徐々にミシェルの優しさや純粋さに惹かれていく。同時に、ミシェルもアランの魅力に惹かれていくことに……。
これは死に戻った元悪役令嬢が、元の世界に帰るために、伯爵子息と共に奮闘し、互いに惹かれて幸せになる物語。
⭐︎小説家になろう様にも投稿しています。全話予約投稿済です⭐︎
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【二部開始】所詮脇役の悪役令嬢は華麗に舞台から去るとしましょう
蓮実 アラタ
恋愛
アルメニア国王子の婚約者だった私は学園の創立記念パーティで突然王子から婚約破棄を告げられる。
王子の隣には銀髪の綺麗な女の子、周りには取り巻き。かのイベント、断罪シーン。
味方はおらず圧倒的不利、絶体絶命。
しかしそんな場面でも私は余裕の笑みで返す。
「承知しました殿下。その話、謹んでお受け致しますわ!」
あくまで笑みを崩さずにそのまま華麗に断罪の舞台から去る私に、唖然とする王子たち。
ここは前世で私がハマっていた乙女ゲームの世界。その中で私は悪役令嬢。
だからなんだ!?婚約破棄?追放?喜んでお受け致しますとも!!
私は王妃なんていう狭苦しいだけの脇役、真っ平御免です!
さっさとこんなやられ役の舞台退場して自分だけの快適な生活を送るんだ!
って張り切って追放されたのに何故か前世の私の推しキャラがお供に着いてきて……!?
※本作は小説家になろうにも掲載しています
二部更新開始しました。不定期更新です
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
完結)余りもの同士、仲よくしましょう
オリハルコン陸
恋愛
婚約者に振られた。
「運命の人」に出会ってしまったのだと。
正式な書状により婚約は解消された…。
婚約者に振られた女が、同じく婚約者に振られた男と婚約して幸せになるお話。
◇ ◇ ◇
(ほとんど本編に出てこない)登場人物名
ミシュリア(ミシュ): 主人公
ジェイソン・オーキッド(ジェイ): 主人公の新しい婚約者
性悪という理由で婚約破棄された嫌われ者の令嬢~心の綺麗な者しか好かれない精霊と友達になる~
黒塔真実
恋愛
公爵令嬢カリーナは幼い頃から後妻と義妹によって悪者にされ孤独に育ってきた。15歳になり入学した王立学園でも、悪知恵の働く義妹とカリーナの婚約者でありながら義妹に洗脳されている第二王子の働きにより、学園中の嫌われ者になってしまう。しかも再会した初恋の第一王子にまで軽蔑されてしまい、さらに止めの一撃のように第二王子に「性悪」を理由に婚約破棄を宣言されて……!? 恋愛&悪が報いを受ける「ざまぁ」もの!! ※※※主人公は最終的にチート能力に目覚めます※※※アルファポリスオンリー※※※皆様の応援のおかげで第14回恋愛大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます※※※
すみません、すっきりざまぁ終了したのでいったん完結します→※書籍化予定部分=【本編】を引き下げます。【番外編】追加予定→ルシアン視点追加→最新のディー視点の番外編は書籍化関連のページにて、アンケートに答えると読めます!!
捨てた騎士と拾った魔術師
吉野屋
恋愛
貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。
転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜
みおな
恋愛
私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。
しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。
冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!
わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?
それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる