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53. 告白②
しおりを挟む「前世……?」
怪訝な顔をしてルーク様が私を見つめる。真剣な表情で話す私を、どのように扱うべきか考えあぐねているように見えた。
私はこの日、全てをルーク様に話そうと決めていた。
王宮でのお茶会を目前にした十二歳の日、別の世界の人間だった記憶を取り戻したこと。この世界をゲームで知っていた私が、今後どういったことが起きるのかを把握した上で行動していたこと。
それらを全て洗いざらい打ち明ける。
私は言葉を選びながら、ゆっくりと順序立てて話していった。
・
・
・
「つまり……君はライラとして生まれる前、ニホンという国で生きていたカナという人物だった。それで君は、私たちのことを『ゲーム』の登場人物として知っていた、と……?」
ルーク様は内容を復唱しながら困惑の表情を浮かべる。
想像し難く、理解の範疇にないことはこちらもわかっている。でもルーク様には申し訳ないけれど、ここは頑張って話を聞いてもらわないとならない。
「先程も申しました通り、私の言う『ゲーム』とは小説や演劇と同じようなものと思っていただいて構いません。つまり私は、ミリシア学園でどういったことが起きるのかを物語を通して知っていた。二年生になってヒロインであるジュリアが転入してくることも、この話の結末も」
「………」
話を一旦区切ってルーク様の様子を窺うけれど、言葉が返ってこない。呆れられているのかもしれないけれど、途中で退席されないだけマシだと自分を鼓舞して話を続ける。
「物語のライラは、高慢な物言いでヒロインに嫌がらせをする人物でした。ヒロインに嫉妬して、守護司のご子息やルーク様と仲良くすることを妨害する役割だったのです。だから私は入学する前に心に誓いました。私はクラスメイトやヒロインと仲良くやっていこうと。けしてゲームのライラのような悪役の令嬢にはならないと」
私はここで一口紅茶を飲んだ。喉を潤し、話を続ける。
「そうすることでゲームと現実に違いが生まれたのです。ゲームの中の高慢なライラは、ルーク様から離宮に誘われることがありませんでした。でも現実はルーク様のご記憶にある通りです。だからこの『物語』は変えることが出来ると、私は手応えを感じました」
そして私はまた紅茶に口をつける。
「まず、避けなければならない事の一つに、コンスティ家の破滅というものがありました。ライラの身勝手な欲望と行動の結果、自業自得で身を滅ぼしたのです。……だから私はそれに逆らうため、品行方正を心掛け健全な人間関係を築こうとしてきました。でもルーク様も知っての通り、結局私はジュリアに嫌がらせをしているという濡れ衣を着せられ、糾弾されています。
平民生徒側の間で流れている、高慢な侯爵令嬢ライラがジュリアを虐げているという噂。……その流れに沿うように、ルーク様も私から離れていくお姿を見てやっと理解しました。私の意思や行動など関係なく、どう足掻いても物語と同じ結末に向かうのだと」
私は改めてルーク様の顔を見つめて、一番伝えなければならないことを口にした。
「私はその結末を変えるために、ずっと何をどうすればいいのかと模索してきました。ルーク様の抱えている秘密、それを知っているのは私だけだから」
「…………」
私がそう話すと、ルーク様は真意を探るような目で私を見つめた。
……こうして見つめられると辛い。彼の弱い部分を暴き、切り込んでいかなければならないことに心が痛む。けれど続けなければ伝わらない。
「ルーク様と王妃陛下の関係のことです。私はお二人の関係性を、お会いになる前から知っていました。婚約者候補を決めるあの王宮のお茶会で、すでにお二人の間に溝があるように見えていたのですがその時のことを覚えておいででしょうか?」
私がそう尋ねると、ルーク様から探るような表情が消え、その端正な白いお顔に戸惑いの様子が浮かんだ。
「いや、まさか、そんなことが……」
口元を手で覆い、何かを考えるように視線を逸らした。
それでも私は話を続ける。
「初めの頃はお二人の関係を改善出来ればと漠然と考えていたのです。それによって最悪な展開を変えられるかもしれないから……。でも本来ならば知る由もないお二人の関係に口を挟むことも、王妃と王子という立場の方にそれを望むことは難しいものでした」
沈黙が落ちる。少しの間を置いて、話を続けたのはルーク様だった。
「それは……君にはどうにもできない事だ。私は生まれた時から母に疎まれている。誰がどうにかできるものではない」
初めてルーク様の口から王妃のことが語られ、私は思わず口を閉じることを忘れてしまった。
これは父親である国王にも、幼馴染の彼らにも明かしたことのない彼の秘密。
私は驚いた口を慌てて閉じて、話を続けた。
「それで私は考えを翻しました。それならば物語と同じ道を歩もうと考え直したのです。だから私は運命を受け入れ、ミラ様と密約を交わしました。……それをルーク様にお伝えすることがとても心苦く、辛いものではありますが言葉にしなければなりません」
自分のお腹に添えていた左手がブルブルと震えてきていた。額にも汗が滲んできている気がする。そろそろ限界かもしれない。
「ミラ王妃は、ルーク様を殺め第二王子であるロイ様を王太子にするおつもりです。その為に私を懐柔し、ルーク様に毒を盛るよう指示を出されました。……次期聖女の座を約束されて」
目の前の景色が二重になって見え、ゆらゆらと揺らぎ始めた。本格的にまずいかもしれない、早く結論を言わないと……。
「それで今この場で、ミラ王妃との約束通り購買所の職員から毒入りの砂糖を受け取りました。だからここに証拠を残していきます……。私は記憶を取り戻してから、ルーク様の暗殺を恐れていました。だから決めたのです。……相手は疑うことすら許されない御方、……ならば……確実な、証拠をと……」
「……ライラ!」
ぐわんぐわんと視界が回り出した。もう限界だ。もしかしたら時間をかけすぎてしまったのかもしれない。私は左手に込めた魔法を力の限り絞り出す。
紅茶に手を付けた時から左手に込めていた風魔法。毒が沈殿しないように体内に小さな旋風を起こす魔法をかけ続けていた。予定通りに進んでいるけれど、やっぱり少し怖い。
あれ、なんだか世界が斜めになっているなぁとぼんやり考えていた私に、慌てたように手を差し伸ばすルーク様がゆっくりと目に映った。そしてその後ろには、廊下を走って購買所の方へ向かうディノとエイデンの姿が目に入る。
ああ、よかった。私達の会話を聞くように頼んでいたエイデンにも、なんとか内容は伝わったらしい。
私は最後の力を振り絞り、飲んだ紅茶を吐き出した。
その後の事は覚えていない。ただ全てが暗転した。
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