私の痛みを知るあなたになら、全てを捧げても構わない

桜城恋詠

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高校三年 あなたと命を終える約束

無人駅のホームでさよならを

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 ――二年後。

 高校三年生になった海歌は無人駅のホームに備えつけられた椅子に座り、ぼんやりと感情の読み取れない瞳で虚空を眺めていた。

(――私の生きている意味って、なんだろう)

 それはどれほど自分の中で思考を繰り返したところで、答えが出ない問題だ。

 人生に正解はない。
 生活してきた環境、考え方、その時々に感じた感情によって、生きている限りは無数に答えが変化する。

 海歌は答えを出そうと必死になって18年間足掻き続けたが、いまだに答えは出ていない。

 最近思考をする時間すらも無駄であるような気がして、考えることすらやめようとしたのだが――不安になるだけで、自分の環境が好転するわけではないと気づく。

(答えにならない問題を解き続けていた方が、気晴らしになる……)

 海歌にとってはその意味を探すことが、生きる理由だったのだ。

(考えることをやめてしまったら、生きている意味がない……)

 そんな気さえした彼女は、いまだに答えのない自問自答を永遠に繰り返していた。

(死にたい……)

 ――こうして答えのない迷路へ迷い込み行き詰まった人々は、自殺を試みるものらしい。
 海歌も物は試しとばかりに、見様見真似で何度も死のうとした。

 リストカットはカッターナイフを手に取るだけで手が震え、いざ肌を傷つけたところで痛いだけ。
 精神に異常を来している人間は切り傷から流れ出る血を見て生きていることを実感し、心が落ち着くらしいが――小心者の海歌がそう感じることはない。
 真っ赤な鮮血が切り傷から滴り落ちたのが怖くて、すぐに止血した。

 リストカットが散々な結果に終わったので、彼女は次に首吊り自殺を試みた。

 床に座った状態で首にロープを巻きつけ、ドアノブに括ったのはいいものの、紐を引っ張ってみても首が絞まらない。
 あれこれと試行錯誤しているうちにロープが絡まって窒息死することがどれほど恐ろしいことなのかを実感した海歌は、結局怖くなって首吊りを断念した。

 試行錯誤を繰り返したせいで、首に目立つロープ痕がつく。
 傷跡を隠すためにマフラーが欠かせなくなった彼女は、季節が真夏であったことからクラスメイト達から指を差されて笑われる羽目になった。

(私って、本当にどんくさいなぁ……)

 リストカットや首吊りを本気で実行に移すには、もっと勉強が必要だ。

 彼女は自分一人の力で自殺を成功させることが不可能であることを悟った。

 楽に死ねる方法として思い浮かぶ他の方法があるとすれば――電車や車の前に勢いよく飛び出して下敷きとなり、命を終えることだろうか。

(迷惑にも、程があるよね……)

 通勤通学の時間帯に電車が止まれば、乗客の迷惑になる。
 国道で車に轢かれたら、大破した車が道を塞いで一時的に交通渋滞を起こしかねない。

(死んだ時迷惑をかけるのと、生き続けて誰かのストレスになり続けるなら、どちらがより迷惑にならずに済むんだろう……)

 人間はよく、命を落とした人に対して誰にも迷惑をかけずに死ねばいいと心ない言葉を投げかける。
 生きている人間にとって交通の要である公共交通機関がたった一人の愚かな行動によって停止することは、大変迷惑な話で受け入れ難いことなのだ。

(どうせ、私は命を落とすのだから……)

 これからも生き続ける人間に迷惑をかけるのは仕方ないことだ。
 自分が命を終えたあとのことに対して気にしていられる心の余裕があれば、身投げの選択肢が存在するはずはなかった。

(仕方ない、関係ないやと割り切れる人は……自殺を成功させている……)

 電車が絶対に来ない時間帯に、白線の内側ギリギリに立って脳内でデモンストレーションを敢行してみたけれど、そのビジョンは悲惨なものばかりで心臓に悪い。
 特急電車に飛び込めれば全身が細切れになってもおかしくはないが、それが各駅停車であれば駅のホームに侵入する際減速するため死にきれないだろう。

 何よりも――。
 正義感のある人物が飛び込みを防ごうとした場合――巻き込んでしまうのが気がかりだった。

(電車はやめよう)

 極力誰にも迷惑をかけずに命を落すことを最優先にするのであれば、ここで身投げをするべきではない。

 事故物件になることには目を瞑り、自室で自己完結できるような方法をを選ぶべきだ。

 椅子から立ち上がった海歌は、ゆっくりと白線の外側を目指して歩みを進める。

『まもなく2番線を、列車が通過します』

 隣のホームには、機械音声が快速電車の通過を知らせてくる。
 海歌は気に留めず、白線の外側へ足を踏み出して――。

「おい。何やってんだよ」

 聞き覚えのある不機嫌そうな低い声とともに、背中から肩を掴まれた。
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