3 / 62
高校一年
豚と呼ばれるようになるまで
しおりを挟む
――四年後。
(今度こそ、失敗しない……)
――四月二日。
高校生になった海歌は机の前に置かれた椅子に座り、入学式のオリエンテーションが始まるのを待っていた。
簡単な自己紹介を出席番号順に紡ぐだけ。誰でもできる、簡単な作業だ。
あいうえお順でわ行の彼女は一番最後に発言することが多かった。
海歌は普段より明るく元気にハキハキと話すことを心がけて椅子から立ち上がると、自身の名を紡ぐ。
「若草海歌です。海の歌と書いて、イルカと読みます」
明るく元気に、ハキハキと自身の名を紡ぎ終えた海歌がほっとした様子で優しく微笑めば、彼女に注目していたクラスメイトが頬を赤らめる。
その様子を隣の席に座ってつまらなさそうに見つめていた男子生徒は、海歌がクラスメイト達へ挨拶終了の言葉を紡ぐ前に吐き捨てた。
「漢字で書くなら、海の豚で海豚だろ」
――隣の席に座る男子生徒の何気ない一言で、海歌の高校生活は終わりを告げた。
(ああ、また、駄目だった)
高校生デビューなどと浮き足立って、演技をしてでも一人だけ助かろうとした罰が下ったのだ。
(やっと、みんなと同じように……毎日楽しく過ごせるかもしれないと思っていたのに……)
海歌の中学時代は散々だった。
『ウミカではなく、イルカです』
彼女は自分の名前を訂正しただけなのに、面倒な女だと避けてしまい孤立してしまったのだ。
海歌の名は葛本から指摘を受けた通り、本来であれば海豚と文字を描くべきなのだが……。
海歌に一切興味関心をみせず厳しく育ててきた両親にも、生まれたばかりの娘に豚と漢字を名づけることには抵抗があったらしい。
名前の読みはイルカのままに、海の歌と名付けられた。
完全なる当て字だ。
(環境を変えれば、仲良くなれると思ってた)
よほどのことがない限り、名づけられた名前は変えられない。
平凡な名を持たぬ海歌が、平穏な学校生活を望んだのが間違いなのだろう。
新生活に胸を踊らせていた彼女は、彼の不機嫌そうな言葉によって天国から地獄へと引きずり降ろされてしまった。
(死なばもろとも、一蓮托生。一人だけ助かるのは、許さない……)
――海歌は隣の男子生徒が、ひとたび学校の外を出れば酷い扱いを受けていると知っている。
彼は彼女が一人だけ助かろうとしているのが気に食わなかったのだろう。
(……あなたの手を取れば、よかったの? )
海歌は必死に平常心を保とうとするが、優しい笑みを称えていたはずの表情は引き攣っている。
額からはじんわりと冷や汗が流れ落ちて机を濡らす。
つまらなさそうに窓の外を見つめる男子生徒が焦る彼女の様子を確認せずに視線を外したのをいいことに、海歌は震える声とともに再びあがき始めた。
「そうです。本来は、海の豚と書くのですが……」
「じゃあ、ニックネームは豚ちゃん?」
「そうしよ!」
クラスメイトの注目を集めていたことに対して、気に食わない女子生徒が何人かいたのだろう。
女子生徒達は嬉々として、海歌を潰しにかかる。
(……終わった……)
唇を噛み締めながら握りしめた拳を震わせた海歌は絶望感でいっぱいになりながら、逃げるように頭を下げて椅子に座った。
「これからよろしくね、豚ちゃん!」
女子生徒達が海歌に笑いかける姿を見て、隣の席に座る彼はさぞかし喜んでいることだろう。
海歌は彼女たちに引き攣った笑みを浮かべたまま、目線だけを隣に座る男子生徒へ向ける。
海歌の名を誤字だと指摘した彼は、海歌を豚と呼ぼうと騒ぎ出した女子生徒達に対して難しい顔をしながら胸の前で腕を組んだ。
(助けを求めたところで、意味がない……)
海歌は学校外で助けを求められても、手を差し伸べることなく見て見ぬふりをしてきた。
まったく同じことをされているだけだ。
『助けて』
そんな言葉を口にする資格など、海歌には存在しなかった。
(自業自得だ。受け入れるしかない……)
それでも海歌は納得できずに、視線だけで助けを求めてしまう。
だが――彼が海歌を庇う機会など、一生訪れることはない。
(彼にならば、何を言われても構わなかった)
豚と罵倒されて当然のことを、彼にしているからだ。
しかし……他の生徒達から名前のことを弄られるのは耐えられない。
(私は幸せなんて、願ってはいけなかったんだ……)
一人だけ楽になろうとした海歌は、彼の手により再び地獄へ引き摺り込まれ――高校生活の三年間、豚と蔑まれ続ける羽目になった。
(今度こそ、失敗しない……)
――四月二日。
高校生になった海歌は机の前に置かれた椅子に座り、入学式のオリエンテーションが始まるのを待っていた。
簡単な自己紹介を出席番号順に紡ぐだけ。誰でもできる、簡単な作業だ。
あいうえお順でわ行の彼女は一番最後に発言することが多かった。
海歌は普段より明るく元気にハキハキと話すことを心がけて椅子から立ち上がると、自身の名を紡ぐ。
「若草海歌です。海の歌と書いて、イルカと読みます」
明るく元気に、ハキハキと自身の名を紡ぎ終えた海歌がほっとした様子で優しく微笑めば、彼女に注目していたクラスメイトが頬を赤らめる。
その様子を隣の席に座ってつまらなさそうに見つめていた男子生徒は、海歌がクラスメイト達へ挨拶終了の言葉を紡ぐ前に吐き捨てた。
「漢字で書くなら、海の豚で海豚だろ」
――隣の席に座る男子生徒の何気ない一言で、海歌の高校生活は終わりを告げた。
(ああ、また、駄目だった)
高校生デビューなどと浮き足立って、演技をしてでも一人だけ助かろうとした罰が下ったのだ。
(やっと、みんなと同じように……毎日楽しく過ごせるかもしれないと思っていたのに……)
海歌の中学時代は散々だった。
『ウミカではなく、イルカです』
彼女は自分の名前を訂正しただけなのに、面倒な女だと避けてしまい孤立してしまったのだ。
海歌の名は葛本から指摘を受けた通り、本来であれば海豚と文字を描くべきなのだが……。
海歌に一切興味関心をみせず厳しく育ててきた両親にも、生まれたばかりの娘に豚と漢字を名づけることには抵抗があったらしい。
名前の読みはイルカのままに、海の歌と名付けられた。
完全なる当て字だ。
(環境を変えれば、仲良くなれると思ってた)
よほどのことがない限り、名づけられた名前は変えられない。
平凡な名を持たぬ海歌が、平穏な学校生活を望んだのが間違いなのだろう。
新生活に胸を踊らせていた彼女は、彼の不機嫌そうな言葉によって天国から地獄へと引きずり降ろされてしまった。
(死なばもろとも、一蓮托生。一人だけ助かるのは、許さない……)
――海歌は隣の男子生徒が、ひとたび学校の外を出れば酷い扱いを受けていると知っている。
彼は彼女が一人だけ助かろうとしているのが気に食わなかったのだろう。
(……あなたの手を取れば、よかったの? )
海歌は必死に平常心を保とうとするが、優しい笑みを称えていたはずの表情は引き攣っている。
額からはじんわりと冷や汗が流れ落ちて机を濡らす。
つまらなさそうに窓の外を見つめる男子生徒が焦る彼女の様子を確認せずに視線を外したのをいいことに、海歌は震える声とともに再びあがき始めた。
「そうです。本来は、海の豚と書くのですが……」
「じゃあ、ニックネームは豚ちゃん?」
「そうしよ!」
クラスメイトの注目を集めていたことに対して、気に食わない女子生徒が何人かいたのだろう。
女子生徒達は嬉々として、海歌を潰しにかかる。
(……終わった……)
唇を噛み締めながら握りしめた拳を震わせた海歌は絶望感でいっぱいになりながら、逃げるように頭を下げて椅子に座った。
「これからよろしくね、豚ちゃん!」
女子生徒達が海歌に笑いかける姿を見て、隣の席に座る彼はさぞかし喜んでいることだろう。
海歌は彼女たちに引き攣った笑みを浮かべたまま、目線だけを隣に座る男子生徒へ向ける。
海歌の名を誤字だと指摘した彼は、海歌を豚と呼ぼうと騒ぎ出した女子生徒達に対して難しい顔をしながら胸の前で腕を組んだ。
(助けを求めたところで、意味がない……)
海歌は学校外で助けを求められても、手を差し伸べることなく見て見ぬふりをしてきた。
まったく同じことをされているだけだ。
『助けて』
そんな言葉を口にする資格など、海歌には存在しなかった。
(自業自得だ。受け入れるしかない……)
それでも海歌は納得できずに、視線だけで助けを求めてしまう。
だが――彼が海歌を庇う機会など、一生訪れることはない。
(彼にならば、何を言われても構わなかった)
豚と罵倒されて当然のことを、彼にしているからだ。
しかし……他の生徒達から名前のことを弄られるのは耐えられない。
(私は幸せなんて、願ってはいけなかったんだ……)
一人だけ楽になろうとした海歌は、彼の手により再び地獄へ引き摺り込まれ――高校生活の三年間、豚と蔑まれ続ける羽目になった。
2
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
神様のボートの上で
shiori
ライト文芸
”私の身体をあなたに託しました。あなたの思うように好きに生きてください”
(紹介文)
男子生徒から女生徒に入れ替わった男と、女生徒から猫に入れ替わった二人が中心に繰り広げるちょっと刺激的なサスペンス&ラブロマンス!
(あらすじ)
ごく平凡な男子学生である新島俊貴はとある昼休みに女子生徒とぶつかって身体が入れ替わってしまう
ぶつかった女子生徒、進藤ちづるに入れ替わってしまった新島俊貴は夢にまで見た女性の身体になり替わりつつも、次々と事件に巻き込まれていく
進藤ちづるの親友である”佐伯裕子”
クラス委員長の”山口未明”
クラスメイトであり新聞部に所属する”秋葉士郎”
自分の正体を隠しながら進藤ちづるに成り代わって彼らと慌ただしい日々を過ごしていく新島俊貴は本当の自分の机に進藤ちづるからと思われるメッセージを発見する。
そこには”私の身体をあなたに託しました。どうかあなたの思うように好きに生きてください”と書かれていた
”この入れ替わりは彼女が自発的に行ったこと?”
”だとすればその目的とは一体何なのか?”
多くの謎に頭を悩ませる新島俊貴の元に一匹の猫がやってくる、言葉をしゃべる摩訶不思議な猫、その正体はなんと自分と入れ替わったはずの進藤ちづるだった
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
水曜日のパン屋さん
水瀬さら
ライト文芸
些細なことから不登校になってしまった中学三年生の芽衣。偶然立ち寄った店は水曜日だけ営業しているパン屋さんだった。一人でパンを焼くさくらという女性。その息子で高校生の音羽。それぞれの事情を抱えパンを買いにくるお客さんたち。あたたかな人たちと触れ合い、悩み、励まされ、芽衣は少しずつ前を向いていく。
第2回ほっこり・じんわり大賞 奨励賞
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
人違いラブレターに慣れていたので今回の手紙もスルーしたら、片思いしていた男の子に告白されました。この手紙が、間違いじゃないって本当ですか?
石河 翠
恋愛
クラス内に「ワタナベ」がふたりいるため、「可愛いほうのワタナベさん」宛のラブレターをしょっちゅう受け取ってしまう「そうじゃないほうのワタナベさん」こと主人公の「わたし」。
ある日「わたし」は下駄箱で、万年筆で丁寧に宛名を書いたラブレターを見つける。またかとがっかりした「わたし」は、その手紙をもうひとりの「ワタナベ」の下駄箱へ入れる。
ところが、その話を聞いた隣のクラスのサイトウくんは、「わたし」が驚くほど動揺してしまう。 実はその手紙は本当に彼女宛だったことが判明する。そしてその手紙を書いた「地味なほうのサイトウくん」にも大きな秘密があって……。
「真面目」以外にとりえがないと思っている「わたし」と、そんな彼女を見守るサイトウくんの少女マンガのような恋のおはなし。
小説家になろう及びエブリスタにも投稿しています。
扉絵は汐の音さまに描いていただきました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【1】胃の中の君彦【完結】
ホズミロザスケ
ライト文芸
喜志芸術大学・文芸学科一回生の神楽小路君彦は、教室に忘れた筆箱を渡されたのをきっかけに、同じ学科の同級生、佐野真綾に出会う。
ある日、人と関わることを嫌う神楽小路に、佐野は一緒に課題制作をしようと持ちかける。最初は断るも、しつこく誘ってくる佐野に折れた神楽小路は彼女と一緒に食堂のメニュー調査を始める。
佐野や同級生との交流を通じ、閉鎖的だった神楽小路の日常は少しずつ変わっていく。
「いずれ、キミに繋がる物語」シリーズ一作目。
※完結済。全三十六話。(トラブルがあり、完結後に編集し直しましたため、他サイトより話数は少なくなってますが、内容量は同じです)
※当作品は「カクヨム」「小説家になろう」にも同時掲載しております。(過去に「エブリスタ」「貸し本棚」にも掲載)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる