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高校三年 あなたと命を終える約束
彼を押し倒して
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(葛本……)
海歌の自殺を止める為に肩を掴んできた男子学生――葛本椎名は、海歌がいつまで経っても白線の内側へ足を戻さないのを訝しがっている。
振り向き、至近距離で彼の顔を見上げる勇気がない海歌は、ぼんやりと過去に思いを馳せた。
葛本と海歌は、中学から一緒の学校に通っている。
彼はいつだってクラスの中心人物で、いつも男子生徒に囲まれては楽しそうにしている。
生まれつき色素の薄く茶色の地毛と、イケメンと称されるほどに顔たちの整った顔は、挑戦的な笑みを浮かべると眩しいくらいにキラキラと光り輝くのだ。
海歌は学校にいる時の葛本を遠くから見つめ、休日親戚の集まりで暗い顔をして俯いている彼との差を思い出しては胸を痛めていた。
(彼とは、言葉を交わすことすら烏滸がましい。触れ合うことだって……)
学校の内と外で立場を変えながらも、似たような苦しみを抱く葛本の声を耳にした海歌は――見てみぬふりをし続けた自分を責められているような気がしたのだろう。
勢いよく身体を捻り、肩を掴む彼の手から逃れようとした。
「危ねぇ!」
葛本が暴れる海歌を大人しくさせるために、強い力で押さえつけ揉み合ったせいだろうか。
海歌はいつの間にか、彼と向かい合わせになっていることに気づく。
「こら、暴れんなって……!」
葛本は焦ったように、海歌を大声で威嚇している。
白線の内側にいる彼と、外側にいる彼女。
真後ろへ一歩下がればホームから足を踏み外し、バランスを崩してしまうからだ。
――けれど。
海歌に危機感はなかった。
(この時間、一番線に電車は来ない……)
慌てず騒がず、背中から一度ホームに落ちて、ゆっくり這い上がればいい。
そう平常心を乱さず後ろへ下がろうとしていた海歌は、案外近くから聞こえてきた電車のクラクションに驚いて眼を見張る。
「くそ……っ」
海歌が反対側のホームに入線する電車を呆然と見つめている間に、焦った葛本が彼女の腰元に手を回し、力強い動作で引き寄せる。
「ぁ……っ」
恐らく葛本は、強い力で引っ張らないと海歌が電車に轢かれてしまうと勘違いしたのだろう。
彼が後ろにバランスを崩し、彼女は前方に倒れる。
葛本が海歌を庇うように背中へ両腕を回したせいで、彼を押し倒す羽目になってしまった。
(勘弁してほしい)
海歌が豚と呼ばれるきっかけを作った葛本と、密着しているなどあり得ない。
これはきっと、何かの間違いだ。
普段の葛本であれば、海歌が電車に飛び込もうとする姿を見た瞬間に背中を蹴り飛ばしていたはずだ。
電車と衝突した姿を見て、笑い転げたっておかしくない。
(私が怪我しないように庇ってくれたなんて……そんなの、絶対におかしい)
海歌は信じたくない気持ちでいっぱいだった。
だが……冷静に考えれば、葛本の行動原理には何の疑問も抱く必要などないのだ。
葛本が海歌を助けたのは、この場所が学校の敷地外だからなのだろう。
学校内では海歌がクラスメイト達から虐められている姿を見ても庇う素振りがない彼だって、一歩敷地外に出れば虐められる側へ立場を変化させる。
親戚連中のヒエラルキーは、海歌がトップだ。
学校内では底辺の扱いを受ける海歌は、親戚内の集まりであれば女王様のように振る舞うことを許される。
その気になればいつだって、海歌は葛本を虐げられるのだ。
「……退けよ」
彼の瞳には、生気が宿っている。
明るく元気な葛本のままだ。
薄暗い闇を感じさせながら俯く姿など、影も形もない。
眉を顰めて苦しそうに表情を歪めるその姿は、学校内の海歌に見せるものとまったく同じだった。
(今は私の方が、立場は上かもしれないけれど――)
葛本が学校内と同じ態度で海歌と接するのであれば、彼に従わぬ理由がない。
背中から両手が離れたことを確認した海歌は慌てて横に身体を退かすと、彼の上から逃れた。
「どうして……」
「あんだけ恵まれた環境で生活しているくせに。死のうとするなんざ、ありえねぇだろ。俺に喧嘩売ってんのか」
海歌が呆然と問いかければ、葛本は吐き捨てる。
彼女を睨みつけながら告げる彼の言葉は、本心なのだろう。
葛本の置かれている環境は、海歌よりもよっぽど悲惨だ。
下から数えた方が早い分家筋の母を持つ彼の立場は、一族の中では最下層と言ってもいい。
本来であれば力でねじ伏せられるはずの女性達からも小間使いのように扱われ、殴る蹴るの暴行を受けていた。
海歌は同学年に豚と呼ばれて仲間はずれにされる程度で、肉体的な暴力を日常的に受けているわけではない。
彼にとっては、その程度で死を選ぶなどどうかしているとしか考えられないのだろう。
それでも。
親族の輪の中にいればお姫様のような扱いを受ける海歌にとっては、精神的な暴言は死を望むほどに耐えられないものだったのだ。
海歌の自殺を止める為に肩を掴んできた男子学生――葛本椎名は、海歌がいつまで経っても白線の内側へ足を戻さないのを訝しがっている。
振り向き、至近距離で彼の顔を見上げる勇気がない海歌は、ぼんやりと過去に思いを馳せた。
葛本と海歌は、中学から一緒の学校に通っている。
彼はいつだってクラスの中心人物で、いつも男子生徒に囲まれては楽しそうにしている。
生まれつき色素の薄く茶色の地毛と、イケメンと称されるほどに顔たちの整った顔は、挑戦的な笑みを浮かべると眩しいくらいにキラキラと光り輝くのだ。
海歌は学校にいる時の葛本を遠くから見つめ、休日親戚の集まりで暗い顔をして俯いている彼との差を思い出しては胸を痛めていた。
(彼とは、言葉を交わすことすら烏滸がましい。触れ合うことだって……)
学校の内と外で立場を変えながらも、似たような苦しみを抱く葛本の声を耳にした海歌は――見てみぬふりをし続けた自分を責められているような気がしたのだろう。
勢いよく身体を捻り、肩を掴む彼の手から逃れようとした。
「危ねぇ!」
葛本が暴れる海歌を大人しくさせるために、強い力で押さえつけ揉み合ったせいだろうか。
海歌はいつの間にか、彼と向かい合わせになっていることに気づく。
「こら、暴れんなって……!」
葛本は焦ったように、海歌を大声で威嚇している。
白線の内側にいる彼と、外側にいる彼女。
真後ろへ一歩下がればホームから足を踏み外し、バランスを崩してしまうからだ。
――けれど。
海歌に危機感はなかった。
(この時間、一番線に電車は来ない……)
慌てず騒がず、背中から一度ホームに落ちて、ゆっくり這い上がればいい。
そう平常心を乱さず後ろへ下がろうとしていた海歌は、案外近くから聞こえてきた電車のクラクションに驚いて眼を見張る。
「くそ……っ」
海歌が反対側のホームに入線する電車を呆然と見つめている間に、焦った葛本が彼女の腰元に手を回し、力強い動作で引き寄せる。
「ぁ……っ」
恐らく葛本は、強い力で引っ張らないと海歌が電車に轢かれてしまうと勘違いしたのだろう。
彼が後ろにバランスを崩し、彼女は前方に倒れる。
葛本が海歌を庇うように背中へ両腕を回したせいで、彼を押し倒す羽目になってしまった。
(勘弁してほしい)
海歌が豚と呼ばれるきっかけを作った葛本と、密着しているなどあり得ない。
これはきっと、何かの間違いだ。
普段の葛本であれば、海歌が電車に飛び込もうとする姿を見た瞬間に背中を蹴り飛ばしていたはずだ。
電車と衝突した姿を見て、笑い転げたっておかしくない。
(私が怪我しないように庇ってくれたなんて……そんなの、絶対におかしい)
海歌は信じたくない気持ちでいっぱいだった。
だが……冷静に考えれば、葛本の行動原理には何の疑問も抱く必要などないのだ。
葛本が海歌を助けたのは、この場所が学校の敷地外だからなのだろう。
学校内では海歌がクラスメイト達から虐められている姿を見ても庇う素振りがない彼だって、一歩敷地外に出れば虐められる側へ立場を変化させる。
親戚連中のヒエラルキーは、海歌がトップだ。
学校内では底辺の扱いを受ける海歌は、親戚内の集まりであれば女王様のように振る舞うことを許される。
その気になればいつだって、海歌は葛本を虐げられるのだ。
「……退けよ」
彼の瞳には、生気が宿っている。
明るく元気な葛本のままだ。
薄暗い闇を感じさせながら俯く姿など、影も形もない。
眉を顰めて苦しそうに表情を歪めるその姿は、学校内の海歌に見せるものとまったく同じだった。
(今は私の方が、立場は上かもしれないけれど――)
葛本が学校内と同じ態度で海歌と接するのであれば、彼に従わぬ理由がない。
背中から両手が離れたことを確認した海歌は慌てて横に身体を退かすと、彼の上から逃れた。
「どうして……」
「あんだけ恵まれた環境で生活しているくせに。死のうとするなんざ、ありえねぇだろ。俺に喧嘩売ってんのか」
海歌が呆然と問いかければ、葛本は吐き捨てる。
彼女を睨みつけながら告げる彼の言葉は、本心なのだろう。
葛本の置かれている環境は、海歌よりもよっぽど悲惨だ。
下から数えた方が早い分家筋の母を持つ彼の立場は、一族の中では最下層と言ってもいい。
本来であれば力でねじ伏せられるはずの女性達からも小間使いのように扱われ、殴る蹴るの暴行を受けていた。
海歌は同学年に豚と呼ばれて仲間はずれにされる程度で、肉体的な暴力を日常的に受けているわけではない。
彼にとっては、その程度で死を選ぶなどどうかしているとしか考えられないのだろう。
それでも。
親族の輪の中にいればお姫様のような扱いを受ける海歌にとっては、精神的な暴言は死を望むほどに耐えられないものだったのだ。
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