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理解のある旦那さまとわたしの秘密
異母弟妹のプロフィール
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「牛熊鞍馬、18歳。大手精肉店の御曹司。名桜学園高等学校3年。外部編入組だ。小・中と、公立の学校に通っている。私立受験に失敗したらしい」
越碁がサラサラと淀みなく鞍馬のプロフィールを読み上げる。どこから手に入れたのだろうと久留里は不思議がったが、越碁はこう見えて老舗和菓子屋の御曹司だ。横のつながりはかなり広い。本気を出せば、畑は違えど飲食業界の人間なら、いくらでも調べはつく。そんな所だろう。
「挵蝶舞鶴、同じく18歳。家族構成は姉と母親。父親はいない。母子家庭であることを公言しているが、何不自由なく暮らしている
」
「それから、亀倉信楽。14歳。サッカーにおいて目覚ましい才能を発揮し、強豪校にスカウトされて、秀邦大学付属高校に通うことが決定した」
「全員の共通点は白峰太郎の遺言に子どもとして名前が書かれたこと、出身中学が同じーーそれ以外にはない。白峰太郎の遺言さえなければ、2人の婚姻には戸籍上問題がなかった。倫理的には問題だが」
「…3人を弟妹…家族だって私が言いふらしたら、大問題になるってこと、だよね…?」
「そうだな。日本で近親婚は認められていない。戸籍上全く問題のない二人が兄妹であると知れたらーー引き裂かれるだろう」
「兄弟だって知っていたら、愛し合うことなく、全員兄弟として…暮らせたのかな」
「人を好きになるのは理屈じゃねェ。俺とルリも、ルリの弟妹だって。その人となりで好きになったなら、血の繋がりどうこうで好きになるのをやめるなんざできっこねェ。真実の愛ってのはそう言うもんだ。その程度の愛情ならーー」
「愛情なら?」
「俺は弟妹の肩を持つ気はねェ。さっさと別れて、夫婦ではなく弟妹として生きるべきだ」
越碁の言い分はわかる。
けれどそれがおままごとの愛なのか、真実の愛なのかは当事者にも、部外者にも判別がつかないものだ。当人達からしてみればそれが真実の愛でも、部外者からしてみれば恋に恋する淡い憧れの感情を恋と誤認していると感じるかもしれない。
人を好きになるとは、難しい問題だ。
誰かを好きになる気持ちを抱いたことのなかった久留里は、越碁に向けられた好意を長いこと見てみぬふりをして、与えられる分だけの愛情を返せなかった。夫婦となった今でも、越碁が久留里を思う気持ちの分だけ返せているかは、疑問が残る。
異母弟妹だけど結婚していて、子どもがいるかもしれない。久留里との血縁関係を証明するには親子鑑定が必要だが、久留里と兄妹であることがはっきりと認められたら、異母弟妹の夫婦は引き裂かれるーー
「異母兄妹がたくさんいるってわかったからには…戸籍上でも、私は姉弟になりたかった。だけど、私の願いを叶えるために…みんなが不幸になるなら…戸籍上では姉弟にならなくてもいい、かな…。定期的に連絡を取り合える仲になりたい。離れていても、みんなは家族かも、しれないから」
「ルリの親子鑑定次第か」
「うん。これで、お父さんとの血縁関係が認められなかったら…なあんだ、私に弟妹はいなかったんだって…大騒ぎすることなかったねって言えるんだけど…」
こうなることを見越して、わざわざ白峰太郎は四人分の親子鑑定に必要なサンプルを残しておいたらしい。この四人のうち一人でも親子だと認められたなら、白峰太郎が把握していない隠し子達は兄弟鑑定で白黒をつけてほしいと弁護士からは伝えられている。
「ルリは、検査結果が親子であると認められた方がいいんだろ」
「…私としては、ね。お父さんが誰で、どんな人物だったのかは知りたいよ」
弁護士からはっきり「ろくな男ではない」と伝えられたが、久留里にとっては父親かもしれない人だ。余命宣告を受けてもなお、隠れて飲酒していたとか、病院に精子を求めて女性が訪ねて来たとか、それは酷いエピソードの数々を聞かされても、久留里は少しでも父親が生きていた頃の話が聞けてよかったと思っている。
「お母さんが亡くなって…ずっと一人だったから、かな。みんなは、ご両親。いるんだもんね…。お父さんがいなくても、幸せに生きていけるなら、お父さんがどこで何してようが…関係ないのかもしれない」
「父親のことをどう思っているかまでは、聞けなかったなァ」
「うん。機会があれば、聞いてみたいな。もう、会ってくれないかもしれないけど…」
嫌われちゃったかな、と思うたびに心が痛い。他の三人にとって、久留里は現実を突きつけてくる迷惑な奴だと思われても。久留里にとって三人は、大切な家族だ。家族に嫌われるのは、苦しい。母親と喧嘩の一つもせず支え合ってきた久留里は、家族に嫌われた経験などないから、どう仲直りをすればいいのかなど検討もつかなかった。
「越碁さんは…ご両親と、喧嘩とか…したことある…?」
「味覚ーー感じなくなった時か。親父と大喧嘩になった。味もわかんねェ奴が厨房に入るなと怒鳴られ、長いこと口も利かなかったなァ。ちゃんと話すようになったのは、久留里が来てからだ」
「仲直りとかは、したの…?」
「お互いに悪い所があるのを理解してんなら、仲直りなんざしなくとも、自然に会話が弾むもんだ。味覚が戻って、厨房に入ることを許されてからは…喧嘩らしいことはしてねェな」
「…そっか」
なんの参考にもならねェだろ。
頭を下げる越碁に、そんなことないよと声を上げた久留里は、時間が解決してくれることを願うしかないのかなと、滅多に飲まないアルコールを口に含んだ。
越碁がサラサラと淀みなく鞍馬のプロフィールを読み上げる。どこから手に入れたのだろうと久留里は不思議がったが、越碁はこう見えて老舗和菓子屋の御曹司だ。横のつながりはかなり広い。本気を出せば、畑は違えど飲食業界の人間なら、いくらでも調べはつく。そんな所だろう。
「挵蝶舞鶴、同じく18歳。家族構成は姉と母親。父親はいない。母子家庭であることを公言しているが、何不自由なく暮らしている
」
「それから、亀倉信楽。14歳。サッカーにおいて目覚ましい才能を発揮し、強豪校にスカウトされて、秀邦大学付属高校に通うことが決定した」
「全員の共通点は白峰太郎の遺言に子どもとして名前が書かれたこと、出身中学が同じーーそれ以外にはない。白峰太郎の遺言さえなければ、2人の婚姻には戸籍上問題がなかった。倫理的には問題だが」
「…3人を弟妹…家族だって私が言いふらしたら、大問題になるってこと、だよね…?」
「そうだな。日本で近親婚は認められていない。戸籍上全く問題のない二人が兄妹であると知れたらーー引き裂かれるだろう」
「兄弟だって知っていたら、愛し合うことなく、全員兄弟として…暮らせたのかな」
「人を好きになるのは理屈じゃねェ。俺とルリも、ルリの弟妹だって。その人となりで好きになったなら、血の繋がりどうこうで好きになるのをやめるなんざできっこねェ。真実の愛ってのはそう言うもんだ。その程度の愛情ならーー」
「愛情なら?」
「俺は弟妹の肩を持つ気はねェ。さっさと別れて、夫婦ではなく弟妹として生きるべきだ」
越碁の言い分はわかる。
けれどそれがおままごとの愛なのか、真実の愛なのかは当事者にも、部外者にも判別がつかないものだ。当人達からしてみればそれが真実の愛でも、部外者からしてみれば恋に恋する淡い憧れの感情を恋と誤認していると感じるかもしれない。
人を好きになるとは、難しい問題だ。
誰かを好きになる気持ちを抱いたことのなかった久留里は、越碁に向けられた好意を長いこと見てみぬふりをして、与えられる分だけの愛情を返せなかった。夫婦となった今でも、越碁が久留里を思う気持ちの分だけ返せているかは、疑問が残る。
異母弟妹だけど結婚していて、子どもがいるかもしれない。久留里との血縁関係を証明するには親子鑑定が必要だが、久留里と兄妹であることがはっきりと認められたら、異母弟妹の夫婦は引き裂かれるーー
「異母兄妹がたくさんいるってわかったからには…戸籍上でも、私は姉弟になりたかった。だけど、私の願いを叶えるために…みんなが不幸になるなら…戸籍上では姉弟にならなくてもいい、かな…。定期的に連絡を取り合える仲になりたい。離れていても、みんなは家族かも、しれないから」
「ルリの親子鑑定次第か」
「うん。これで、お父さんとの血縁関係が認められなかったら…なあんだ、私に弟妹はいなかったんだって…大騒ぎすることなかったねって言えるんだけど…」
こうなることを見越して、わざわざ白峰太郎は四人分の親子鑑定に必要なサンプルを残しておいたらしい。この四人のうち一人でも親子だと認められたなら、白峰太郎が把握していない隠し子達は兄弟鑑定で白黒をつけてほしいと弁護士からは伝えられている。
「ルリは、検査結果が親子であると認められた方がいいんだろ」
「…私としては、ね。お父さんが誰で、どんな人物だったのかは知りたいよ」
弁護士からはっきり「ろくな男ではない」と伝えられたが、久留里にとっては父親かもしれない人だ。余命宣告を受けてもなお、隠れて飲酒していたとか、病院に精子を求めて女性が訪ねて来たとか、それは酷いエピソードの数々を聞かされても、久留里は少しでも父親が生きていた頃の話が聞けてよかったと思っている。
「お母さんが亡くなって…ずっと一人だったから、かな。みんなは、ご両親。いるんだもんね…。お父さんがいなくても、幸せに生きていけるなら、お父さんがどこで何してようが…関係ないのかもしれない」
「父親のことをどう思っているかまでは、聞けなかったなァ」
「うん。機会があれば、聞いてみたいな。もう、会ってくれないかもしれないけど…」
嫌われちゃったかな、と思うたびに心が痛い。他の三人にとって、久留里は現実を突きつけてくる迷惑な奴だと思われても。久留里にとって三人は、大切な家族だ。家族に嫌われるのは、苦しい。母親と喧嘩の一つもせず支え合ってきた久留里は、家族に嫌われた経験などないから、どう仲直りをすればいいのかなど検討もつかなかった。
「越碁さんは…ご両親と、喧嘩とか…したことある…?」
「味覚ーー感じなくなった時か。親父と大喧嘩になった。味もわかんねェ奴が厨房に入るなと怒鳴られ、長いこと口も利かなかったなァ。ちゃんと話すようになったのは、久留里が来てからだ」
「仲直りとかは、したの…?」
「お互いに悪い所があるのを理解してんなら、仲直りなんざしなくとも、自然に会話が弾むもんだ。味覚が戻って、厨房に入ることを許されてからは…喧嘩らしいことはしてねェな」
「…そっか」
なんの参考にもならねェだろ。
頭を下げる越碁に、そんなことないよと声を上げた久留里は、時間が解決してくれることを願うしかないのかなと、滅多に飲まないアルコールを口に含んだ。
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