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理解のある旦那さまとわたしの秘密
牛熊鞍馬
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「鞍馬」
信楽がその青年の名前と思われる名を呼ぶと、鞍馬は芝居掛かった様子で大げさに身振り手振りを交えながら久留里達に向かって言葉を紡ぐ。
「昔々、あるところに。異母兄妹がいました。2人は兄妹であることを知らず、恋をした。異母兄妹であることを知ったのは、将来を誓い合った後。妹のお腹には、すでに新しい命が宿っています」
「検査さえしなければ、兄妹は他人のままでいられる。近親相姦の末生まれた子どもは奇形児の危険性がありました。それでも、生まれた命を殺すことなどできないと、異母兄妹であることを隠し、2人は夫婦となり、子どもを生み育てることにしました」
一体何の話をしているんだろう?
異母兄妹なのに、結婚?子どもができた?それがもし、事実であるならば。
今にも倒れそうな久留里を支えるため、信楽を睨みつけるのをやめた越碁が庇うように前へ出る。頭から水を被っていた信楽はタオルを手に取ると「ほら、やっぱり」と呟き、久留里はどんな言葉を掛ければいいのかわからず、涙を流すことしかできなかった
「冗談ですよ」
「え…?」
「真に受けちゃって。お姉さんって面白いな。精子提供って、子どもたちに近親相姦のリスクがあるんですよ。親は片方だけでも血の繋がりがある子どもを生み出せて嬉しい。不妊治療でどんなに大金を賭けても手に入らなかった子どもが、健康な精子を手に入れるだけで簡単に手に入るんですから。そうして生まれた子ども同士は、調べない限り自分達が兄妹など知る由もなく、惹かれ合いーー恋をするんです」
「お姉さんは、そうしたことがなかったようで安心しました。どうぞ、旦那さんとお幸せに」
真逆の立ち位置にいた鞍馬が越碁の隣をすり抜けて信楽の元へと向かう。その際一言二言越碁と鞍馬は話をしたようだが、久留里の頭が2人の会話を理解することに対して拒否反応を示している。
「おれ達の事情に首を突っ込む気なら、それなりの覚悟を持ってくださいね。覚悟がないなら、舞に会わないでください。迷惑なので」
「舞とも会う気なんスか、こいつら」
「そうみたいだよ。鈴姉さんが言っていた」
「へー」
「帰ろう。反省会だ。見慣れない人が来たから集中力を欠くー-頂点を目指すものとしてあるまじき愚行だよ」
「それはうちじゃなくてそっちのチームに言ってくれません?」
「どちらにも、だよ。グラウンド何周したら集中力が戻ってくるかな。10週か、30週…」
「イラつきをチームメイトで発散しようとしないでくださいよ」
「嫌だなあ。発案者としておれも走る。ストレス発散じゃないから」
ーー兄弟仲は悪くないみたいだけど…。
久留里に見向きもしない2人は、部活があるからと言ってじゃれ合いながらグラウンドに戻ってしまった。
「さっきの、例えば話…」
「あいつら、デキてんな」
複雑なイントネーションにはてなマークを浮かべた久留里に、「知らない方が幸せなこともある」と越碁。その幸せを捨ててまで、兄弟の事情に踏み入る必要があるのかと問われた久留里は、自分がどうしたら一番いいのか、すぐに答えを出せなくなっていた。
「迷惑…だったのかな。迷惑、だよね。アポ無しで押しかけて…。突然、姉だって名乗ったらーー私、みんなのこと、考えているつもりでも、考えてなかったのかな。自分が、ひとりじゃないって証明するために、みんなを不幸にするくらいならーー検査も受けず、このまま。そっとした方がいいのかな。私には異母弟妹なんていませんって、見ないふりをしてーーそれが、みんなの考える幸せ、なの?」
「久留里は、血の繋がりを証明したいんだろ」
「うん」
「他の兄弟を無視してまで話を進める気がねェなら、納得するまで話し合うしかねェな。あの話…」
「鞍馬くんの話?」
「受け入れられるか」
父親が同じで、母親の異なる妹と弟が結婚して、子どもがいるかもしれない。
近親相姦は現在、日本で禁忌とされている。より濃い血は、どんな影響を生むかわからないから。久留里の父親ーー白峰太郎に、戸籍上子どもは存在しない。あくまで本人が遺言に「自分の子どもである」と書き記しただけだ。親子鑑定をして、親子であると証明された後、然るべき手続きを踏むと、白峰太郎の子どもとして戸籍に名前が掲載される。
現在進行形で罪を犯しているかもしれない異母弟妹も、親子鑑定さえ行わなければ、2人は赤の他人だ。2人を引き裂く壁はない。余計なことをするな。事情を知る信楽が怒るのは無理もないと…冷静になれば考えられるのに。
どうしたら、いいのだろう。
2人が久留里と同じように、父親の存在を知らずに育って恋に落ちたとして。取り返しのつかない状況下で父親が同じであると気づいたら。越碁と久留里が、同じ立場だったとしたら、その時は。諦めることなどできるだろうか。親子鑑定を、するだろうかと考えて…やっと、答えが出た。
「私、ちゃんと、聞きたい。例え話じゃなくて。どうやって出会ったのか。2人がどんな状況下で、どうしたらみんなの願いを叶えられるのかを…ちゃんと話し合って、全部知りたい」
「…もう、押し付けたりなんてしないから」
久留里は最初から3人に親子鑑定をしてほしいとお願いするつもりはなかった。ただ、どうして親子鑑定を受けたくないのか。理由を知りたかっただけなのだ。頭ごなしに否定され、つい口を滑らせ勘違いされてしまったがーーお姉ちゃんとして、もっと冷静にならなきゃ、と。久留里は決意を新たにした。
信楽がその青年の名前と思われる名を呼ぶと、鞍馬は芝居掛かった様子で大げさに身振り手振りを交えながら久留里達に向かって言葉を紡ぐ。
「昔々、あるところに。異母兄妹がいました。2人は兄妹であることを知らず、恋をした。異母兄妹であることを知ったのは、将来を誓い合った後。妹のお腹には、すでに新しい命が宿っています」
「検査さえしなければ、兄妹は他人のままでいられる。近親相姦の末生まれた子どもは奇形児の危険性がありました。それでも、生まれた命を殺すことなどできないと、異母兄妹であることを隠し、2人は夫婦となり、子どもを生み育てることにしました」
一体何の話をしているんだろう?
異母兄妹なのに、結婚?子どもができた?それがもし、事実であるならば。
今にも倒れそうな久留里を支えるため、信楽を睨みつけるのをやめた越碁が庇うように前へ出る。頭から水を被っていた信楽はタオルを手に取ると「ほら、やっぱり」と呟き、久留里はどんな言葉を掛ければいいのかわからず、涙を流すことしかできなかった
「冗談ですよ」
「え…?」
「真に受けちゃって。お姉さんって面白いな。精子提供って、子どもたちに近親相姦のリスクがあるんですよ。親は片方だけでも血の繋がりがある子どもを生み出せて嬉しい。不妊治療でどんなに大金を賭けても手に入らなかった子どもが、健康な精子を手に入れるだけで簡単に手に入るんですから。そうして生まれた子ども同士は、調べない限り自分達が兄妹など知る由もなく、惹かれ合いーー恋をするんです」
「お姉さんは、そうしたことがなかったようで安心しました。どうぞ、旦那さんとお幸せに」
真逆の立ち位置にいた鞍馬が越碁の隣をすり抜けて信楽の元へと向かう。その際一言二言越碁と鞍馬は話をしたようだが、久留里の頭が2人の会話を理解することに対して拒否反応を示している。
「おれ達の事情に首を突っ込む気なら、それなりの覚悟を持ってくださいね。覚悟がないなら、舞に会わないでください。迷惑なので」
「舞とも会う気なんスか、こいつら」
「そうみたいだよ。鈴姉さんが言っていた」
「へー」
「帰ろう。反省会だ。見慣れない人が来たから集中力を欠くー-頂点を目指すものとしてあるまじき愚行だよ」
「それはうちじゃなくてそっちのチームに言ってくれません?」
「どちらにも、だよ。グラウンド何周したら集中力が戻ってくるかな。10週か、30週…」
「イラつきをチームメイトで発散しようとしないでくださいよ」
「嫌だなあ。発案者としておれも走る。ストレス発散じゃないから」
ーー兄弟仲は悪くないみたいだけど…。
久留里に見向きもしない2人は、部活があるからと言ってじゃれ合いながらグラウンドに戻ってしまった。
「さっきの、例えば話…」
「あいつら、デキてんな」
複雑なイントネーションにはてなマークを浮かべた久留里に、「知らない方が幸せなこともある」と越碁。その幸せを捨ててまで、兄弟の事情に踏み入る必要があるのかと問われた久留里は、自分がどうしたら一番いいのか、すぐに答えを出せなくなっていた。
「迷惑…だったのかな。迷惑、だよね。アポ無しで押しかけて…。突然、姉だって名乗ったらーー私、みんなのこと、考えているつもりでも、考えてなかったのかな。自分が、ひとりじゃないって証明するために、みんなを不幸にするくらいならーー検査も受けず、このまま。そっとした方がいいのかな。私には異母弟妹なんていませんって、見ないふりをしてーーそれが、みんなの考える幸せ、なの?」
「久留里は、血の繋がりを証明したいんだろ」
「うん」
「他の兄弟を無視してまで話を進める気がねェなら、納得するまで話し合うしかねェな。あの話…」
「鞍馬くんの話?」
「受け入れられるか」
父親が同じで、母親の異なる妹と弟が結婚して、子どもがいるかもしれない。
近親相姦は現在、日本で禁忌とされている。より濃い血は、どんな影響を生むかわからないから。久留里の父親ーー白峰太郎に、戸籍上子どもは存在しない。あくまで本人が遺言に「自分の子どもである」と書き記しただけだ。親子鑑定をして、親子であると証明された後、然るべき手続きを踏むと、白峰太郎の子どもとして戸籍に名前が掲載される。
現在進行形で罪を犯しているかもしれない異母弟妹も、親子鑑定さえ行わなければ、2人は赤の他人だ。2人を引き裂く壁はない。余計なことをするな。事情を知る信楽が怒るのは無理もないと…冷静になれば考えられるのに。
どうしたら、いいのだろう。
2人が久留里と同じように、父親の存在を知らずに育って恋に落ちたとして。取り返しのつかない状況下で父親が同じであると気づいたら。越碁と久留里が、同じ立場だったとしたら、その時は。諦めることなどできるだろうか。親子鑑定を、するだろうかと考えて…やっと、答えが出た。
「私、ちゃんと、聞きたい。例え話じゃなくて。どうやって出会ったのか。2人がどんな状況下で、どうしたらみんなの願いを叶えられるのかを…ちゃんと話し合って、全部知りたい」
「…もう、押し付けたりなんてしないから」
久留里は最初から3人に親子鑑定をしてほしいとお願いするつもりはなかった。ただ、どうして親子鑑定を受けたくないのか。理由を知りたかっただけなのだ。頭ごなしに否定され、つい口を滑らせ勘違いされてしまったがーーお姉ちゃんとして、もっと冷静にならなきゃ、と。久留里は決意を新たにした。
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