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火の国【アレース】
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あの夜…
泥酔状態のカイルは、セスへの謝罪の言葉を口にしていた。
たまたま、後半組と交代した後、王女宮の同僚から頼まれごとをしたココは晩餐会会場まで戻ってきていた。
用事を済ませ、宿舎へ戻ろうと庭へ出た時、今は亡き兄の名を呼ぶ声が聞こえた。
その声に、惹かれるように辺りを見回すと、死角になる場所で膝をつき泣き崩れているカイルを発見した。
初めは、様子を伺うようにして物陰から覗いていたココだったが、兄への想いとカイルの余りにも酷い泥酔状態に、仕方なく王太子宮まで連れていったのだ。
その際、何故か酔っ払いの殿下は正面からでは無く裏口から王子宮へと入っていくと、そのままココの腕を掴んで寝所まで引き入れた。
そして、その勢いでベッドへと押し倒すと、そのまま覆い被さるようにココを抱きしめ、再びセスへの想いと後悔をポツポツと話し始めたのだった。
その時の様子に、はっきり言って恥じらいなど微塵も感じなかった。
まるで抱き枕がわりのように、ただ抱きしめられているだけで、もはや子供が抱きしめて眠る人形代わりの様なものだった。
しかし、セスに対するカイルの気持ちを聞いているうちに、ココは無意識にカイルに心を開き始めたのだろう。
何度も何度も、兄であるセスに謝り続けるカイル。
その背中を摩り宥めながら、ココは言った。
『もう、十分です。十分、気持ちは伝わっていますよ。助けてきてくれて、きっと兄は喜んでいますよ。
それに、カイル殿下のお陰で私もこうして生きています。感謝するにしても恨むことなど絶対にしませんわ。
土の民を救っていただき、ありがとうございます』
その言葉に、カイルは蕩けるような笑みを浮かべ、ココを抱きしめる腕を強めた。
『生きてた…生きてたっ!!
セリーナっ!!!君を、やっと見つけた!
セス!君の妹は、生きていたっ!
俺の、婚約者が生きていたっ!
やっと…
やっと、俺はお前との約束を守れた…っ!』
セリーナ!セリーナ!と、カイルの腕の中で何度も呼ばれる名前。
"ココ"と名乗るときめてから、誰からも呼ばれることのなくなった名前に心が震えた。
もう一度読んでもらえた嬉しさと、懐かしさが込み上げてくる。
本当ならば、ココはカイルと今頃婚約しているはずだった。
当時のココも、まだ見ぬ婚約者との出会いに夢を抱く年頃だった。
酔っ払っているカイルは、愛おしそうに「セリーナ」と名前を呼ぶ。
『君に会うことを楽しみにしていたんだ』と。
『セスに、誕生日に何をプレゼントすれば喜んでもらえるか相談に乗ってもらったんだ』と。
『セス曰く、セリーナと俺は似てるらしいぞ!どこが似てるかは教えてくれなかったが…セスが言うなら、相性はいいんだろうな!』と。
ココは、その時初めて知った。
カイルが、自分との婚約に乗り気だったことを…
そして、会えることをとても楽しみにしていたという事を…。
ココはその想いに応えるかのように、カイルの背中に手を回した。
そして、あの日…
カイルは、腕の中のセリーナを大切に大切に抱いた。
ココも、カイルの全てを受け入れた。
温かな腕に抱かれて、愛おしそうに自分を呼ぶ声、ぎゅっと抱きしめられると守られている安心感が感じられた。
とても、幸せだった。
とても、素敵な夜だった。
しかし、目が覚めたとき…
ココは祈った。
"カイルが全てを忘れますように"と…
カイルが起きる前に、そっと部屋を出た。
彼が、教えてくれた裏口を通り王太子宮を後にする。
その、背中に迷いはなかった。
私は、もう二度と愛する人を失わない。
セリーナが生きてると疑われているうちは、絶対に見つかってはいけない。
私は、"セリーナ"ではなく"ココ"として生きるのだから。
そう、心に誓ったのに…
手渡された紙を見て、ココは頭を抱えるしかなかった。
【辞令】
王太子宮専属侍女に任命する。
なお、王太子付き侍女とし寝所への出入を許可する。
…どうしてこうなった!?
泥酔状態のカイルは、セスへの謝罪の言葉を口にしていた。
たまたま、後半組と交代した後、王女宮の同僚から頼まれごとをしたココは晩餐会会場まで戻ってきていた。
用事を済ませ、宿舎へ戻ろうと庭へ出た時、今は亡き兄の名を呼ぶ声が聞こえた。
その声に、惹かれるように辺りを見回すと、死角になる場所で膝をつき泣き崩れているカイルを発見した。
初めは、様子を伺うようにして物陰から覗いていたココだったが、兄への想いとカイルの余りにも酷い泥酔状態に、仕方なく王太子宮まで連れていったのだ。
その際、何故か酔っ払いの殿下は正面からでは無く裏口から王子宮へと入っていくと、そのままココの腕を掴んで寝所まで引き入れた。
そして、その勢いでベッドへと押し倒すと、そのまま覆い被さるようにココを抱きしめ、再びセスへの想いと後悔をポツポツと話し始めたのだった。
その時の様子に、はっきり言って恥じらいなど微塵も感じなかった。
まるで抱き枕がわりのように、ただ抱きしめられているだけで、もはや子供が抱きしめて眠る人形代わりの様なものだった。
しかし、セスに対するカイルの気持ちを聞いているうちに、ココは無意識にカイルに心を開き始めたのだろう。
何度も何度も、兄であるセスに謝り続けるカイル。
その背中を摩り宥めながら、ココは言った。
『もう、十分です。十分、気持ちは伝わっていますよ。助けてきてくれて、きっと兄は喜んでいますよ。
それに、カイル殿下のお陰で私もこうして生きています。感謝するにしても恨むことなど絶対にしませんわ。
土の民を救っていただき、ありがとうございます』
その言葉に、カイルは蕩けるような笑みを浮かべ、ココを抱きしめる腕を強めた。
『生きてた…生きてたっ!!
セリーナっ!!!君を、やっと見つけた!
セス!君の妹は、生きていたっ!
俺の、婚約者が生きていたっ!
やっと…
やっと、俺はお前との約束を守れた…っ!』
セリーナ!セリーナ!と、カイルの腕の中で何度も呼ばれる名前。
"ココ"と名乗るときめてから、誰からも呼ばれることのなくなった名前に心が震えた。
もう一度読んでもらえた嬉しさと、懐かしさが込み上げてくる。
本当ならば、ココはカイルと今頃婚約しているはずだった。
当時のココも、まだ見ぬ婚約者との出会いに夢を抱く年頃だった。
酔っ払っているカイルは、愛おしそうに「セリーナ」と名前を呼ぶ。
『君に会うことを楽しみにしていたんだ』と。
『セスに、誕生日に何をプレゼントすれば喜んでもらえるか相談に乗ってもらったんだ』と。
『セス曰く、セリーナと俺は似てるらしいぞ!どこが似てるかは教えてくれなかったが…セスが言うなら、相性はいいんだろうな!』と。
ココは、その時初めて知った。
カイルが、自分との婚約に乗り気だったことを…
そして、会えることをとても楽しみにしていたという事を…。
ココはその想いに応えるかのように、カイルの背中に手を回した。
そして、あの日…
カイルは、腕の中のセリーナを大切に大切に抱いた。
ココも、カイルの全てを受け入れた。
温かな腕に抱かれて、愛おしそうに自分を呼ぶ声、ぎゅっと抱きしめられると守られている安心感が感じられた。
とても、幸せだった。
とても、素敵な夜だった。
しかし、目が覚めたとき…
ココは祈った。
"カイルが全てを忘れますように"と…
カイルが起きる前に、そっと部屋を出た。
彼が、教えてくれた裏口を通り王太子宮を後にする。
その、背中に迷いはなかった。
私は、もう二度と愛する人を失わない。
セリーナが生きてると疑われているうちは、絶対に見つかってはいけない。
私は、"セリーナ"ではなく"ココ"として生きるのだから。
そう、心に誓ったのに…
手渡された紙を見て、ココは頭を抱えるしかなかった。
【辞令】
王太子宮専属侍女に任命する。
なお、王太子付き侍女とし寝所への出入を許可する。
…どうしてこうなった!?
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