〈異類婚BL〉旦那様は大鷲様♡

山海 光

文字の大きさ
上 下
23 / 26
後宮編

23.脱出

しおりを挟む

「明日、また精を注いでやろう」
「ありがとう……ございます……」

その後、何度も最奥で射精され、たおは薄らと膨れた腹をさわさわと撫でながら、涙を流した。

あの頃へと引き戻された自分が許せなかったのだ。

まだ種が芽生えているか分からない。でも、腹が膨れてしまったら子供を殺す勇気は出るだろうか。
呂楼りょろうから貰った中絶薬には水銀が配合されている。何回も使ってしまったら、母体は水銀中毒になるだろう。

万が一出産したとして、朱鷹しゅようは血の繋がらない子供を愛してくれる? もし嫌がられたら、その時はどこかへと逃げるか、もういっそ──……。

どんどん暗い想像ばかりが働き、嫋は顔を俯かせる。

不安に駆られ、震える手で中絶薬に手を伸ばした。何度この薬を飲み体が壊れたって、朱鷹に捨てられることより怖いことはないと思った。

「嫋妃」
「ッ……どうぞ」

薬を後ろ手に隠す。
入ってきたのは宦官だった。見たことの無い顔だったが、嫋はその人物が何者であるかをすぐに察した。
藍狐らんこだろう。他人に変装しているが、その雰囲気は変わらない。

男は鼻をひくりと動かし、嫋を気の毒そうに見つめた。
狐の嗅覚は人よりずっと優れている。嫋の胎に呂苑りょえんの精液がたっぷりと残っているのを嗅いだ。

『皇帝から、君が堕胎しないか監視する役目を任された。散歩がしたいと言って人払いを。僕と2人きりにして』

静かに紙が渡され、嫋はそれに視線を走らせて頷く。

「少し散歩に。この者がいるので、付き添いはいりません」

嫋はそう言い、侍女たちを宮に置いて外に出た。はやる気持ちを押さえつけ、人目につかないように牢まで向かう。

「その……発情期の時、君を食べようとしてごめん」
「えっ?」
「僕、僕がもし……人を食べなくて、もし君が僕の生贄だったら……そしたら……」

ふと藍狐が止まり、泣きそうな目で嫋を見つめる。

「藍狐様、嫋はあなたにも人を愛せると思います。あなたは見知らぬ私にも優しくしてくれましたから」
「あ……」
「嫋に出来ることは多くありませんが、あなたに好きな人が出来た時は、恋のお手伝いをさせてくださいね」

にこ、と嫋が微笑む。藍狐は小さく頷いた。
断られてしまった痛みで胸はズキズキと傷んだが、それでも嫋から「人を愛せる」と言われたことに一筋の涙を流す。長年の苦しみが、嫋によって救われた気がした。一夜だけとはいえ、愛した人間に。

「僕が外で様子を見てるから、行っておいで。これ、あの牢と手枷の鍵。あの手枷は道士の仙術が掛けられているから、あいつからは壊せないんだ」
「ありがとうございます、藍狐様」

鍵を受け取り、嫋が地下牢へと繋がる扉を開ける。

「待て!」

ふと怒鳴るように声をかけられた。やたら高い男の声。宦官だ。

藍狐はバッと振り返り、宦官の首を絞めて気絶させた。死にはしていないが、その首にはハッキリと男の手の跡が残っている。

「ッ……兵が来る……嫋ちゃん、早く下に」
「ら、藍狐様も!」

嫋が藍狐の袖を引っ張り、地下牢へと繋がる扉を開ける。藍狐が扉を体で抑え、兵が扉を開けようとするのを阻止する。

「はぁっ……朱鷹様!」
「嫋!」

階段を転ぶように降り、朱鷹の牢の前まで来る。朱鷹は飛び上がり、檻を掴んだ。

「あぁっ手が震える……ッ」

滑る手で鍵を開け、なんとか檻の中に入る。朱鷹を繋いでいた手枷も外し息を吐くと、扉を抑えていた藍狐が叫んだ。

「扉が壊されされそうだよ、早く!」
「飛ぶぞ! 藍狐、来い!」

藍狐が階段を駆け下りるのと同時に、扉を壊した兵が雪崩のように落ちてきた。折り重なって動けずにいる間に、朱鷹が妖の姿へと変化へんげする。

嫋と藍狐を爪で鷲づかんだまま、兵たちの上スレスレを飛んで牢を脱した。

(あの時は恐ろしかったのに、今はこんなにも……)

鋭い爪で嫋を抱き締めながらも、傷一つつけない朱鷹に、トク、と胸が高鳴る。そんな場合ではないと分かっているのに、この優しい妖が愛おしくて仕方ない。あっという間に皇城を抜け、都の塀を超える。

「ねえ! 城のおおゆみがこっちを向いてる! 撃ち落とされるよ」
「グゥウ……」

藍狐が叫び、朱鷹が唸る。弩は城にある機械仕掛けの弓で、城を防衛したり、敵が城の付近に作った物見台を攻撃するためのものである。

ビュン、と朱鷹の羽根を弓矢が掠って血が吹き出し、嫋が悲鳴をあげる。ぎらり、と目を光らせた朱鷹は一瞬の後、人の姿に戻った。

「嫋、大丈夫だからな」
「えっ、あッ!」
「僕は!?」

3人は地面に向かって一直線に落ちる。朱鷹は嫋を引き寄せ、ガラスを触るかのように優しく抱擁した。

チラリ、と朱鷹は皇城を横目で見る。目を見開いた一人の男が見え、鼻で笑う。

(お前はさっさと女のもとにでも行ってりゃいい!)

その首を掻っ切ってやりたいが、娘子はきっと望まない。自身を嘲った養父のために墓を作り供養した嫋が、強引に連れ去られたとはいえ、恩のある呂苑を殺すことを喜ぶはずがない。

朱鷹はそれを理解していたから、道中いかなる人間も殺さなかった。

袖が揺れ、空気が耳の傍でごうごうと鳴る。嫋が朱鷹の胸の中でギュッと縮こまった。朱鷹は安心させるように肩をさすり、ちゅう、と嫋の髪に口付ける。
2人で絡まりあって地に落ちるそれは、鷲の求愛行動によく似ていた。

地面にぶつかる、と嫋が目を閉じたその瞬間、グン、と体が上に向かう。兵たちが息を飲む程のギリギリでまた変化したのだ。
朱鷹は嫋の体を抱きしめたまま藍狐を乗せ、山の方へと帰った。向かった先は藍狐の家だ。そこは朱鷹の屋敷と違い、場所を人間に知られていない。

朱鷹はそっと嫋を降ろし、幼子をあやす様に髪を撫でる。

「嫋、遅くなってごめん。一旦藍狐の家に泊まって、すぐ新しい家を作ろう」
「子供たちは……?」
「全員生きてる。ここで妖狐たちと一緒に媽媽を待ってた」

嫋は目を見開き、朱鷹の首に腕を回した。

「あぁ、良かった……!」

ボロボロと涙がこぼれ、桃色の頬を伝って朱鷹の肩を濡らす。

もし衛兵に殺されてしまっていたら、嫋は二度と子供を産めなくなっていた。子供を殺してしまった自分がまた子供を持つことを、許せなくなるのだ。

「嫋……これ」
「あっ……見つけたのですか……!?」
「皇城に向かう途中見つけたんだ」

朱鷹の羽根が付いた簪だ。土埃で薄汚れているものの、その黒羽根は目を奪われるような艶やかさがある。

「その……昔屋敷にいた梟が、求愛行動には自分の1番綺麗な羽根を渡してアピールするんだって言ってて……」
「もしかして、初めて会ったとき嫋に羽根を持たせていたのは、求愛行動のつもりだったのですか?」
「うん……」

やっぱり伝わってないよな、と朱鷹は項垂れる。しばらくして、ギュッと唇を真横に結び、顔を上げた。

「嫋、娘子……寝てる時に渡すなんて、卑怯なことしてごめん。会ったばかりで気恥ずかしかったんだ。でも、今度はちゃんと言わせてくれ」
「……はい」
「嫋のことが好きだ。だから、人としての寿命が終わってもずっと、俺の傍にいてくれ」
「相公……!」

朱鷹は嫋の髪から呂苑の簪を抜き、黒羽根の簪の埃を払った。

嫋は顔を真っ赤にし、朱鷹の手から簪を受け取る。そっと髪に挿し、恥じらうように笑った。

「なんだか、改めて渡されると照れてしまいます。どうですか、娘子にこの簪は似合っておりますか?」
「うん……この簪が一番似合ってる」

朱鷹は見惚れ、ぼうっと口を半開きにする。嫋を初めてその視界に入れたときのように、その赤い目はキラキラと輝いていた。



─────




「陛下、追いますか!?」
「いや……空に逃げられてしまえば、追っても追いつけまいよ……」

呂苑は呆然と呟き、ズルズルと崩れ落ちた。

「嫋……嫋……ああ……」

次第にボタボタと涙をこぼし、顔を手で覆った。幼子のように泣きじゃくり、その場でうずくまる。

まだ太子殿下と呼ばれていた頃。
自分を育ててくれた乳母の忘れ形見を必死に探し、ようやく見つけたのが、妓楼で下働きをしていた嫋だった。

嫋を買っては文字の書き方、読み方を教えていた。呂苑にとっての乳母のような、何でも打ち明けられる存在になれたら、と。

ただ健やかに育つ様子を見れれば良いと思っていたのに。

(それなのに、どうしてあの時……)

幼い嫋に手を出したあの時から、嫋の心は永遠に呂苑の手元から離れてしまった。

呂苑は項垂れ、臣下たちが呼びかけてもその場から動くことは無かった。




以下後書き────
あと1話か2話で連載終了です。
エピローグの後に、ifのbadendを2話載せる予定です。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

嫌われ者の長男

りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式の話

八億児
BL
架空の国と儀式の、真面目騎士×どスケベビッチ王。 古代アイルランドには臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式があったそうで、それはよいものだと思いましたので古代アイルランドとは特に関係なく王の乳首を吸ってもらいました。

【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(要らない悪役令嬢1巻重版)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」  洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。 子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。  人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。 「僕ね、セティのこと大好きだよ」   【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印) 【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ 【完結】2021/9/13 ※2020/11/01  エブリスタ BLカテゴリー6位 ※2021/09/09  エブリスタ、BLカテゴリー2位

処理中です...