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1章 お爺ちゃんとVR

034.お爺ちゃんはいつだって娘の理解者

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「少し、いいかな?」

「あ、お父さん。無事合流できて良かった。マリンが心配してたわよ」


 娘の前まで歩いていき、声をかける。
 先ほどまで忙しそうにしていた娘は、私の顔を見るなり安堵した表情になった。今の彼女からは今朝見送った時ほどの余裕を感じない。何かを焦ってるような、そんな気がした。


「うん、さっき哨戒任務の出がけに会ったよ」

「良かった。あの子お爺ちゃんが心配だってすぐにこっちの要請に反応してくれなかったの。ここにきてもそうよ。ずっと落ち着かない感じで……それで、二人してどうしたの?」


 ちょっと聞いてよと捲し立てる娘の話を聞いてやる。
 一息に言ったものだから、言い切った後は疲れたとばかりにうなだれた。そして思い出したかのように突っ伏したままで目線を上げて問うてきた。彼女の癖だ。テンパってしまうと目の前のことにしか集中できなくなる。きっと今頃状況の整理がついていないのだろう。少し手を貸してやるべきか?


「いやね、私達も何かお手伝いしようかなと思ってきたのさ」

「生憎と手一杯なのよね。モンスターの対処はできるけど、問題は侵入経路の特定ができてないってことなの。今はクラン二つで攻略と防衛をやってるからいいけど、ウチのクランだけじゃ収拾つかなかったかも」

「ふむ。君のところが防衛で?」

「うちの倅のとこが攻略ですかな?」

「そうです」
 
「さてここで私からいくつか情報を出そうと思っている」

「いいの? いつもだったら出し渋る癖に」


 酷い言われようだ。でも彼女の言い分は強ち間違ってはいない。
 報告するのは義務ではないと言い出したのは私。
 スキル獲得に付き合いきれないと言い出したのも私。
 でも自分では至れないスキル群を見せられても誰も興味は示さないと思うんだよね。

 結局彼女はその有用性を世に広めたいだけで、その後のことを考えてない。流布した後は他人事で終わってしまい、責任を保とうとしないのだ。だから私は彼女に言い含めた。
 この手の情報は交渉ごとを進める為の切り札に使えと。自ら晒して他者にとって都合の良い存在になるなと言ったつもりだったんだが、どうも伝わってなかったようだ。


「その代わり外に出てクエストをやらせてもらう条件を飲んでもらうことになる。交換条件ってやつさ」

「またとんでもないこと言い出すわね。クエストってお掃除クエスト系?」

「その通りさ。私ができることと言えばミニゲームぐらいだ。後は写真を撮ったりブログに載せたり。たったそれだけ。それでも何かをつかめるかもしれないよ。そもそもこのイベントはどこから出てきたっけ?」

「あっ」


 娘は思い出したようだ。このイベント自体がこのミニゲームを発端としていたことを。彼女達は副次品の古代遺跡やダンジョンばかりに目が行っていたようだが、このクエスト、まだ先があるように思える。


「多分だが、まだ回収し切れてない情報がある。それを探しにいきたい。敵が何を狙ってるのか、私達は何を守って戦っているか。それらを明確にしておきたい」

「うん、そういうことならこっちも何人か協力者を出すべきかも」

「それは許可が貰えたと思ってもいいのかな?」

「家族としては引き止めたいところだけど、イベント運営側としてはそこらへんは知っておきたいし、知る権利はあると思うから」

「では早速」

「その前に、出せそうな情報お願いね?」

 ニコリとしながら両手をくっつけて私の前に差し出してくる。

「商談失敗ですかな?」

「いえいえ、これからですよ」


 ニヤニヤしながらやり取りを見ていたジキンさんが割って入ってくる。勝負はこれから始まるのだ。私は啖呵を切って娘へと挑んだ。






「毎度あり」


 正直なところを言わせて貰えば、私の情報のほとんどは既出情報として扱われた。さすが情報を集めて回る娘なだけある。孫の知識量とは段違いだ。安易に切れる手札を切りつくしてしまい、有効になりそうな情報といえば木登りの派生の垂直移動とマナの大木の上に妖精の国がありそうな情報くらいだ。
 ただ全ては出し切ってない。垂直移動から生えた重力無視は秘匿したし、人の重さのままではあの先に進むことはできないだろうことは秘匿した。まだこれは切れない。切る時が来るとすれば、それは私が妖精の国に至ってから。確定情報以外は流さない。これは当たり前の話だ。なんと言っても語る時の説得力に差が出る。

 それでも彼女は満面の笑みである。少しスッキリしたような面持ち。
 それらの交渉を後ろで見てただけのジキンさんが何か言いたそうにしている。


「ハヤテさん……」

「なんですか?」

「前々から言おうと思ってましたけど、家族に対して甘い顔見せすぎでは? 見てて若干心配になりましたよ」

「良いじゃないですか。娘を持てば男親はいい顔を見せたがるものなんです。ジキンさんは息子さんしか居ないから私の苦労がわからないんですよ」

「そればかりは運ですから。うちは男ばかりで騒がしい家系だったので娘を持つハヤテさんは羨ましくもありますが、同時にご苦労もされてるようですね。今のやり取りで粗方察することができました。女系家族もそれはそれで大変なのだと」

「そう言って貰えたら少し報われた気がしますね」

「どれだけ背負い込んでるんですか、まったく。少しは肩の力を抜くことを覚えた方がいいですよ? 体を壊してしまったらそれまでです」


 ジキンさんに肩を叩かれる。彼の言葉はそれなりの苦労の末に導き出した教訓に思えた。
 過去に似たような事で体を壊したのだろう、そんな想いが乗せられている。


「ええ。私もそうしたいんですがね、こればかりは性分なもので」


 そんな折、入り口の方が賑やかになった。哨戒任務にあたっていた孫が帰ってきたようだ。そばにはユーノ君が着いていた。どうやら途中で合流して一緒に回っていたらしい。


「ただいまー、哨戒任務やってきたよ」

「はいはいお疲れ様」

「言葉が軽いー、もっと労いの言葉があってもいいと思うの」


 娘と孫は今日も仲良さげに言い合っている。


「あ、お爺ちゃん!」

「お帰りマリン。ユーノ君も無事に到着したようだね、道中平気だったかい?」


 私の顔を見て走ってくる孫を受け止めて高い高いをしてやる。
 ここは意外と広い空間だから普段できない分長い事彼女に空の旅を満喫させてやった。
 地面に下ろすと満面の笑みをたたえて頭をぐりぐりと胸に押し付けてくる。それを受け入れながらもスキンシップを終了した。
 そんな孫娘とのやり取りを、ジキンさんが羨ましそうに見ていた。


「いいなあ孫に懐かれて。僕のところとはえらい違いだ」

「人徳って奴ですよ。苦労した分の見返りがこれです」

「やっぱり女の子いいですよね。息子にも是非連れてきてもらわねば」

「なんの話?」


 マリンは話の中に入ってくると、私はジキンさんと顔を見合わせて苦笑いしあう。当の本人を前にあまり祖父の気持ちを伝えるのは憚られた。なんでもないよと誤魔化し、娘へと向き直る。


「さて、今回私達が組むパーティーだけど、そちらの人員の他にマリンとユーノさんを入れる事を承諾してもらいたい」


 私からの持ちかけに、娘の表情が曇った。明らかに想定外と言いたげだ。
 

「それはまたどうして?」


 納得がいかないとこの子はすぐに顔に出る。
 ゲーム内でも少し不機嫌そうにしながら問い返す。


「簡単な事だよ。どこの誰だかわからん人員を引き連れるより、身内の方が気が楽だ。クエストにだって集中できる」

「そうだけど、じゃあこっちで手配した人材が無駄になっちゃうわ。せっかく声かけたのに」


 見れば少し後ろに待機している人たちが件の人材なのだろう。私とジキンさんを合わせてちょうどフルパーティになる計算だ。
 ここにマリンとユーノ君を入れてしまえば二人あぶれてしまうか。
 しかし用意してくれたのはありがたいが、そこまであぶれて困るのだろうか?
 協力者は多い方がいいとはいえ、彼女には何か違う目的があるように思えた。
 まるで私達を利用して何かを解析するような意図が見え隠れする。
 だから私は彼女の真実がどこにあるのか問い質すことにした。


「パープル、君はまた真実を見失おうとしているよ。君はこのイベントをクリアしたい。けどそれ以上に大成功で終わらせたいと思っている。その為だったら家族さえ利用しようとしている。何が君をそこまで駆り立てる? 私は悲しいよ。もう少しお父さんを頼ってくれてもいいじゃないか」

「……お父さんには敵わないわね。そうよ、確かに今私達は困窮している。イベントに関する情報も圧倒的に足りていない。未曾有の危機というやつよ。初めてのイベント運営でファストリアの危機。ここでファストリアを失えば私たちのクランは今後信頼を失うわ」


 なるほどな。彼女の焦りの根底には集団の長としての責任が付き纏っていたわけか。秋人くんも常々言っていたな。クランは家族であると同時に会社でもあると。信じてついてきてくれた人員をうまく回して経営してみせるのもクランリーダーとしての務めだと。

 娘の場合、秋人君の代理だ。
 彼程のスペックを持たない彼女はそりゃもう失敗できないと焦りまくりだろう。
 昔っからそうだった。頑張りすぎてそれが空回りしてしまうんだ。誰にもその気持ちを悟られちゃいけない、だから相談できないと気持ちを隠し続けて綻びが生まれる。

 変わらないな。私や秋人君はきっとそこまでの事を君に望んでいないよ。一緒にいてくれるだけでいいと、無理なら無理で相談して欲しいと思ってる。だから私は手を差し伸べる。今ここに居ない彼の代わりに。

 親として、潰れてしまいそうなほど重責に押しつぶされそうな娘は見ていられないからね。それが例え独断で抱え込んでしまった重責だとしてもさ、私は手助けしてしまうんだよ。
 ジキンさんに言われた事は全く持ってその通りだ。私は家族に対して甘すぎる。だからその心を隠して仕事に没入した。


「それが君の焦りの正体か。済まない、近くにいながらもそれに気付けなかった。私の方こそ父親失格だな」

「お父さんは悪くないわ。全ては私達の傲りよ。序盤の街だから余裕って油断が何処かにあった。ごめんなさいお父さん、今回ばかりは頼りにさせて貰って良い? 今更都合のいい事言ってるのは分かってる。でも現状打つ手はあまりないの。私はここから動けないし……それに、モンスターの狙いも不明だから」


 全くこの子はいくつになっても変わらないね。
 ずっと一人で抱え込んで、打ち明ける頃には手に負えない状況になっている。だからもっと早く相談してくれと言ったのに。
 確かにゲーム内の私は君から見れば頼りないと思う。好き勝手に生きてきた結果が彼女にとって頼れる相手足り得ないと思わせてしまったのかもしれない。けどね、


「何を当たり前のことを言ってるんだ? パープルに言われなくとも私は初めからそのつもりだよ。まだまだこの街を探索し尽くしてないんだ。それを自分の踏んでしまったイベントでめちゃくちゃにされようとしている。だからパープル、君は何も悪くない。私の代わりにこの街の防衛を買って出てくれてありがとう。正直嬉しかった。自分で起こしたこととはいえ、どうすればいいかわからなかったのが正直な感想さ。でもここから先は私は自分のやれることをするよ。その為に束の間ここを守っていてくれないか?」

「お父さん……うん、ここで待ってる」

「では行ってくる」


 娘の頭に手を置き、踵を返す。急ぎ足で外へと通じる門へ向かった。


「ハヤテさん、カッコつけすぎです」

「お爺ちゃん、カッコいい!」

「アキカゼさん、普段からいつもあんな事を?」


 背後からかけられる様々な声を無視しながら前を歩く。
 やや赤面しながら「煩いですね」とパーティーメンバーに声を上げた。
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