ダンジョン美食倶楽部

双葉 鳴

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110話 プライベートダンジョン

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「それじゃあ、今日の配信はこれまで。またの機会をお楽しみください」

 調味料が尽きたのを言い訳に、今回は一度閉めることにした。

 押し寄せてきた来客を捌くのは堪える。
 やはりダンジョンの奥にこもって、匂いだけ届ける方がベストなのだろうか?
 真剣に悩んだ。

 けど今回はダイちゃんがいてくれたお陰でそこまでくたびれたわけじゃない。

 そう考えると、弟子を取るのも案外悪くないなって思った。

「お疲れ様です、洋一さん」

「クララちゃんも緊急でのアルバイトありがとうね。危険が少ないとはいえ、ここはダンジョン。泥酔は避けたい人が多いみたいでソフトドリンクがよく捌けた」

「いえいえ~、いつでも頼ってください。別に暇はないんですけど、それであの人に一歩でも追いつけるんならお安いご用です」

 クララちゃんはニコニコとしながらエプロンを畳んでダンジョンセンターに帰って行った。

 あの人? 
 の手伝いをして誰かに追いつく?

 さっぱり意味がわからないので、これ以上首を突っ込むのをやめておこうか。

「普段は毎回こんななのか?」

「いやーどうだろ? 値上げしてから一時期は減ったんだよ?」

「スキル工程一回5000円でもこの食いつきよう、やっぱりポンちゃんが近くに店を出すってそれだけで脅威じゃねぇか」

「たまたまじゃない?」

「あれだけの客を捌きながら余裕ヅラできるポンちゃんが末恐ろしいぜ。んじゃ、今日はここら辺で上がるわ。うちの店が開く時間だからな」

「もうそんな時間になるか?」

 ダンジョンはそもそも暗い。
 俺たちは時計などを持ち込まない自由人なので、時間には疎かったりする。

 ダイちゃんは腕時計を示しながらもう夕方の四時だぞ、と教えてくれた。

 それ以前に「Dフォンを見れば一目瞭然だろうが!」と突っ込まれる。

 そういえば、時刻をお知らせする機能もあったな。
 電話かメール確認しか使ってなかった。

「じゃあな!」

「お疲れー」

「やっぱここは一番の修行先だな。客の顔見ながら焼ける場所なんてここくらいだわ」

 店の奥に引っ込んで同じ量焼くのと、お客さんの目の前で一対一で好みを引き出しながら焼くのでは経験値の上がり方が違う。

 そう言い切ってダイちゃんは帰宅する。

「ダイちゃんもくたびれてるだろうに、あの元気はどこからくるんだろうな?」

 ヨッちゃんがカメラを回収しながら訪ねてくる。

「やっぱり、頑張った先に目標があるかないかが大きいんじゃないか?」

「夢かー」

「俺たちも何か据えておくべき夢でも考えるか?」

「あらかた叶えちまってるんじゃねぇ?」

 最底辺からの暮らしからの脱却。
 その夢は驚くほどあっさり叶ってしまった。

 最高の料理人になりたい、モテたい。
 そんなわずかな夢まで叶えられてしまってる。

「そうだなぁ、じゃあ俺はこの道を極めたい」

「オレはいっそハーレムでも築こうかね?」

「ヨッちゃん、誰か一人くらい良い人いないの?」

「それがさっぱりなんだよなー」

 ほんとかぁ? 顔立ちは悪くないし、マジックキャスターとしての腕前は最上級。

 これでどうしてモテないのか不思議でならない。

 これはあれだな、俺と一緒で鈍感すぎて気がついてないだけだと思う。
 若しくは理想が高すぎるかだな。

 ダンジョンから撤収準備をして、再度ダンジョンセンターへ戻ると、そこには先ほどの配信での反応が早速武蔵野支部宛に届いていた。

 電話対応だけでも10人。
 その中にクララちゃんまで混じっている。

 これは先ほど振る舞った賄いの感想を聞く感じじゃなさそうだ。
 俺たちの配信の対応受付はここ、武蔵野支部に任せた。

 ホームなんだからそれくらい頼れ、と卯保津さんに言われてそのまま任せたらえらいことになっている。

 卯保津さん曰く、半分以上政府からの囲い込みなので、お断り対応し慣れてるうちの職員の方が圧倒的に有利だといった。

 それと有名人になると増えて胡桃に覚えのない親戚からのアプローチ。それがすでに十数件に上ってるらしい。

 有名税として上位探索者の誰しもが通る道らしいが、低ステータスだからと捨てておいて、Sに育ったら引き取るとは、なんて自分勝手な人たちなんだろう。

 大体が、身に覚えのある人たちで、それがすでに数百件以上に上る時点でこの世界の酷さを改めて認識した次第だ。

 防波堤、ご苦労様です。
 彼女たちの夜食がわりに二、三品振る舞ってダンジョンを後にした。
 時刻は夕方。

 どこかに行くあてもない。
 今じゃどこに行っても人に囲まれて質問責めだ。

 いっそ誰も人のいない場所に行きたいと、願う気持ちが大きくなってくる。

「解散するにはまだ日が高けぇ」

「どこ行く?」

「どっかダンジョンでしっぽり二次会でもしますかね」

「いいねぇ」

 結局どこまで行っても俺たちはダンジョンから離れられない。

 配信がなくても食べることと飲むことがついてまわる。

 別に腹はそれほど減ってなくても。
 自分だけの時間をこんなに懐かしむ日が来るとは思わなかった。

『でしたらちょうどいい場所がございますわよ』

 ジュリからの提案で、俺たちは彼女の管轄地へとテレポートした。

 そこは鬱蒼とした密林の中にある、恐竜が跋扈する原始溢れるダンジョンだった。

「おぉ、見たことのない動植物がこんなに!」

『旦那様でしたら、毒など心配せずとも加工してみせるでしょう? ですのでちょうどいいと思いました』

「いいねぇ、ジュリは俺のことをよくわかってる」

「ポンちゃん、あのデカブツ、俺たちのことじっと見てるぜ?」

『あれは旦那様ではなく、住数年放置してた私がこの場にいるのを疑わしくなって凝視しているだけだと思いますわ』

「グルルルルルルル……」

「おいおい、喉から唸り声出してるぞ? やべーんじゃないか?」

 目も十分に血走って、殺気立ってることは容易に伺えた。

『ドールに管理させるなど、どこの管理者でもやってることですわよ?』

 自分が咎められることはない。
 そう言い切るジュリだったが……

「グゴルゥアアアアアア(このアホ主人! あんたの設計が狂ってて、このダンジョンに入り口が設定されぬまま無駄に60年がすぎている! もう設定してたエネルギーが尽きているぞ! このままでは消滅も目前! 今すぐどうにかしろ!)」

「相当お怒りのようだよ?」

『あれぇ~?』

 こりゃ、他の場所でも同じことしてそうだな。

 北海道ですらあの有様だったし。
 やっぱりこの子に世界の半分の統治は無理だって。

「まぁ、俺たちも加工し足りないと思ってたところだ。ついでにエネルギーの調達でもしたらどうだ?」

『さっすが旦那様! 私のミスも笑顔で許してくれるその懐の大きさ、おみそれしました』

「ゴルゥア?(主人、その人間はなんだ?)」

『私の契約者様ですよ。喜びなさい、あなた達。旦那様がこの地をプライベートルームとして移住してくださるようよ。今のうちにエネルギーの使い道を考えておくといいでしょう』

「何言ってんだ、こいつ?」という、とても従者が主人に向けるものではない疑惑の視線をジュリに向けながら、半信半疑で内容を受け取る恐竜型モンスター。

 この子も不憫だな。

「まぁ、口で言ったところでわからないだろう。早速料理にでも入ろうか」

 包丁を振るう。
 動植物をミンチ肉や干物に置き変える。

 加工に加工を重ねるたびに、枯渇寸前のENがみるみる上昇していく。

 設定されたエネルギーだけではダンジョンをつなげるワープポータルを開通することもできず、維持費すら払えない。

 そんな数値が俺の加工を重ねるたびにありえないくらい倍増して、今や設定数値を大きく超えたと大喜びしていた。

「グルァ!(なんですか、この人! 無から有を生み出しましたよ)」

『言ったでしょう、私の旦那様はすごい人なんです』

 褒めすぎなんだよなぁ。
 オリンの塩対応が懐かしく感じる。

「キュ(ジュリ殿が無責任すぎるだけじゃな)」

 言われてるぞ、ジュリ?

『あーあー聞こえなーい』

 どこからそそんなネタ仕入れてくるんだ。
 すごいアホっぽい声色が俺の脳内に響き渡る。

「どんな熱帯雨林でも魔法なら関係なーい」

 普通ならこんな湿度の高い場所で火を起こすのは難しいと聞いたことがある。

 そういう意味ではヨッちゃんの能力は十分にやばい。
 俺がしたい調理環境を即座に整えてくれて、そして調理が始まった。

 ここならいくらでも調理ができる。

 食いきれなかったものはオリンの次元袋に入れて収納すればいいし、なんならダンジョンセンターに卸してもいい。

 問題はここがまだ誰にも発見されてないダンジョンってところぐらいか。

 そんな場所の素材をどのようにして持ち帰ったか。
 そこを追及されたら色々面倒くさそうだ。

 やはり卸すのは無しか?
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