ダンジョン美食倶楽部

双葉 鳴

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96話 ダンジョンブレイク【札幌】5

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「おかしいな」

「どうした、ダイちゃん」

「俺の目の錯覚だったらいいんだが、目の前に飛行場が見える。俺の記憶が確かなら、この場所から見えるはずがないんだが」

「どういうことだ?」

 オリンに誘われるままに歩いていると、ダイちゃんが混乱したように呻く。

 どうも本来なら距離が離れすぎてて、どう考えても徒歩で辿り着くはずのない場所に来てしまったようだ。

「キュ(気づかなかったか? いくつかのゲートを抜けておる。お主の目になら見えるはずだぞ? ぼやけた空間の境目が)」

 オリンに促され、よく景色を見てみると、確かにぼやけた空間が見える。

 しかしそれは意識しなければわからないくらいに朧げで、肌で触れても空気の層を感じ取るぐらいの違和感しかない。

「オリンはなんて?」

「どうも俺たちは札幌をパズルみたいにくっつけた空間を歩いているようだ。ここの都市は本来の札幌から大きくかけ離れている。地図と違う位置にあるのが普通、だそうだ」

「文明の利器を早速封じられてるのか。土地勘もクソもないな」

「それって何かまずいのか?」

 俺と同様に理解の追いつかないヨッちゃんが尋ねる。

「街と街の距離が曖昧だと、距離をとって避難するのが難しくなるってことだよ。ここまで逃げてくれば大丈夫、って安心したところに背後から迫られてくる恐れがある。特にダンジョン側の移動に制限がなければな」

「それって向こうもワープポータルを使って移動してくるってことか?」

「キュ(左様。二番殿は妾よりも権限が高いからの。一度に運べる制限が壊れておる。妾が一つに制限してるものを、十数同時に運ぶなど容易よ)」

「オリンはなんて?」

「ヨッちゃんの予想以上に事態はやばいことになってるみたいだ。敵は団体でのワープが可能らしい」

「な、なんだってーー!?」

 <コメント>
 :そうなの?
 :こちら札幌支部、そのような事実は知らない
 :こちら札幌支部、そのような事実は知らない
 :こちら札幌支部
 :こちこちこちこここちちちち
 :ここここここここ
 :ザッ
 :こわいこわいこわい
 :どうした、さっきから?
 :トマトたちバグった?

 慌ただしくコメント欄が流れていく。

 :こちら札幌支部、応答願う
 :こちら札幌支部、探索者は至急連絡をよこされたし
 :《札幌支部》偽物に惑わされるな、これは罠だ。それも周到な
 :よかった、コテハンさん生きてた
 :トマト退治終わった?
 :《札幌支部》トマトたちがくるぞ、見ろ、空があんなに赤く……もう間に合わない
 :ザッ
 :《札幌支部》ここはもうだめだ、みんな逃げろ! 札幌はおしまいだ
 :ザザッ

 空の赤さとトマトたちの活性に何か意味でもあるのか?

「キュ(どうやら迎えが来たようだの。契約者殿以外は隠れておれ。奴らは見境なく取り憑くぞ?)」

「ダイちゃん達は函館に控えててくれ。ここから先は俺とオリンでいく」

「アホ抜かせ、オレの魔法で防いでやんぜ」

「俺は大人しく避難するよ。俺の力が必要になったら呼んでくれ」

「キュッ(あのトマトは魔法では防げん。高所からの投擲。威力はただの雨とは訳が違うぞ? 妾がカバーできるのは一人だけじゃ)」

 オリンは想像以上に焦っているようだ。

 ダンジョン側の攻撃そのものに対してではなく、ここで俺を失うことを良しとしてないのが分かる。

 相手はただでさえ精神を乗っ取ってくるタイプ。
 もし防ぎきれずにヨッちゃんを操られたらと思うと気が気じゃない。

「ダメだ、ヨッちゃんも戻ってくれ。オリンが言うには魔法で防げないタイプの攻撃だという。浴びたら終わりだそうだ。そしてオリンのバリアは一人用。俺だけなら乗り越えられるって」

「そう言うことなら仕方ねーな。そんかわし乗り越えたらすぐ呼べよ?」

「わかってる、ひとまず乗り越えるのが先だ」

 なんとか説得し終えて、二人を下がらせる。

 オリンが肥大化するなり、俺に覆い被さったところで、世界が朱に染まった。

 まるで土砂降りのようにトマトが集中的に札幌を赤に塗り替える。

 <コメント>
 :えっぐい光景だな
 :スペインのトマト祭が遊びに見える
 :これが北海道の本気
 :災害なんだよなぁ
 :こちら札幌支部、こちら札幌支部、こちら札幌支部
 :またバグってしもうたわ

「キュ(第二波、くるぞ)」

 その雨は、数分置きに降り注いだ。

 おかげでトマトの水たまりがそこかしこで出来上がる。
 このまま降り続けば、下水はトマトで満たされ、蛇口を捻るだけでトマトを飲み放題だ。

「キュ(これの厄介なところは肌に触れただけで根を張り、細い管を体に忍び込ませ、意識しないうちに肉体を乗っ取られるところじゃの)」

 それは今現在降り注いでるトマト一個一個がそうであると言うかのようなセリフ。

 もしこれが札幌どころか、北海道全土に降り注いだとしたら、この地域はおしまいだ。

 あらかた寄生が終わったのか、動く存在がいなくなった世界では、そこかしこでトマトの苗木が生えていた。

 トマトが大地に根付き、巨木のような茎を天に向けて伸ばす光景は、メルヘンチックに見えなくもない。

 しかし花の先端に芽吹いたトマトは、本来のものとはかけ離れた、栄養にした動植物の影響を大きく受けていた。

 <コメント>
 :キモッ
 :あのトマト、ゴブリンの顔ついてね?
 :きっとゴブリンを苗床にしたんやろなぁ
 :ねぇ、自家用車のようなタイヤを生やしてるトマトあるんだけど?
 :きっとこれからドライブに出かけるんやで
 :特定しました
 :ナイストマト
 :今からそちらに向かいますね^ ^
 :でかした
 :でかした
 :くそ、あれはJDSの滑空バスか! トマトたちに渡すな! 北海道を抜け出してくるつもりだぞ!
 :瀬戸際で止めてーー
 :乗り込めー^ ^
 :乗り込めー^ ^

 コメント欄はいつものノリに見えなくもないが、半分以上はトマトに取り憑かれたリスナーによるものだった。

 現地にいるならば助けてやれるのに、人海戦術で来られると、俺にはどうにもできない。

 唯一の解決策は、オリンの上位管理者である第二迷宮管理者である存在を叩き起こすこと。

 他の探索者たちがトマトの進行を食い止めているうちに、俺は俺の仕事をこなすことにする。

 雨は休む暇もなく降り続く。

 まるでこの地をトマトの王国にでもするみたいに、全ての動植物をトマトに寄生させる執念みたいなものを感じた。

「ギッギ(あれあれーまだ生き残りがいる。おかしいなー。ここは念入りにトマトを降らせたのに)」

 そこに現れたのは、歩くトマトの木。
 
 トレントのような出立ちだが、どこからどう見ても周囲のトマトの大木に酷似している。

 唯一他のと違う点は、大木の中心に顔がついてることくらいか。

「キュ(あれがドールじゃ)」

「オリンと同様にモンスターの体に乗り移った本体というわけか?」

「ギギー?(あれ、そこにいるあなた。もしかしてお仲間?)」

 トマトを実らせたトレントは、訝しむように俺たちを見通す。

「キュ(妾は第四迷宮管理者のオンセヴァーナリンノス。二番管理者ジュデンビアッサ殿にお目通りすべくこの地に来た。ちぃとばかし、効率的なエネルギーの採取法を見つけての。少しばかり協力して欲しいんじゃ)」

「ギギ(あらあらー、そういうことでしたら。それで、そちらの土着人は?)」

「キュ(妾の契約者じゃ。この契約者を通じてエネルギーを劇的に増やす策がある。あまり劣化させてくれるな?)」

「ギギッ(あらあら。ご主人様が僻んでしまうわ)」

 契約者を連れて行くと僻む?

 寝ているという話ではないのか?
 起きていてこの災害規模?

 これはオリンの話を真に受けすぎるのも良くない気がしてきた。

「キュ(寝ているだろうという憶測じゃ。起きてるのならそれはそれで話が早い)」

 どちらにせよ、自分で管理せずにドール任せの運営をしてるのは間違いなかった。

「ギィ(少しお待ちください)」とトマトを実らせたトレントはその場で静まり返り、すぐに目の前に次元の穴が開かれた。

 ここから先に入ると、目的の人物がいるようだ。

「キュ(では少しの間邪魔をする。実験中に割り込んですまんかったな。あとで実験データを送ってくれ。それなりの見返りをお送りしよう)」

「ギギッ(わっ、さすがです。うちの主人は私どもの頑張りに興味ないですからねー)」

 まるで知り合いが仕事に精を出す姿を見て誉めそやすように声をかけるオリン。

 今まさに人類はピンチだと言うのに、やっぱりダンジョン側から見て、人類は取るに足らない存在なのだろうか?

 俺の気持ちに対しオリンから特に返事はない。
 しかしゲートを潜ってすぐに、謝罪の言葉がかけられた。

「キュ(あの場でああ言っておかねば疑われ、ここのゲートは閉ざされておった。他の者が危ない目に合うような物言いは済まないと思っておる。しかし優先順位を見誤ってはならぬぞ? 今優先すべきは、あの者の行動を引き止めることではない。少しでも利をもたらすと約束し、信頼を勝ち取り、こちらに都合のいいように動いてもらうことじゃ)」

 言われて、自分の器の狭さを痛感する。
 オリンなりに考えての発言を、俺はダンジョンだから人類なんてどうでもいいと受け取ってしまっていた。

 実際にエネルギーさえ摂取してしまえばいいと言う考えは事実だろう。

 しかし俺を失うのは計画が大幅に遅れることから、それなりに大事に扱ってくれているのかもしれない。

 少し言葉に棘があっても、それは俺の身を守るための方便だった。

 それを俺の方でも汲んでいかなきゃ、この関係は思いの外長続きしないかも知れないな。

 俺も今、オリンにいなくなられては困るのだ。
 多少物言いが気に入らなくとも、そこは譲り合うべきだろう。

 軽く謝罪の言葉を掛け合い、最終ミッションへと挑む。

 どちらにせよ、ここを越えねば北海道の侵略は目に見えている。

 説得できねば、その矛先は日本列島に向かうのは火を見るより明らかだった。

 それだけは食い止めねばならない。

『入るぞ』

『だーれー?』

『久しいなジュデンビアッサ.セリリオン.ウィセイス.ラーヴァ』

『オンセヴァーナリンノス.ヘケラ.ルギオス。あなたの声を聞くのはいつぶりかしら。どう、エネルギー集めは順調?』

『順調すぎてな、月5000万ENは余らせておる』

『ふぅん、今日は嫌味を言いにきたのかしら?』

『野暮用で寄ったついでに顔を見せにきたんじゃ。妾の契約者殿を自慢しにな』

『やっぱり嫌味ね』

 ぼやけた輪郭が、オリンに対して敵意を表した。

『ジュデンビアッサ、契約枠が空いているなら妾の契約者と組まぬか?』

『はぁ? あなたはいったいどれほどの無茶な要求をしてるかわかっているの?』

 無茶な要求と言われて、相当な無理難題を言い渡されると身構える。

『私は、月に9,000万ENをマスターに上納しなければならない。あなたはたった500万でいいのでしょうけど、私はその180倍。その分、権限こそ多いけど集められやしないわよ! だからこうやってドールに任せて不貞寝しているの!』

『それが可能になると知ったらどうする?』

『じゃあ実際に証明して見せてちょうだい! 今日だけで半分の4500万ENよ? できる? 無理でしょうけど!』

『容易いことよ。契約者殿、この哀れなお方に特別料理を一品頼む。たっぷりと加工してから食わせてやっておくれ』

 なんか売り言葉に買い言葉で料理を仕上げることになった。

 ここで勝負を降りる選択肢は最初から用意されてない。
 俺の背中には、北海道の市民600万人の命が懸っていた。

「その仕事、引き受けました。少しお待ちください」

 俺はダンジョンそのものに包丁を差し込み、周辺素材を目視で加工しながら調理を重ねていく。

『血抜きは必要かの?』

「いや、この地も大事なエネルギーだ。味覚、があるかはわからないけど。喉越しや食感、柔らかさや硬さも旨さに重要なファクターだよ。何でもかんでも加工すればいいってわけじゃない」

『それはすまんことを言ったの。では妾は見学させてもらおうかの』

『何よあなた、契約者に言われっぱなしでいいの? らしくないわよ?』

 さっきまで言い合いをしていた二番迷宮管理者……名前は長くて覚えられない相手が、見学に徹したオリンのそばで俺の調理に目をやった。

 まな板の上でエネルギーが乗算されていく光景を見て、目を剥いているのが面白い。

 オリンは旨味の数値が高ければ高いほど、エネルギーへの返還率が上がると言っていた。

 なら俺はおいしくすることに集中すればいい。

『信じられないわ。元の数値が500かそこらだったのが、この一瞬で200万まで上昇してるっていうの!?』

『まだまだこれからじゃぞ? 刮目するが良い』

『これを前菜で出すの? ちょっと想像できないわ』

 前菜オードブルどころかお通しアミューズと言ったら引かれるだろうか?

 俺は構わずスープの調理に移行した。
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