ダンジョン美食倶楽部

双葉 鳴

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53話 病院食試食会2

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「残念だったな、高坂君。君の望みは絶たれた」

 そう言って、まとめ役の医師は若い医師の肩を叩いた。

「仕方ないです。でも僕とて医療に携わる身、少しでも患者さんの健康に役立てるなら、この場は目を瞑ります!」

 そもそも付き添いが上に文句を言うことの方が間違いとも取れる。
 茶番だ。何を見せられてるんだろうなぁ、俺たちは。

「なんだぁ、この茶番?」

 ヨッちゃんが歯に絹着せずに断言する。

「私たちにとっては必要な茶番だよ。今の若者は何かにつけて探索者になりたがる。夢を見たい年頃なんだ。どこかの誰かさんが、適合食材を安値で売り捌いたもんだからな、夢を見てしまうのさ。だからと言って我々の仕事を軽んじられるのは心外だ」

 誰かというのは言わずもがな俺たちだろう。

 材料費がかかってないからと金額設定を低くしすぎたか。
 よもやこんなところで愚痴を聞かされるとは思いもしなかった。

「金額設定に問題がありましたか?」

「大有りだ。あんな値段で出されたら、その程度かと実際に狩猟しに行く。そして現実を知る。本宝治君、君の実力はもう十分に高い。いつまでも低ステータスのように振る舞うのは感心しないな。後に続くものは君の謙虚さによって痛い目を見るだろう。君の食材が世に出回ったと同時、病院内にも怪我人が流れ込んでくるようになった。おかげでこの試食会に連れてくるメンバーも規定よりだいぶ少ない」

 本来ならもっと多かったような口ぶり。

 そして今日連れてきたのは、病院勤務に不満を抱いてるスタッフ。間違いなく、本来組み込まれないメンバーだったように思う。

「つまり、どういうことだよ? あいにくこちとら学がないもんでな。回りくどい話は頭が痛くなっちまうんだよ」

 ヨッちゃんが俺の苦笑を受け取って糾弾した。

「いつまでも弱いつもりでいるなということさ。新しい時代の到来に、我々医療事業者も次のステップに進むべき時が来たと思い腰を上げた。それが本日の試食会に現れている」

「俺の持ち込んだ食材が、医療に大きな波を与えた、と言うことですか?」

「医療だけではない、探索者や、それに携わる者、それ以外にもダンジョンへ無理して押しかけるなんらかの力の奔流を感じる。安全な場所から危険な場所へ。そういう意味ではステータスの上昇はいいことばかりではないのだよ」

 それは確かにそうだ。
 今までダンジョンに寄りつこうとも思わなかった俺やヨッちゃんが、ダンジョンに入り浸るうちにそれが当たり前になっていた。

「良かれと思ってやったことが、裏目に出た気分です」

「別に私は君を責めている訳ではない。時代の節目に来てるんだ。そういう場合、たいてい人々の意識は大いなる意志によって流される。今回の場合、君が中心にいる事は確実だ。流されるのではなく、うまくコントロールする術を見つけるべきだ。前回の流れは八尾さんが築いた。ここまで言えばわかるな?」

「時代の節目に、特殊スキル持ちが現れる、と言うことでしょうか?」

「私は当事者ではないからわからん。だがこの宇都宮一帯が繁栄したのは間違いなく八尾さんのおかげでもある。君のいる場所が繁栄する時、君は誰かの意思に惑わされないでくれ。私から言えるのはそれだけだよ」

 ちょっとした立ち話をしたかのように、医師達は俺たちに頭を下げて他の場所へと移動した。

「すいません、城戸先生は悪い人ではないんですけど、何かと回りくどい人で」

「城戸?」

「なぁポンちゃん、城戸ってこの間Cランクで会った学生の相方じゃねぇか?」

「克人君? こんな偶然……あるのか」

「お知り合いでしたか?」

「まさか常連のお客さんのお父さんだとは。そう言えば今度家族を誘ってくると言われてた。まさかお医者さんとは知らず……」

 それ以前に、社交辞令だと思ってた挨拶が本音だとは。
 本当に表情から読み取れない人だな。

「それで今回お越しいただいた件ですが」

「何か問題が発生しましたか?」

「いえ、むしろ新食材に興味を持つスタッフが多くてですね。食材がどのように調理されるかを見てみたいと希望するスタッフが多くて」

「という事は?」

「本宝治さんのお料理の試食会を並行して行いたいと」

「良いんですか?」

「こちらからお願いしてるんです。それで大丈夫でしょうか? 以前却下した食材も併せてお願いしたくて……」

 この必死な感じ。
 もしかしてお偉いさんに適合食材が見つかった人がいたな?
 そして自分の食材も知りたいと集まった。

「そういう事でしたら。腕によりをかけて作りましょう」

「わぁ、ありがとうございます」

「実際に口に入れてみなければその食材の本質はわからないモノですからね」

 そう言って、俺はEランクダンジョンのモンスター食材から次々と仕上げていった。

「まずはスライム。こいつは食材としての価値が一番低いですが、俺ならばこうやってゼリー食感を生かして刺身、またはゼリー寄せにします」

「あれ、普通に美味い?」

「本当? あ、お店のものとはちょっと違うけど、寒天より柔らかく、ゼラチンよりなめらかで新しい食感だわ」

「そしてこいつが新しい形、スライムシュガーです」

 掲げたのは調味料。

 これで照り焼きを作り上げる。
 パンやレタス、ソースをかけて照り焼きチキンバーガーに。

「なんともカロリーの高そうなものが出てきましたな」

「そこはご心配無用、スライムを原料としてるので実質糖分もカロリーも0です」

「なら安心ね! こんなにボリューミーで美味しいスライム食材は初めてよ!」

 先程からベタ褒めの限りをしてくれる女性スタッフ。
 もしかしてスライム食材が適合食材なのだろうかという食べっぷりだった。

「うん、ノンカロリーでこの美味しさなら添加物として組み込んでも良さそうね。こちらは在庫の方は如何程かしら?」

「そちらは東京都の武蔵野市部に居るとある職員が加工してますので、在庫はそちらが一番把握してると思います。スライムさえ捕まえて貰えばすぐに変換可能ですから」

「本宝治さんは加工出来ないんですか?」

「俺の場合はこっちですね」

 スライムをミンサーで砕いて、そのまま腸詰め。
 そのまま茹で焼きして、ゴーストソルトを振って提供した。

「これは?」

「スライムのソーセージとなります」

「スライムを、ソーセージに? 謎が深まるばかりですが……案の定水っぽいですね」

「ですのでこちらの塩につけてお食べください」

「塩をかけた程度で、何が変わると……まぁ!」

 どうやら謎の水っぽさが引き締まってくれたようだ。

「驚いた、まるで別物です! このお塩は何なんですか?」

「こいつはゴーストを塩に加工したものとなります。こちらもまた」

「武蔵野支部ですのね?」

「はい。良いところですので、近くによったら顔を出してみてください」

「これは背に腹は変えられませんわね!」

 何がそこまでこの人を決意をさせるのか、俺にはわからない。

 ただ、この街が一番でそれ以外を疎んでいるような気配が見て取れる。

 時代の流れ、か。

 これは成功の裏でそれなりの葛藤も抱え込んでそうだ。

 八尾さんとそのお友達の探索者がこの街にもたらしたのは果たして恩恵か? はたまた呪いの類なのか。

 真綿で首を絞められるように、俺はじとりと背後に佇む気配に圧倒されていた。

 それはともかくとして、試食会の方は大成功と言えた。

 食材の提供は、屋台から直接繋いだ転送陣によって運ばれる。
 武蔵野支部か俺の屋台経由で荷物が持ち運ばれた。

 俺たちは城戸先生に忠告されたように、配信方法を見直した。
 リアルタイム配信ではなく、収録配信をメインに切り替える。

 もちろん今まで通りの配信もするが、そちらはランクを上げ切った後でも遅くないと、自分に言い聞かせた。
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