上 下
64 / 332
世話焼き侍従と訳あり王子 第四章

3-1 他人事かと言えばそうでもなく

しおりを挟む
「ベイカーは、霧の発生条件って知ってる?」
「気温が関係しているとは聞いたことがございますが、詳しい仕組みにつきましては寡聞にして存じません」
「海とか沿岸で起きる海霧とか、雨のあとに出る前線霧とか、細かく見れば場所によって発生するメカニズムはいろいろだけど、まぁ、おおむね水蒸気と冷気。でも、この国は海がないから海霧は見られないし、雨はよく降るけどなぜか霧は出ないんだよ」
「たしかに、この国で霧と言うものを目にしたことがございませんね。同じヨーロッパでも、イギリスなどは霧の都などと言いますが」
「あれはただのスモッグ。ロマンチックでもなんでもない」

 と言ったところで、エリオットは我に返った。

 ロマンチック? なんの話だっけ?

「ロマンチック、でございますか」

 しかもご丁寧にベイカーが復唱するから、なんだか恥ずかしいことを言ったような気になる。

「いい、ごめん忘れて」

 車に乗り込むなり突拍子のないことをべらべら喋ったかと思えば、むっつり黙り込むエリオットを、ベイカーがルームミラー越しに伺う。

 行きはイェオリが運転していたワーゲンの大型車。以前バッシュが拝借してきたレンジローバーと比べると、大きさはさほど変わらないが、ボンネットの塗装がハゲかけていたりずいぶん年季が入っている。聞けば、過去に出入りしていた業者の車らしく、王室を付け回すパパラッチにもマークされていないらしい。
 目立たない車、と言う希望と前後の座席に距離が保てる実用性を叶える選択だ。

「なにか、お心にかかることがございましたか」
「いや……」

 心配事があるとかではない。ただ、座りが悪い気分なのは確かだ。

 十年分の後悔やら自責の念やら、簡単にはろ過できない澱のようなものを抱えた者同士だと分かっているから、家族と向き合うのは憂うつだったのに、意外なほど腰を据えての母との対面に気後れを感じなかった。

 たぶん、ここにいるのが自分のためではないからだ。トラウマの克服とか、王子の責任を果たすとか、そんな立派な目的で選帝侯を引き受けたのではない。エリオットはただ、バッシュが望む出世の妨げにならないよう行動しただけで、そこに悲壮な覚悟なんて必要なかった。薄情なことを言えば、バッシュが衣装係に戻されず、努力に見合った評価さえされれば、サイラスから事故のことを責められようが、両親との間に溝があろうがかまわなかったのだ。

 それなのに――だからこそ、と言うべきか――純粋に再会を喜ばれ、当たり前のように彼らの世界の流れに組み込まれていることが落ち着かない。
 なんだろう、家出をしたはずなのに、帰ってみたら散歩くらいにしか思われてなかった、みたいな?

 それはあんまりだな。一気にいろんな問題が矮小化される気がする。

 でも、結局は家族の問題なのだ。それがイコールで国家の問題に直結するのが厄介なだけで。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。 全17話、約6万文字。

Candle

音和うみ
BL
虐待を受け人に頼って来れなかった子と、それに寄り添おうとする子のお話

pretty preschool teacher

フロイライン
BL
愛多幼稚園新人教諭の石川遥は、その美貌と優しい性格から、子供達は勿論のこと、その保護者からも圧倒的な支持が寄せられていた。 しかし、遥には誰にも言えない秘密があった…

成り行き番の溺愛生活

アオ
BL
タイトルそのままです 成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です 始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください オメガバースで独自の設定があるかもです 27歳×16歳のカップルです この小説の世界では法律上大丈夫です  オメガバの世界だからね それでもよければ読んでくださるとうれしいです

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

何故か正妻になった男の僕。

selen
BL
『側妻になった男の僕。』の続きです(⌒▽⌒) blさいこう✩.*˚主従らぶさいこう✩.*˚✩.*˚

【完結】お嬢様の身代わりで冷酷公爵閣下とのお見合いに参加した僕だけど、公爵閣下は僕を離しません

八神紫音
BL
 やりたい放題のわがままお嬢様。そんなお嬢様の付き人……いや、下僕をしている僕は、毎日お嬢様に虐げられる日々。  そんなお嬢様のために、旦那様は王族である公爵閣下との縁談を持ってくるが、それは初めから叶わない縁談。それに気付いたプライドの高いお嬢様は、振られるくらいなら、と僕に女装をしてお嬢様の代わりを果たすよう命令を下す。

偽物の僕。

れん
BL
偽物の僕。  この物語には性虐待などの虐待表現が多く使われております。 ご注意下さい。 優希(ゆうき) ある事きっかけで他人から嫌われるのが怖い 高校2年生 恋愛対象的に奏多が好き。 高校2年生 奏多(かなた) 優希の親友 いつも優希を心配している 高校2年生 柊叶(ひいらぎ かなえ) 優希の父親が登録している売春斡旋会社の社長 リアコ太客 ストーカー 登場人物は増えていく予定です。 増えたらまた紹介します。 かなり雑な書き方なので読みにくいと思います。

処理中です...