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世話焼き侍従と訳あり王子 第四章
2-6 疑問、ときどき、親子
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「ラスは、どうしておれを指名したか、母さんたちに話してない?」
「ええ。正直、あの子が何を考えているか、わたしにも分からないのよ。あの後すぐエドに電話をして聞いてみたけれど、寝耳に水だったみたい」
エリオットは片手で唇をなぞる。
それは、変だよな?
いくら選帝侯にだれを指名するかは本人の自由だと言っても、王太子の成婚の儀は国を挙げての一大行事だ。それに関わる重要事項を、サイラスはまったくの独断で決めたと言うのか。
以前のバッシュの口ぶりでは、おそらくだが侍従長なら理由を知っている。しかしその職責上、王への報告義務があるはずだ。サイラスと組んで、個人的なはかりごとをしているのでない限りは。
なにがしたいんだか。
気にはなるものの、両親も知らないことならここで悩んでも仕方がない。
エリオットは、再びグリーンの海へ視線を投げた。
縦横二メートル弱。何度も筆を重ねた跡が見えるこの一枚に、母はどれだけの時間を費やしたのだろう。
「大学まで行って勉強したものを、母さんはどうやって諦められた?」
「諦めたのではないわ。わたしの人生をかける対象が変わっただけ。自分が与えられる愛を注ぐべき相手と出会ったら、あとはもう理屈ではないのね」
「……そうだね」
すべての山にのぼれ、か。
理屈に合わないことをしている自覚はある。こうして王宮へ戻って来ることになるとは、ほんの一ヵ月前は夢にも思わなかった。それも、自分のため以外でだ。
エリオットが深く共感したのを、フェリシアは驚きをもって受け止めたようだった。
「小さかったあなたと、こんな話をするようになるなんて」
エリオットは、がっくりと両ひざの間に頭を落とす。
「おれ、もう二十三なんだけど」
「そうね。大きくなったわ。でもちょっと細いんじゃなくて? ちゃんと食べているの?」
大人の会話くらいする、と言うつもりで答えたのに、変な母親スイッチを押してしまったらしい。シリアスな空気はすっかり霧散してしまった。
「最近は。でも食べてたら三週間で四キロ太った」
バッシュの作る、三食整った食事――たまに夜食――のせいだ。
いつもの髪色チェックのとき鏡に映るあごが丸くなった気がして、しまい込んでいた体重計に乗ったら卒倒しかけた。
「まぁ。あなた自分で食事を作るの?」
「ラスが寄こした侍従だよ。ひと月くらいうちでハウスキーパーをしてて」
「いまどきの侍従は料理もするのね」
「どうかな。彼が無駄になんでもできるのかも。紅茶をいれるのとか、すごくうまくて驚いた」
あら、素敵。と頬に手をやるフェリシアに、そろそろ潮時かとエリオットは腰を上げた。長い時間座っていたわけではないのに、隣に座る母を見習って伸ばしていた背中が硬く凝っている。
「心配かけてごめん。ラスがなにを考えてるかは分からないけど、選帝侯の話しはちゃんと自分で決めたことだから」
だから大丈夫とは、まぁ、言える気はしないんだけど。
「エリオット」
「なに?」
「若いころは、ただ自分の見たきれいなものを表現したいと思って絵を描いていたわ。でもエドとだったら、一緒にきれいなものを眺めるのもいいかしらと思った。だから、わたしはこの部屋が嫌いではないのよ」
「……うん」
分かるよ。
だれがどう言う意図で与えたかは重要でなく、自分にとって確かに大事なもの。
エリオットにとって、バッシュがそうだ。
「ええ。正直、あの子が何を考えているか、わたしにも分からないのよ。あの後すぐエドに電話をして聞いてみたけれど、寝耳に水だったみたい」
エリオットは片手で唇をなぞる。
それは、変だよな?
いくら選帝侯にだれを指名するかは本人の自由だと言っても、王太子の成婚の儀は国を挙げての一大行事だ。それに関わる重要事項を、サイラスはまったくの独断で決めたと言うのか。
以前のバッシュの口ぶりでは、おそらくだが侍従長なら理由を知っている。しかしその職責上、王への報告義務があるはずだ。サイラスと組んで、個人的なはかりごとをしているのでない限りは。
なにがしたいんだか。
気にはなるものの、両親も知らないことならここで悩んでも仕方がない。
エリオットは、再びグリーンの海へ視線を投げた。
縦横二メートル弱。何度も筆を重ねた跡が見えるこの一枚に、母はどれだけの時間を費やしたのだろう。
「大学まで行って勉強したものを、母さんはどうやって諦められた?」
「諦めたのではないわ。わたしの人生をかける対象が変わっただけ。自分が与えられる愛を注ぐべき相手と出会ったら、あとはもう理屈ではないのね」
「……そうだね」
すべての山にのぼれ、か。
理屈に合わないことをしている自覚はある。こうして王宮へ戻って来ることになるとは、ほんの一ヵ月前は夢にも思わなかった。それも、自分のため以外でだ。
エリオットが深く共感したのを、フェリシアは驚きをもって受け止めたようだった。
「小さかったあなたと、こんな話をするようになるなんて」
エリオットは、がっくりと両ひざの間に頭を落とす。
「おれ、もう二十三なんだけど」
「そうね。大きくなったわ。でもちょっと細いんじゃなくて? ちゃんと食べているの?」
大人の会話くらいする、と言うつもりで答えたのに、変な母親スイッチを押してしまったらしい。シリアスな空気はすっかり霧散してしまった。
「最近は。でも食べてたら三週間で四キロ太った」
バッシュの作る、三食整った食事――たまに夜食――のせいだ。
いつもの髪色チェックのとき鏡に映るあごが丸くなった気がして、しまい込んでいた体重計に乗ったら卒倒しかけた。
「まぁ。あなた自分で食事を作るの?」
「ラスが寄こした侍従だよ。ひと月くらいうちでハウスキーパーをしてて」
「いまどきの侍従は料理もするのね」
「どうかな。彼が無駄になんでもできるのかも。紅茶をいれるのとか、すごくうまくて驚いた」
あら、素敵。と頬に手をやるフェリシアに、そろそろ潮時かとエリオットは腰を上げた。長い時間座っていたわけではないのに、隣に座る母を見習って伸ばしていた背中が硬く凝っている。
「心配かけてごめん。ラスがなにを考えてるかは分からないけど、選帝侯の話しはちゃんと自分で決めたことだから」
だから大丈夫とは、まぁ、言える気はしないんだけど。
「エリオット」
「なに?」
「若いころは、ただ自分の見たきれいなものを表現したいと思って絵を描いていたわ。でもエドとだったら、一緒にきれいなものを眺めるのもいいかしらと思った。だから、わたしはこの部屋が嫌いではないのよ」
「……うん」
分かるよ。
だれがどう言う意図で与えたかは重要でなく、自分にとって確かに大事なもの。
エリオットにとって、バッシュがそうだ。
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