63 / 332
世話焼き侍従と訳あり王子 第四章
2-6 疑問、ときどき、親子
しおりを挟む
「ラスは、どうしておれを指名したか、母さんたちに話してない?」
「ええ。正直、あの子が何を考えているか、わたしにも分からないのよ。あの後すぐエドに電話をして聞いてみたけれど、寝耳に水だったみたい」
エリオットは片手で唇をなぞる。
それは、変だよな?
いくら選帝侯にだれを指名するかは本人の自由だと言っても、王太子の成婚の儀は国を挙げての一大行事だ。それに関わる重要事項を、サイラスはまったくの独断で決めたと言うのか。
以前のバッシュの口ぶりでは、おそらくだが侍従長なら理由を知っている。しかしその職責上、王への報告義務があるはずだ。サイラスと組んで、個人的なはかりごとをしているのでない限りは。
なにがしたいんだか。
気にはなるものの、両親も知らないことならここで悩んでも仕方がない。
エリオットは、再びグリーンの海へ視線を投げた。
縦横二メートル弱。何度も筆を重ねた跡が見えるこの一枚に、母はどれだけの時間を費やしたのだろう。
「大学まで行って勉強したものを、母さんはどうやって諦められた?」
「諦めたのではないわ。わたしの人生をかける対象が変わっただけ。自分が与えられる愛を注ぐべき相手と出会ったら、あとはもう理屈ではないのね」
「……そうだね」
すべての山にのぼれ、か。
理屈に合わないことをしている自覚はある。こうして王宮へ戻って来ることになるとは、ほんの一ヵ月前は夢にも思わなかった。それも、自分のため以外でだ。
エリオットが深く共感したのを、フェリシアは驚きをもって受け止めたようだった。
「小さかったあなたと、こんな話をするようになるなんて」
エリオットは、がっくりと両ひざの間に頭を落とす。
「おれ、もう二十三なんだけど」
「そうね。大きくなったわ。でもちょっと細いんじゃなくて? ちゃんと食べているの?」
大人の会話くらいする、と言うつもりで答えたのに、変な母親スイッチを押してしまったらしい。シリアスな空気はすっかり霧散してしまった。
「最近は。でも食べてたら三週間で四キロ太った」
バッシュの作る、三食整った食事――たまに夜食――のせいだ。
いつもの髪色チェックのとき鏡に映るあごが丸くなった気がして、しまい込んでいた体重計に乗ったら卒倒しかけた。
「まぁ。あなた自分で食事を作るの?」
「ラスが寄こした侍従だよ。ひと月くらいうちでハウスキーパーをしてて」
「いまどきの侍従は料理もするのね」
「どうかな。彼が無駄になんでもできるのかも。紅茶をいれるのとか、すごくうまくて驚いた」
あら、素敵。と頬に手をやるフェリシアに、そろそろ潮時かとエリオットは腰を上げた。長い時間座っていたわけではないのに、隣に座る母を見習って伸ばしていた背中が硬く凝っている。
「心配かけてごめん。ラスがなにを考えてるかは分からないけど、選帝侯の話しはちゃんと自分で決めたことだから」
だから大丈夫とは、まぁ、言える気はしないんだけど。
「エリオット」
「なに?」
「若いころは、ただ自分の見たきれいなものを表現したいと思って絵を描いていたわ。でもエドとだったら、一緒にきれいなものを眺めるのもいいかしらと思った。だから、わたしはこの部屋が嫌いではないのよ」
「……うん」
分かるよ。
だれがどう言う意図で与えたかは重要でなく、自分にとって確かに大事なもの。
エリオットにとって、バッシュがそうだ。
「ええ。正直、あの子が何を考えているか、わたしにも分からないのよ。あの後すぐエドに電話をして聞いてみたけれど、寝耳に水だったみたい」
エリオットは片手で唇をなぞる。
それは、変だよな?
いくら選帝侯にだれを指名するかは本人の自由だと言っても、王太子の成婚の儀は国を挙げての一大行事だ。それに関わる重要事項を、サイラスはまったくの独断で決めたと言うのか。
以前のバッシュの口ぶりでは、おそらくだが侍従長なら理由を知っている。しかしその職責上、王への報告義務があるはずだ。サイラスと組んで、個人的なはかりごとをしているのでない限りは。
なにがしたいんだか。
気にはなるものの、両親も知らないことならここで悩んでも仕方がない。
エリオットは、再びグリーンの海へ視線を投げた。
縦横二メートル弱。何度も筆を重ねた跡が見えるこの一枚に、母はどれだけの時間を費やしたのだろう。
「大学まで行って勉強したものを、母さんはどうやって諦められた?」
「諦めたのではないわ。わたしの人生をかける対象が変わっただけ。自分が与えられる愛を注ぐべき相手と出会ったら、あとはもう理屈ではないのね」
「……そうだね」
すべての山にのぼれ、か。
理屈に合わないことをしている自覚はある。こうして王宮へ戻って来ることになるとは、ほんの一ヵ月前は夢にも思わなかった。それも、自分のため以外でだ。
エリオットが深く共感したのを、フェリシアは驚きをもって受け止めたようだった。
「小さかったあなたと、こんな話をするようになるなんて」
エリオットは、がっくりと両ひざの間に頭を落とす。
「おれ、もう二十三なんだけど」
「そうね。大きくなったわ。でもちょっと細いんじゃなくて? ちゃんと食べているの?」
大人の会話くらいする、と言うつもりで答えたのに、変な母親スイッチを押してしまったらしい。シリアスな空気はすっかり霧散してしまった。
「最近は。でも食べてたら三週間で四キロ太った」
バッシュの作る、三食整った食事――たまに夜食――のせいだ。
いつもの髪色チェックのとき鏡に映るあごが丸くなった気がして、しまい込んでいた体重計に乗ったら卒倒しかけた。
「まぁ。あなた自分で食事を作るの?」
「ラスが寄こした侍従だよ。ひと月くらいうちでハウスキーパーをしてて」
「いまどきの侍従は料理もするのね」
「どうかな。彼が無駄になんでもできるのかも。紅茶をいれるのとか、すごくうまくて驚いた」
あら、素敵。と頬に手をやるフェリシアに、そろそろ潮時かとエリオットは腰を上げた。長い時間座っていたわけではないのに、隣に座る母を見習って伸ばしていた背中が硬く凝っている。
「心配かけてごめん。ラスがなにを考えてるかは分からないけど、選帝侯の話しはちゃんと自分で決めたことだから」
だから大丈夫とは、まぁ、言える気はしないんだけど。
「エリオット」
「なに?」
「若いころは、ただ自分の見たきれいなものを表現したいと思って絵を描いていたわ。でもエドとだったら、一緒にきれいなものを眺めるのもいいかしらと思った。だから、わたしはこの部屋が嫌いではないのよ」
「……うん」
分かるよ。
だれがどう言う意図で与えたかは重要でなく、自分にとって確かに大事なもの。
エリオットにとって、バッシュがそうだ。
58
お気に入りに追加
437
あなたにおすすめの小説
愛され末っ子
西条ネア
BL
本サイトでの感想欄は感想のみでお願いします。全ての感想に返答します。
リクエストはTwitter(@NeaSaijou)にて受付中です。また、小説のストーリーに関するアンケートもTwitterにて行います。
(お知らせは本編で行います。)
********
上園琉架(うえぞの るか)四男 理斗の双子の弟 虚弱 前髪は後々左に流し始めます。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い赤みたいなのアースアイ 後々髪の毛を肩口くらいまで伸ばしてゆるく結びます。アレルギー多め。その他の設定は各話で出てきます!
上園理斗(うえぞの りと)三男 琉架の双子の兄 琉架が心配 琉架第一&大好き 前髪は後々右に流します。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い緑みたいなアースアイ 髪型はずっと短いままです。 琉架の元気もお母さんのお腹の中で取っちゃった、、、
上園静矢 (うえぞの せいや)長男 普通にサラッとイケメン。なんでもできちゃうマン。でも弟(特に琉架)絡むと残念。弟達溺愛。深い青色の瞳。髪の毛の色はご想像にお任せします。
上園竜葵(うえぞの りゅうき)次男 ツンデレみたいな、考えと行動が一致しないマン。でも弟達大好きで奮闘して玉砕する。弟達傷つけられたら、、、 深い青色の瞳。兄貴(静矢)と一個差 ケンカ強い でも勉強できる。料理は壊滅的
上園理玖斗(うえぞの りくと)父 息子達大好き 藍羅(あいら・妻)も愛してる 家族傷つけるやつ許さんマジ 琉架の身体が弱すぎて心配 深い緑の瞳。普通にイケメン
上園藍羅(うえぞの あいら) 母 子供達、夫大好き 母は強し、の具現化版 美人さん 息子達(特に琉架)傷つけるやつ許さんマジ。
てか普通に上園家の皆さんは顔面偏差値馬鹿高いです。
(特に琉架)の部分は家族の中で順列ができているわけではなく、特に琉架になる場面が多いという意味です。
琉架の従者
遼(はる)琉架の10歳上
理斗の従者
蘭(らん)理斗の10歳上
その他の従者は後々出します。
虚弱体質な末っ子・琉架が家族からの寵愛、溺愛を受ける物語です。
前半、BL要素少なめです。
この作品は作者の前作と違い毎日更新(予定)です。
できないな、と悟ったらこの文は消します。
※琉架はある一定の時期から体の成長(精神も若干)がなくなる設定です。詳しくはその時に補足します。
皆様にとって最高の作品になりますように。
※作者の近況状況欄は要チェックです!
西条ネア
【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。
白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。
最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。
(同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!)
(勘違いだよな? そうに決まってる!)
気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
突然異世界転移させられたと思ったら騎士に拾われて執事にされて愛されています
ブラフ
BL
学校からの帰宅中、突然マンホールが光って知らない場所にいた神田伊織は森の中を彷徨っていた
魔獣に襲われ通りかかった騎士に助けてもらったところ、なぜだか騎士にいたく気に入られて屋敷に連れて帰られて執事となった。
そこまではよかったがなぜだか騎士に別の意味で気に入られていたのだった。
だがその騎士にも秘密があった―――。
その秘密を知り、伊織はどう決断していくのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる