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9.-15
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──ユリアスが去ったあと、私はなんとなくもう一度横になって、そうした途端にまたとろとろと眠ってしまったらしい。
さすがにさらに一昼夜眠るほど眠かったわけではないようだけれど、起きたらとっぷりと日が暮れていた。私を起こさないようにか、カーテンを閉めに来た様子もない。だから窓からはちらちらと夜景が見えていて、時間の経過を私に思い起こさせる。
今何時だろう、夕食を一緒に、と言っていたけれど、ユリアスを待たせたりしていないだろうか。
急に気になって飛び起きた私は、熱は幸い引いていることを自覚した。からだが軽い(ちなみに違和感はまだあちこち残っているが)。呼び鈴でケイティ以下侍女さん達に来て頂き、だいぶ調子がよくなったこと、ユリアスが一緒に夕食をと言ってくれているので着替えて待ちたいことを伝えると、彼女らは得たりとばかりに頷き、ドンびくほどにはりきって私の身支度を整えた。
濃い緑色。首の後ろで大きくリボンを結ぶ形で、バックレスドレス、というのが早いか。夏でもないのにまさかこれはないよねと思っていたら、透けそうで透けない、柔らかでとても軽い素材の金糸を織り込んだ、同系色の、もっと薄い緑色の上衣を羽織らされる。左腕の傷には気の毒そうに眉を顰めていて、痛くないように、そして包帯を巻いていることがわからないようにと気を使ってくれたらしい。首の中心に大きなエメラルドの胸飾りをとめつけ、髪を少しだけすくって結い上げ、お揃いの耳飾り、指輪、腕輪をして完成だ。
全身の水玉模様は当然ながらまだ消えてはいないけれど(みられるのは恥ずかしいけれどあえて無視してみた。もちろん、ケイティ以下誰も顔色一つ変えなかった。プロである)、この衣裳は絶妙にそのあたりは隠している。ホルターネックだから胸元は覆っているし、それこそ肌が丸見えの背中は羽織りで隠されているわけだし侍女さん達のコーディネートは実にそつがない。今回はあまり胸も開いていないし、お綺麗ですと口々に褒めそやされ、私はご機嫌でお礼を言った(胸の大きさは強調されているような気がしないでもないが、それには目を瞑ることにする)。
──そして、現在。
本人いわく「頑張って早く帰ってきた」ユリアスと楽しく食事をしていたら、廊下がざわざわし始めたのだ。お待ちをとかおとどまりをとか主の許しなくこれ以上は!とか不穏な言葉が切れ切れに聞こえてくる。
似たようなシチュが以前にもあったな、と思いつつユリアスを見れば、苦虫を百匹ほどかみつぶしたような顔をしていて、舌打ちをしながら扉に顔を向けるのと同時に、バタン!と勢いよく扉が開いて、金色緋色、華やかな二色が視界に飛び込んできた。
「……レオン様、シグルド様」
なんと、二人そろって公爵様がお出ましである。
よほど急いだのだろうか、二人とも少々肩で息をしている。
彼らはユリアスのほうを見ることもなく「邪魔するぞユリアス!」と、いかにも口先だけで断りをいれてから私のほうを向きなおり、リヴェア!と二人同時に私を呼んだ。
ユリアス様、接近禁止令は?と目で問いかけると、正確に私の意向を捉えたユリアスは憮然とした面持ちで逆に煽ってしまったようだと呟いた。
「見てのとおり食事中だ」
うんざり顔でユリアスは言った。
「案内も乞わず。いつからお前達は無法者になった?」
「無法者扱いされたからだ」
レオン様は鼻で笑って答えた。
「接近禁止令を出されるほどだからな!」
「で、強行突破させてもらった」
レオン様よりは厳かに、シグルド様が締めくくった。
そして、二人そろって私を見た。
それはもうじいっと見つめられた。
じー、っていう擬音が聞こえてきそうなほど。
……いたたまれなくなって、私はカトラリーを置いた。
「リーヴァ、熱は引いたのか?」
長い沈黙ののち、レオン様は言った。
意外にも、穏やかな静かな声。
発熱の原因を思えば美辞麗句を言う気にはさすがになれない。つまり、「ご心配をおかけしました」とか「おかげさまでもう大丈夫です」とか。
けれど、心配して下さっていることはよくわかったので、私は小さく、はい、とだけ返答した。
よかった、と二人そろって呟き、見た目にもほっとしたように脱力している。
……暴走を詫びにきてくれたのだろうか。
心配そうな眼差し、穏やかな声、私の素っ気ない返答ひとつにさえ明らかに安堵したらしい様子。
それらを見るにつけ、あまり仏頂面ではよくないだろうかと思い始める自分がいる。
胸がちくりと痛む。
何かもうちょっと言うべきかな、と考えていると、
「顔を見て安心したならもう帰れ」
ユリアスの超絶不機嫌な声がとんだ。
彼はオルギールではないけれど、声音だけで室温が下がりそうなほどに冷たい。
とたんに、二人の公爵の眉が跳ね上がる。
「なぜそんなことをお前に命令されなければならない?」
と、レオン様はあからさまにムッとして言った。
そのとおり、とシグルド様も頷いている。
「それに、だ」
レオン様は濃い金色の瞳を鋭く光らせてユリアスを威圧する。
無論、ユリアスは平然とそれを見返しているけれど。
お食事は冷めるし二人は立ったままだし。……色々いたたまれない。
「リヴェアは俺の恋人だ。まだお前は本来なら夫候補に過ぎん」
「その恋人にお前は何をした」
ユリアスはそう切り返して立ち上がった。
ゆっくりと私に近づき、そっと私の肩を抱く。
からだを硬くしたまま、でもユリアスの手を払うこともなくじっとしていると、レオン様はリヴェア、と口の中だけで呟いた。
ユリアスに向けられていた鋭い視線が、私に対しては困惑したように揺らぎ、その力を失っている。
「……確かに俺はまだ本当の恋人にはなっていない。姫のことではお前が先んじていて、俺やシグルドが一歩引くべきであることも認めよう。だが、軍人として鍛えた姫が高熱を出すほどの無理を強いるとは恋人に対する行為としてどうなのか」
「それは反省している」
「俺もだ。こころからすまなかったと思う」
レオン様は神妙に言い、少し口を噤んでいたシグルド様も言葉を添えた。
「ついでに言うと」
ユリアスは一気に沈静化した二人に対して言いたいことを言ってしまおうと思ったらしい。
卓上の杯を取り上げ、葡萄酒で喉を潤してからあらためて二人に向き直る。
「姫が拒まないのをいいことに強引過ぎはしないか、レオン、シグルド。姫は慎ましい、恥ずかしがりなのに」
「そんなことはわかっている」
「わかっているくせに見せつけるように姫を抱いて。さらには一度に複数で」
「ちょっと、ユリアス」
「オルギールまで呼んで。どうせあいつのことだ。技巧の限りを尽くして姫を蕩かせたあげく、お前達も煽られて三人全員で暴走を」
「ユリアス!やめて!!」
私は割って入った。
なんですかこれは。猥談ですよ!本人の前で真剣に蒸し返さないで下さい!
「なぜ、姫」
ユリアスは真面目に怒っているらしく、途中で遮られて不服そうだ。
いやいや、相当えっちなことを口にしていたのですよ。自覚がないのでしょうか。
「こいつらが神妙になることなんてめったにない。言うべきことはいわんとあんたは丸め込まれるぞ」
「お気持ちはありがたいのですが恥ずかしいのでお止め下さい」
私はきっぱりはっきり、言った。
ユリアスは私の意向を無視してまで言い募るつもりはなかったらしく、黙ってはくれたものの暗緑色の瞳を眇めて私を眺め、胡乱気な視線を送っている。
私は少し呼吸を整えて、黙ってつったっている二人を見上げた。
「……お二人とも、お食事は?」
平服に着替えてもいない彼らである。どうせ執務を終えるなりこちらへ来たのだろう。
疲れているのだろうに、私が心配なのかユリアスに文句を言いに来たのかその両方なのか、すきっ腹であることはたぶん確定だ。
まだだ、と案の定二人は首を横に振った。
やっぱり。
ユリアスに、「とりあえず二人も一緒に食事を」とお願いしようと思ったのだけれど、
「姫、そこだ、そういうところだ。つけあがらせるな」
私が何か口にするより先にユリアスは機先を制した。
ムチのような厳しい声である。
「あんたは優しい。言いたいことは言うし気が強いくせに情に脆い。ここで仲良く三人で食事などしてみろ。あっと言う間に絆されて、あんたまた次回からは閨でやられ放題だ」
「ちょっとまたなんてヤらしいこと」
ユリアスは厳しい顔と声でまたとんでもないことを言う。
一種の言葉責めではあるまいかとわたわたしていると、ふう、とため息が一つ二つ、聞こえた。
この二人がため息を?と見上げると、先に目があったシグルド様は眉を下げ、空色の瞳を伏目がちにしながら、
「食事をしに来たのではない。姫の顔が見たくて。姫に詫びたくて」
と言った。
「俺もだ、リーヴァ」
レオン様も頷き、私の傍に歩を進めると、すい、となんと床に片膝をつく。
同じく、シグルド様も膝をついた。
「あの、レオン様、シグルド様」
「リヴェア」
腰を浮かせかけるのをレオン様は押し留め、真剣な眼差しを私に向ける。
「悪かった。すまない、リヴェア」
レオン様は私の衣裳の裾をそっと押し頂くように手に取った。
「多数の間者が入ったと聞いていたら、君が襲撃されたと聞いて。……負傷していて頭に血が上っていた上に。……結婚を早めることが決まったし、前の晩オルギールが君を貪り食らったのも知っていたし……愛しくて、対抗心で、歯止めがきかなくて」
「俺はもっと単純だ」
シグルド様は目を伏せたまま言う。
「久しぶりにあなたを見て嬉しくて。結婚は早められることになったし。……寝所に行ってしまったらもう我慢などできなかったしするつもりはなかった。……姫。……リヴェア」
「はい」
思わず返事をしてしまった。
名前呼びまでされてしまった。私の肩に乗せられたままのユリアスの手がわずかに反応する。
シグルド様の空色の瞳が下から私をまっすぐに捉えた。
「暴走したのは申し訳なかった。心からお詫び申し上げる。けれど、リヴェア。……抱いたことは詫びない。ずっと欲しかったから。俺はそう言っていたはずだ」
「はあ……」
詫びつつ開き直るというハイテクニックを披露するシグルド様は真剣な面持ちだ。
「俺を受け容れてくれてありがとう、リヴェア。……俺は詫びだけじゃない、礼も言いたかった。そしてどんなに俺が満たされたかも」
ありがとう、姫。そう言いつつ、最後にはシグルド様はなんと私の靴にくちづけを落した。
「……あの、お二人とも、まずお顔を上げて下さい」
公爵様方二人を跪かせて楽しむ趣味は私にはない。
それに、正直なところ、詫びてほしい、と思っていたわけでもないのだ。
いきなりの公開プレイは恥ずかしかったし、複数もたいへんな衝撃だった。後ろの開発は言わずもがなである。
でも私はこどもではない。
イヤならちゃんとイヤと言えばよいのだ。
いつもオルギールが言っている(本当に、オルギールは色々な意味で容赦がない)。イヤならちゃんと意思表示しろと。
そのとおりだ。驚いたし恥ずかしいし想像を絶する破廉恥さだったけれど、あれは強姦されたわけではない(まあ、合意の上と言われてもおおいに異議があるけれど)。
ゆっくり、距離を縮めて行きたかった。
そして、私の戸惑いをもっと理解してほしかった。
一妻多夫をどうにか納得したところへいきなり実情を伴わされて困惑してしまったのだ。
それに、今後はほとんど毎晩みんなでヤるのだろうか、とか。
……私も膝をついた。驚いて顔を上げた二人に、そういった自分の想いをぽつぽつと伝えた。
「……だから、レオン様、シグルド様。少し時間を下さい。……気持ちを整理する時間を」
「それなら俺の城でもよかろうに」
すかさず、レオン様が言う。
思わず私は吹き出しつつ、
「ちょっと環境を変えることも重要だと思いますので」
「ならば俺の城などうってつけだ、姫。まだ泊っていったことはないだろう?」
シグルド様が勢い込んで言う。
「あなたの部屋はもう作らせた。あなたを迎える準備は全て整っている」
「そのうちに、シグルド様。必ず」
「そのうち、とはいつだ、姫」
「そのうちはそのうちだ、シグルド。しつこい男は嫌われるぞ」
とうとうたまりかねたらしい。むすっとしていたユリアスは私を立ちあがらせながら口を挟んだ。
「……ったく、結局口説きに来ただけではないか」
私の衣裳の膝を払ってくれながら、そっと椅子に腰かけさせてくれる。
「レオンもシグルドも。食事をするなら支度させるがどうする」
「せっかくだが俺は失礼する」
「俺もだ。仕事の途中だ」
三人の纏う雰囲気がようやく通常どおりになってほっとしていると、私のつむじに唇が押しあてられた。
「レオン様?」
「リーヴァ、とりあえず熱が下がってよかった。……今日は帰るが、また来るから」
来なくていい、とユリアスが聞えよがしに言ったけれど、レオン様は当然スルーだ。
「ゆっくり眠れ、リーヴァ。ユリアスにもイヤなことはイヤと言っていいんだぞ」
「はあ」
どういう意味だ、俺は無体はせんぞとユリアスが抗議している。
「お休み、リーヴァ」
「レオン様、おやすみなさい」
「……姫、俺も挨拶を」
もう一度名残惜しそうにくちづけをしようとするレオン様を悠然と突き飛ばしながら、シグルド様は私の手を掬ってきゅっと握りしめた。
なんだお前強引だな、とレオン様が文句を言う。
「熱は下がった時に特に安静にと聞く。ゆっくり休まれよ、姫。……ユリアスが世話を焼きたがるだろうが恩義に感じることはない。勝手に世話をさせておけ。ここは旅籠だと思えばいいのだ」
絆される必要はないと言い切り、シグルド様は私の手に唇をあて、指の股をそっと舐めた。
失礼にもほどがあるシグルド、早く帰れとユリアスのご機嫌がまた急降下だ。
ようやく二人は踵を返したのだけれど、何となく立ち去り難い風情で何度も振り向き、また来るからとか今日の衣裳もよく似合っているが色が問題だとか口々に勝手なことを言っている。
食事を続けるように私に言って、ユリアスは二人の背中を急き立てるようにしながら一緒に部屋を出て行った。「ちゃんと城を出たかどうか見届ける!」と宣言して。
……ふう、と思わずため息が出た。
別に憂鬱とかそういうものではないけれど、公爵様方はやはりとにかく押しが強いので、熱が下がったばかりの自分には体力気力共に少々削られたらしい。
ユリアスは続けるよう言ってくれたけれど、ひとりで豪華な食事をしても楽しくはない。
初めからひとりならそのつもりで頂くのだけれど、二人分給仕されている卓上を見ながらひとりで食べるのは寂しいものだ。
戻るまで時間を潰そう。
私は以前に案内された空中庭園へ向かうことにした。
こじんまりした食事の間は前に朝昼兼用を頂いた時の部屋だ。
今は夜だけれど、空中庭園は美しく照明に照らされていて昼間とは異なる美しさだろう。
──席を立って窓辺に近寄り、私が窓を開けるよりも一足早く。
窓の外側に黒い人影が立った。
さすがにさらに一昼夜眠るほど眠かったわけではないようだけれど、起きたらとっぷりと日が暮れていた。私を起こさないようにか、カーテンを閉めに来た様子もない。だから窓からはちらちらと夜景が見えていて、時間の経過を私に思い起こさせる。
今何時だろう、夕食を一緒に、と言っていたけれど、ユリアスを待たせたりしていないだろうか。
急に気になって飛び起きた私は、熱は幸い引いていることを自覚した。からだが軽い(ちなみに違和感はまだあちこち残っているが)。呼び鈴でケイティ以下侍女さん達に来て頂き、だいぶ調子がよくなったこと、ユリアスが一緒に夕食をと言ってくれているので着替えて待ちたいことを伝えると、彼女らは得たりとばかりに頷き、ドンびくほどにはりきって私の身支度を整えた。
濃い緑色。首の後ろで大きくリボンを結ぶ形で、バックレスドレス、というのが早いか。夏でもないのにまさかこれはないよねと思っていたら、透けそうで透けない、柔らかでとても軽い素材の金糸を織り込んだ、同系色の、もっと薄い緑色の上衣を羽織らされる。左腕の傷には気の毒そうに眉を顰めていて、痛くないように、そして包帯を巻いていることがわからないようにと気を使ってくれたらしい。首の中心に大きなエメラルドの胸飾りをとめつけ、髪を少しだけすくって結い上げ、お揃いの耳飾り、指輪、腕輪をして完成だ。
全身の水玉模様は当然ながらまだ消えてはいないけれど(みられるのは恥ずかしいけれどあえて無視してみた。もちろん、ケイティ以下誰も顔色一つ変えなかった。プロである)、この衣裳は絶妙にそのあたりは隠している。ホルターネックだから胸元は覆っているし、それこそ肌が丸見えの背中は羽織りで隠されているわけだし侍女さん達のコーディネートは実にそつがない。今回はあまり胸も開いていないし、お綺麗ですと口々に褒めそやされ、私はご機嫌でお礼を言った(胸の大きさは強調されているような気がしないでもないが、それには目を瞑ることにする)。
──そして、現在。
本人いわく「頑張って早く帰ってきた」ユリアスと楽しく食事をしていたら、廊下がざわざわし始めたのだ。お待ちをとかおとどまりをとか主の許しなくこれ以上は!とか不穏な言葉が切れ切れに聞こえてくる。
似たようなシチュが以前にもあったな、と思いつつユリアスを見れば、苦虫を百匹ほどかみつぶしたような顔をしていて、舌打ちをしながら扉に顔を向けるのと同時に、バタン!と勢いよく扉が開いて、金色緋色、華やかな二色が視界に飛び込んできた。
「……レオン様、シグルド様」
なんと、二人そろって公爵様がお出ましである。
よほど急いだのだろうか、二人とも少々肩で息をしている。
彼らはユリアスのほうを見ることもなく「邪魔するぞユリアス!」と、いかにも口先だけで断りをいれてから私のほうを向きなおり、リヴェア!と二人同時に私を呼んだ。
ユリアス様、接近禁止令は?と目で問いかけると、正確に私の意向を捉えたユリアスは憮然とした面持ちで逆に煽ってしまったようだと呟いた。
「見てのとおり食事中だ」
うんざり顔でユリアスは言った。
「案内も乞わず。いつからお前達は無法者になった?」
「無法者扱いされたからだ」
レオン様は鼻で笑って答えた。
「接近禁止令を出されるほどだからな!」
「で、強行突破させてもらった」
レオン様よりは厳かに、シグルド様が締めくくった。
そして、二人そろって私を見た。
それはもうじいっと見つめられた。
じー、っていう擬音が聞こえてきそうなほど。
……いたたまれなくなって、私はカトラリーを置いた。
「リーヴァ、熱は引いたのか?」
長い沈黙ののち、レオン様は言った。
意外にも、穏やかな静かな声。
発熱の原因を思えば美辞麗句を言う気にはさすがになれない。つまり、「ご心配をおかけしました」とか「おかげさまでもう大丈夫です」とか。
けれど、心配して下さっていることはよくわかったので、私は小さく、はい、とだけ返答した。
よかった、と二人そろって呟き、見た目にもほっとしたように脱力している。
……暴走を詫びにきてくれたのだろうか。
心配そうな眼差し、穏やかな声、私の素っ気ない返答ひとつにさえ明らかに安堵したらしい様子。
それらを見るにつけ、あまり仏頂面ではよくないだろうかと思い始める自分がいる。
胸がちくりと痛む。
何かもうちょっと言うべきかな、と考えていると、
「顔を見て安心したならもう帰れ」
ユリアスの超絶不機嫌な声がとんだ。
彼はオルギールではないけれど、声音だけで室温が下がりそうなほどに冷たい。
とたんに、二人の公爵の眉が跳ね上がる。
「なぜそんなことをお前に命令されなければならない?」
と、レオン様はあからさまにムッとして言った。
そのとおり、とシグルド様も頷いている。
「それに、だ」
レオン様は濃い金色の瞳を鋭く光らせてユリアスを威圧する。
無論、ユリアスは平然とそれを見返しているけれど。
お食事は冷めるし二人は立ったままだし。……色々いたたまれない。
「リヴェアは俺の恋人だ。まだお前は本来なら夫候補に過ぎん」
「その恋人にお前は何をした」
ユリアスはそう切り返して立ち上がった。
ゆっくりと私に近づき、そっと私の肩を抱く。
からだを硬くしたまま、でもユリアスの手を払うこともなくじっとしていると、レオン様はリヴェア、と口の中だけで呟いた。
ユリアスに向けられていた鋭い視線が、私に対しては困惑したように揺らぎ、その力を失っている。
「……確かに俺はまだ本当の恋人にはなっていない。姫のことではお前が先んじていて、俺やシグルドが一歩引くべきであることも認めよう。だが、軍人として鍛えた姫が高熱を出すほどの無理を強いるとは恋人に対する行為としてどうなのか」
「それは反省している」
「俺もだ。こころからすまなかったと思う」
レオン様は神妙に言い、少し口を噤んでいたシグルド様も言葉を添えた。
「ついでに言うと」
ユリアスは一気に沈静化した二人に対して言いたいことを言ってしまおうと思ったらしい。
卓上の杯を取り上げ、葡萄酒で喉を潤してからあらためて二人に向き直る。
「姫が拒まないのをいいことに強引過ぎはしないか、レオン、シグルド。姫は慎ましい、恥ずかしがりなのに」
「そんなことはわかっている」
「わかっているくせに見せつけるように姫を抱いて。さらには一度に複数で」
「ちょっと、ユリアス」
「オルギールまで呼んで。どうせあいつのことだ。技巧の限りを尽くして姫を蕩かせたあげく、お前達も煽られて三人全員で暴走を」
「ユリアス!やめて!!」
私は割って入った。
なんですかこれは。猥談ですよ!本人の前で真剣に蒸し返さないで下さい!
「なぜ、姫」
ユリアスは真面目に怒っているらしく、途中で遮られて不服そうだ。
いやいや、相当えっちなことを口にしていたのですよ。自覚がないのでしょうか。
「こいつらが神妙になることなんてめったにない。言うべきことはいわんとあんたは丸め込まれるぞ」
「お気持ちはありがたいのですが恥ずかしいのでお止め下さい」
私はきっぱりはっきり、言った。
ユリアスは私の意向を無視してまで言い募るつもりはなかったらしく、黙ってはくれたものの暗緑色の瞳を眇めて私を眺め、胡乱気な視線を送っている。
私は少し呼吸を整えて、黙ってつったっている二人を見上げた。
「……お二人とも、お食事は?」
平服に着替えてもいない彼らである。どうせ執務を終えるなりこちらへ来たのだろう。
疲れているのだろうに、私が心配なのかユリアスに文句を言いに来たのかその両方なのか、すきっ腹であることはたぶん確定だ。
まだだ、と案の定二人は首を横に振った。
やっぱり。
ユリアスに、「とりあえず二人も一緒に食事を」とお願いしようと思ったのだけれど、
「姫、そこだ、そういうところだ。つけあがらせるな」
私が何か口にするより先にユリアスは機先を制した。
ムチのような厳しい声である。
「あんたは優しい。言いたいことは言うし気が強いくせに情に脆い。ここで仲良く三人で食事などしてみろ。あっと言う間に絆されて、あんたまた次回からは閨でやられ放題だ」
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ユリアスは厳しい顔と声でまたとんでもないことを言う。
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と言った。
「俺もだ、リーヴァ」
レオン様も頷き、私の傍に歩を進めると、すい、となんと床に片膝をつく。
同じく、シグルド様も膝をついた。
「あの、レオン様、シグルド様」
「リヴェア」
腰を浮かせかけるのをレオン様は押し留め、真剣な眼差しを私に向ける。
「悪かった。すまない、リヴェア」
レオン様は私の衣裳の裾をそっと押し頂くように手に取った。
「多数の間者が入ったと聞いていたら、君が襲撃されたと聞いて。……負傷していて頭に血が上っていた上に。……結婚を早めることが決まったし、前の晩オルギールが君を貪り食らったのも知っていたし……愛しくて、対抗心で、歯止めがきかなくて」
「俺はもっと単純だ」
シグルド様は目を伏せたまま言う。
「久しぶりにあなたを見て嬉しくて。結婚は早められることになったし。……寝所に行ってしまったらもう我慢などできなかったしするつもりはなかった。……姫。……リヴェア」
「はい」
思わず返事をしてしまった。
名前呼びまでされてしまった。私の肩に乗せられたままのユリアスの手がわずかに反応する。
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「暴走したのは申し訳なかった。心からお詫び申し上げる。けれど、リヴェア。……抱いたことは詫びない。ずっと欲しかったから。俺はそう言っていたはずだ」
「はあ……」
詫びつつ開き直るというハイテクニックを披露するシグルド様は真剣な面持ちだ。
「俺を受け容れてくれてありがとう、リヴェア。……俺は詫びだけじゃない、礼も言いたかった。そしてどんなに俺が満たされたかも」
ありがとう、姫。そう言いつつ、最後にはシグルド様はなんと私の靴にくちづけを落した。
「……あの、お二人とも、まずお顔を上げて下さい」
公爵様方二人を跪かせて楽しむ趣味は私にはない。
それに、正直なところ、詫びてほしい、と思っていたわけでもないのだ。
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でも私はこどもではない。
イヤならちゃんとイヤと言えばよいのだ。
いつもオルギールが言っている(本当に、オルギールは色々な意味で容赦がない)。イヤならちゃんと意思表示しろと。
そのとおりだ。驚いたし恥ずかしいし想像を絶する破廉恥さだったけれど、あれは強姦されたわけではない(まあ、合意の上と言われてもおおいに異議があるけれど)。
ゆっくり、距離を縮めて行きたかった。
そして、私の戸惑いをもっと理解してほしかった。
一妻多夫をどうにか納得したところへいきなり実情を伴わされて困惑してしまったのだ。
それに、今後はほとんど毎晩みんなでヤるのだろうか、とか。
……私も膝をついた。驚いて顔を上げた二人に、そういった自分の想いをぽつぽつと伝えた。
「……だから、レオン様、シグルド様。少し時間を下さい。……気持ちを整理する時間を」
「それなら俺の城でもよかろうに」
すかさず、レオン様が言う。
思わず私は吹き出しつつ、
「ちょっと環境を変えることも重要だと思いますので」
「ならば俺の城などうってつけだ、姫。まだ泊っていったことはないだろう?」
シグルド様が勢い込んで言う。
「あなたの部屋はもう作らせた。あなたを迎える準備は全て整っている」
「そのうちに、シグルド様。必ず」
「そのうち、とはいつだ、姫」
「そのうちはそのうちだ、シグルド。しつこい男は嫌われるぞ」
とうとうたまりかねたらしい。むすっとしていたユリアスは私を立ちあがらせながら口を挟んだ。
「……ったく、結局口説きに来ただけではないか」
私の衣裳の膝を払ってくれながら、そっと椅子に腰かけさせてくれる。
「レオンもシグルドも。食事をするなら支度させるがどうする」
「せっかくだが俺は失礼する」
「俺もだ。仕事の途中だ」
三人の纏う雰囲気がようやく通常どおりになってほっとしていると、私のつむじに唇が押しあてられた。
「レオン様?」
「リーヴァ、とりあえず熱が下がってよかった。……今日は帰るが、また来るから」
来なくていい、とユリアスが聞えよがしに言ったけれど、レオン様は当然スルーだ。
「ゆっくり眠れ、リーヴァ。ユリアスにもイヤなことはイヤと言っていいんだぞ」
「はあ」
どういう意味だ、俺は無体はせんぞとユリアスが抗議している。
「お休み、リーヴァ」
「レオン様、おやすみなさい」
「……姫、俺も挨拶を」
もう一度名残惜しそうにくちづけをしようとするレオン様を悠然と突き飛ばしながら、シグルド様は私の手を掬ってきゅっと握りしめた。
なんだお前強引だな、とレオン様が文句を言う。
「熱は下がった時に特に安静にと聞く。ゆっくり休まれよ、姫。……ユリアスが世話を焼きたがるだろうが恩義に感じることはない。勝手に世話をさせておけ。ここは旅籠だと思えばいいのだ」
絆される必要はないと言い切り、シグルド様は私の手に唇をあて、指の股をそっと舐めた。
失礼にもほどがあるシグルド、早く帰れとユリアスのご機嫌がまた急降下だ。
ようやく二人は踵を返したのだけれど、何となく立ち去り難い風情で何度も振り向き、また来るからとか今日の衣裳もよく似合っているが色が問題だとか口々に勝手なことを言っている。
食事を続けるように私に言って、ユリアスは二人の背中を急き立てるようにしながら一緒に部屋を出て行った。「ちゃんと城を出たかどうか見届ける!」と宣言して。
……ふう、と思わずため息が出た。
別に憂鬱とかそういうものではないけれど、公爵様方はやはりとにかく押しが強いので、熱が下がったばかりの自分には体力気力共に少々削られたらしい。
ユリアスは続けるよう言ってくれたけれど、ひとりで豪華な食事をしても楽しくはない。
初めからひとりならそのつもりで頂くのだけれど、二人分給仕されている卓上を見ながらひとりで食べるのは寂しいものだ。
戻るまで時間を潰そう。
私は以前に案内された空中庭園へ向かうことにした。
こじんまりした食事の間は前に朝昼兼用を頂いた時の部屋だ。
今は夜だけれど、空中庭園は美しく照明に照らされていて昼間とは異なる美しさだろう。
──席を立って窓辺に近寄り、私が窓を開けるよりも一足早く。
窓の外側に黒い人影が立った。
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