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 闇に浮かぶ銀色の髪、暁の紫の瞳。
 夜を背景に立つ黒ずくめのオルギールは魔物めいた妖しい美しさだ。

 ……接近禁止令は有名無実らしい。

 ユリアスが軽んじられているのか後の三人が俺様過ぎるのか。たぶん後者だと思うのだけれど、それにしても本当にこのひとたちは堪え性が全くない。

 つらつらと考えていると硝子ごしに「リヴェア様」と口元が動いたのが見えたので、私は窓を開けた。

 するりと身を滑らせて入室、かと思えば、柔らかく手を引かれ、気が付けば私のほうが外に連れ出されていた。

 「……オルギール、どうしてこんなところから」

 多々、言いたいことはあるのだけれどまずはそこから聞かずにはいられない。
 だって、ここはラムズフェルド城の居住域。空中庭園のあるこの部屋は最上階ではないけれど、それでも十分に高い位置にある。地上六階か七階くらいには。

 「私は‘影’を率いる身ですから」

 こともなげにオルギールは言った。
 あまり回答になっていない。

 「正面から入ろうとしても衛兵がうるさかったので。庭園でも散策してから帰ると言ったら気の毒そうにそれならばと言って通してくれたのですよ」
 
 敷地内ていどなら顔パスなのだろう。
 それにしてもとにかくここは相当上階だが……。

 「久しぶりに垂直壁を昇る訓練になりました。素手でよじ登ったのではない。縄をかけましたし、大丈夫ですよ」

 この程度ならまだ楽勝ですねとオルギールは平然としている。
 聞けば、弩(いしゆみ)に錨を結んだ縄をつけ、この階の露台(バルコニー)の壁に引っかかるよう放ち、それを伝って昇って来たらしい。

 私だってそれに似た方法を取って人質解放のためアジトに乗り込むとか、隔壁を越えるとかやったことはあるけれど、高さが問題である。問題過ぎる。
 万一のことがあればいくらオルギールでも命はない。

 こんな方法で忍び込むのは以後絶対にやめてほしいと何度もお願いをしたのだけれど、彼は曖昧に笑むばかり。聞いているの、わかってるの!?と問い詰めていたら、とうとう唇を重ねられてこの話は強制終了させられた。
 
 そして、気が付けば私はオルギールの膝の上である。
 空中庭園の中の長椅子まで連れて来られたのはまあいいとして(私もそこへ行くつもりだったし)、オルギールはさっさと自分が座り、その膝の上に私を乗せたのだ。

 いつのまにかすっかり慣れてしまったこの感触。何かにつけオルギールは私を膝に乗せる。

 私は遠慮なくもたれかかったのだけれど、……あれこれ思い出してしまった。 

 オルギールは淫魔の王だった。
 強引なことや痛めつけることはなにひとつしないのに、居丈高に命令したりすることも全くないのに、私の理性を崩壊させて快感だけを引き出す。オルギールの求めるままに、どんな姿勢もとってしまう。レオン様に対しても割とそういうところがあるのは自覚していたのだけれど、オルギールがそこに加わると我ながらもっとひどい。
 啼いて甘えて欲しがって。それでたぶん、全員が暴走したような。
 
 困惑していると言いながら。距離の取り方がわからないなどと言いながら。
 私はオルギールに抱っこされて恥ずかしいアレコレを思い出している。
 なんとなくからだが火照ってくるのがわかる。今の私は、「あんなこと二度とやりたくない」とまで言えるだろうか?

 「……熱は、今は下がっているようですね」

 私の髪をなで、額に唇をあてながら、オルギールは言った。
 大丈夫、と頷くと、オルギールは私の瞼にくちづけを落して、

 「あなたのからだを気遣うことなく羽目を外してしまった。……申し訳ありませんでした」

 静かに、けれどもはっきりとオルギールは私の目を覗き込んで頭を下げた。
 膝に乗っけられたまま頭を下げられても珍妙だし下手をすれば滑稽なのだけれど、ツッコミなど入れる気になるはずがない。

 お詫びの言葉は誤解のしようのない、簡潔で真摯なものだ。 
 そもそもこんな宝石のような瞳に見つめられ、詫びられて拒絶できるひとがいたら会ってみたい。

 次からは気を付けてね、と目を逸らしながら返事をするのがやっとだったので、「次」があることを前提で返事をするという間違いを犯したことも、「次は十分に気をつけますから」とオルギールが妖しく微笑んだことも私は気づかないままだった。

 「腕の傷は?」
 
 オルギールの大きな手が、服の上からそっと私の左腕に触れた。

 「大丈夫、自分で切りつけただけだから。浅手なの」
 「ご自分で切りつけた?……あなたほどの手練れを負傷させるとはなかなか侮れない敵だと思っていましたが。……‘シュルグ’で操られそうになったから?」 
 「そう」
 「あとで、私が手当をしなおしましょう」

 オルギールは宝物に触れるようにもういちどだけ傷を撫でてから、しっかりと私を抱き締めなおした。

 「ユリアスが、寝る前に女医を呼んでいると言っていたけれど」
 「来るなら来させておけばいいですが、私のほうが間違いがない。……それより、リア」

 オルギールの言葉は自信に溢れ、そして俺様ぶりにまったくブレはなかった。

 「いつまでこちらにいるおつもりですか?」
 「しばらくの間」
 「しばらくって?」

 まただ。
 曖昧な返事はとことん突き詰められる。
 さっきシグルド様も「そのうちっていつだ」と食い下がったし。

 「考えがまとまるまでの間」
 「どんな考えが?」
 「それは」
 
 ちょっと次の言葉を躊躇してしまう。

 公爵様方は納得してくれた。理解もしてくれた。
 でもオルギールはどうだろうか?
 でろでろに私を甘やかすくせして、自分の意に沿わないことは許さないひとだ。ヤンデレ系とでも言おうか。公爵様方よりも酷いと思う。
 ……それでも、嫌いになれるはずはないのだけれど。

 「リア、どんな考え?」

 頬を舐めながらオルギールが続きを催促する。
 仕方がない。
 また顔中べたべたにされてもどうかと思ったので、告ることにした。

 「あなた方との距離のとりかた。今後の過ごしかた」
 「距離?」

 オルギールの声音がすっと冷えた。
 ほらやっぱり……

 「あとの御三方も、私とも。……距離をとる?離れるのですか?」
 「オルギール、物理的な距離というよりもね」

 至近距離で気色ばむ(といってもほぼ無表情なのだけれど)オルギールは恐ろしい。
 私はなだめる様にぎこちなく笑んでみせた。

 「接し方というか。気持ちの持ち方というか。……四人の夫、と過ごす気構え」
 「難しく考える必要はないとあれほど申し上げましたのに」

 オルギールは不足そうに、

 「感情のままにお過ごしになられればよろしいとあれほど」
 「色々考えてしまうの」

 感情も理論も。必要に応じて完璧に制御できるオルギールと私とは違う。
 
 「私は不器用だから。皆のことが好き。そして、レオン様を愛している、レオン様だけ、って思っていたけれどオルギールが好き。大好き」
 「リア」
 
 紫の瞳が甘く揺れた。

 「私はあなたを愛していますよ」
 「ありがとう、オルギール。……で、どうしていいかわからなくなってしまったの。あんなにもレオン様、って言っていた自分がオルギールのことも好きで、さらにシグルド様のこともユリアスも、なんて」
 「それのどこが悪いのですか?」
 「悪くはないのでしょうけれど、でも」
 「でも、は不要ですよ」

 シュルル、という音がした。
 一瞬、何の音かわからず固まっていると。

 「!?オルギール!!」
 「……やっぱり。……このような衣裳のときには胸当ては着けないでしょうからね」

 ふるん、と胸が零れ出て、オルギールの視線の元に晒された。
 首の後ろで結ばれたリボンを解かれ、衣裳の前身頃をはだけられてしまったのだ。

 「オルギール、まじめな話をしてるのに!」
 「あなたは真面目過ぎるから」
 「……や、オルギール、やめて、……!」

 慌てて胸を隠そうとしたその手を、緩やかに後ろ手に拘束された。
 オルギールは薄く笑みを浮かべてもう片方の手で私の胸を揉み、先端を捏ねまわしている。
 外気に触れてすぐに硬くなった先端は敏感にオルギールの指の動きを捉え、快感として私にそれを伝える。

 「しばらく考えるのも距離がなんとかというのも宜しいですが。私はあなたから離れませんよ、リア」
 「オルギールっ……!」

 彼の名を呼ぶ自分の声が震える。
 オルギールの大きな手で掴み上げられた自分の胸が、自在に形を変え、やがてオルギールの口の中に含まれるのをなすすべもなく見つめることしかできない。

 かり、と先端が齧られた。

 「あ!ん、んん……!」
 「リア。あなたは私のものだと言ったでしょう?」

 かり、こり、と立て続けに甘噛みを施され、ちゅくちゅくと吸われる。
 左右の胸を交互に責められ、硬くしこった果実は唾液に濡れてぬらぬらと光っている。
 薄明るく照らされた夜の庭園の中、オルギールの紅い舌が蠢くたびにからだが跳ね、声を上げてしまう。直接的な刺激からも視覚からも快感を拾ってしまうこのからだがつくづく恨めしい。

 「あなたが拒絶しても離れないと。離さないと言ったのに。もうお忘れですか?」
 「忘れてない、だから、ああ、オルギール!」

 ばっ!と衣裳の裾が捲り上げられた。
 あらわになる足や下穿きが恥ずかしくてオルギールの膝から滑り降りようとしたけれど、彼は私を片手一本で極めて効率よく拘束していて、誘う様に腰をくねらせてしまうのがオチである。

 くちゅ、と確かに水音が聞こえた。

 まだそこには愛撫の手も伸びていないのに。身を捩っただけで水音がする。
 はしたなくて情けなくて唇を噛むと、オルギールは私の胸の先を咥えたまま「愛しいリア」と言った。
 その刺激だけで、また熱いものがからだから溢れるのがわかる。

 「いや、オルギール……」
 「こんなふうで?今やめてしまうのですか?」

 音をたてて胸の先を舌で捏ねられ、舐めしゃぶられて、私は朦朧としながらいやいやと頭を振った。

 やめてほしいのか、ほしくないのか。
 ……やめるべきだと思う。でも。

 「オルギール、ね、お願い」
 
 欲に塗れた自分が紡ぐ声を他人事のように聞く自分がもうひとりいる。
 ……やめてほしくない。
 
 「下着、濡れるの、いや……」
 「ああ」

 くす、と僅かに笑う気配がした。
 器用で綺麗な手を伸ばし、するする、と片方の紐を解いて私の下穿きを足首まで落としてしまう。

 「あの侍女頭。まあ、あまり刺激し過ぎないほうがいいでしょうからね」
 「ケイティのこと……?」

 回らぬ舌でなんとか言った言葉に返事はなかった。 
 オルギールはホルターネック状に首の後ろを結んでいたリボンで私の両手を緩く縛り、そっと私のからだを長椅子へ横たえると、膝をついてその長身を沈めて。

 「こんな衣裳を着せて。……ユリアス様のお好みどおりというかなんというか」
 「オルギール」
 
 濡れた秘所に、オルギールの吹きかける吐息を感じた。
 とろとろと、もっと流れ出てくる。衣裳を汚してしまう。
 それを気にしてからだを硬くすると、オルギールはすぐに気付いたらしく、捲り上げた裾を私の腰の上までたくし上げた。

 鉄製の長椅子の上で手を縛られ、両足を大きく広げられて、その中心にオルギールが顔を寄せている。
 ひどい恰好だ。
 でも逃げられない。逃げる気なんてどこにもない……。

 「あのかたにとって脱がせやすい衣裳は私にとっても同様なのに」
 「ああん!」

 ちろ、とオルギールの舌が蛇のように伸びて私の襞をなぞった。 
 声を上げる私を、足の間からオルギールは満足そうに眺めている。
 
 「もっと声が聞きたいのですが」

 これを、と不意に何かの布が私の口に噛まされた。
 衛兵に聞かせるのも癪ですからね、と言う。

 こっくり頷くと、オルギールの笑みが深くなった。

 「さて、と。……リヴェア様。私のリア」

 オルギールはもう一度ゆるゆると舌をひらめかせ、襞に沿ってねっとりと舐め上げた。

 「ふう、うぐ……!」
 「私は距離などとりませんからね。そのおつもりで」
 「くう!!」
 
 じゅう!と溢れたものを啜られる。
 甘い、と言いながらじゅるじゅると音をたてて啜り、喉を鳴らして飲み下ろしている。
 硬く尖らせた舌が蜜口から侵入して生き物さながらに蠢き、暴れまわる。
 
 思考ができない。気持ちがいい。ただただ、気持ちがいい。
 彼に触れられるといつもそうだ。本当に考え事をしたかったのに。こういうことは当分ご勘弁、とまで思っていたのに。
 抗えない。理屈なんてどうでもいい。もっと、もっと気持ちよくしてほしい……。

 私の大腿を抱え上げ、足を広げていた手が、濡れそぼったところにあてがわれた。

 「く、ううんん!!」
 
 ずぶり、と指が二本、深々と突き立てられる。
 噛まされた布を唾液で濡らしながら、私は激しくからだを揺らす。

 リア、リア、と私の名を呼びながらオルギールの舌が、指が、私の秘所をこれでもかと蹂躙する。
 彼にとっくに知られている、特に感じる部分を徹底的に指で弄られ、とめどなく溢れる愛液は滴り落ちるよりも先に彼の喉奥に吸い込まれてゆく。
 苦しいほどの快感に苛まれて、自覚なく跳ね上がる足も、反り返る背筋も、オルギールという檻に捕らわれて自由が利かない。
 私の宝石は?と荒い息とともに探られ、薄い皮を剥かれ熱い吐息を感じてそれが晒されたことを知る。

 「ああ、あった」

 喜悦の声。滅多に耳にすることのない、オルギールの生々しく情欲に塗れた声。

 「美しい珊瑚。この世で最も美しい、淫靡な……」

 いただきます。と言って、オルギールはそこにむしゃぶりついた。

 「くうんんん!!」

 昇りつめて全身が瘧(おこり)にかかったように震える。
 巧妙な舌と指が、さらにその先の快感を引き出そうとびくびくとひくつくところを間断なく、更に執拗に追い立てる。

 「くう、ぐぐう、ん、くう……!!」
 「リア。私の姫君、私の妻。……絶対に、離さない」
 
 狂ったように足をばたつかせてもオルギールの愛撫は終わらない。
 むしろ、どんどん激しさを増してゆく。リア、と私を呼ぶ声が狂気を孕んでいるように聞こえるのは気のせいだろうか。

 ──私の宝石。これ無しでは私は生きていけない。

 狂おしいほど熱の籠ったその言葉は、押し殺した私の呻き声とともに、夜の静寂しじまに飲み込まれていった。  
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