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 最後のほうは、ろくに聞いていなかった。

 いや、聞いてはいた。ただ、優先順位として「どうでもいい」と無意識に情報を仕分けしただけだ。

 (元?)遊び人で世慣れていて。陽気に、真剣に、私のことを想ってくれていて。 
 
 戦場において、私にはオルギールがいるから、と高を括っていたかもしれないのに、アルフはそれでもなお、いつも私を案じてくれていた。
 ウル・モンティスを駆け下りてからも。雲霞の如く湧いて出る雑兵たちの相手。既に怪我を負っていたのに、海に飛び込み、助けに来てくれた。どんなに痛かったことだろう。そして、狂兵と対峙した際は戦闘の最前線。

 私は彼に想いを返すことはない。返すことはできないのに、いつだってアルフはまっすぐに気持ちを寄せてくれて。
 「思わせぶりな態度をとるべきではない」というのと、「危篤と聞いて放っておく」のとは同義ではないはずだ。

 ……会いに行かなきゃ、すぐに。

 膝からまず下ろしてもらおうとレオン様を見上げると、彼はとても静かな、全てを見透かすような深い金色の瞳で私を見下ろしていて、

 「行きたいか、リーヴァ?」

 と言った。
 問いかける言葉は優しく、けれど私を閉じ込める腕は力強くて、身動きを許さない。

 「当然です、レオン様」

 私は足だけは精一杯にバタバタさせながら応じた。

 「すぐ、会いに行きたい。そして、できる治療があるなら受けさせてあげたい。今まで実家にも帰らず一人でいたということは、ろくな治療を受けてないから酷くなったのでしょう?」
 「だろうな」
 「だったらすぐに!」

 ……いつの間にかレオン様の両腕は拘束具のように私を捉え、私の抵抗を封じ込めている。
 足も然り。ばたばたさせていられたのも束の間、レオン様の長くて鍛えられた両足でがっしりと挟み込まれて、自由が利くのは口だけだ。
 首を捩じってもレオン様に目線も合わせられず、腕が動かないのでは縋りつくこともできず、私は唇を尖らせてレオン様の喉元に食らいつく勢いでわめいた。

 「すぐに行かせて!最高の医療と、投薬を。感染症なら、それで」
 「……」
 「ユリアス!お願い、何のために知らせに来てくれたの!?」

 全身、絞め技のように拘束され、ユリアスを振り返ることはできない。だから、せいぜい必死で声を張り上げる。
 ユリアスは無言のままだ。

 気が逸る。こんなやりとりの間にも、アルフは……

 「お願い、レオン様、知らせに来て下さったのでしょう?黙っていることだってできたのに。……それを聞いて私がどうするか、おわかりでしょう!?」
 「……ああ」
 「じゃあ、お願い、レオン様!会いに行きたい。そして、グラディウス家の力で、彼を」
 「俺の恋人を口説く男を、グラディウスの力で救えと?」
 「そんな、……!」

 私は息を呑んだ。

 でも、本当のことだ。
 残酷な言葉。……でも誰にとって残酷なのだろう?甘えを見透かされて厳しい言葉を浴びた私?
 それとも。
 助けてやってくれと頼まれたレオン様……?

 「死に目ぐらい会わせてやろうと思っただけなんだがな」

 そう呟いて、レオン様は力を緩めてくれた。
 そして、今度は拘束するのではなく、ぎゅう、と抱き締めて、口を私の耳元に寄せる。

 「一緒に行く。医療と投薬は……善処しよう。投薬については、物によっては厄介だが……俺がいればなんとかなるだろう」
 
 最後のほうは独り言のようにレオン様の口の中で消えていった。

 「俺も行ってそいつを見定める。生きているうちに。……ユリアス」
 「貸しだぞ、レオン」

 渋々といった体でユリアスは言った。

 「三公爵全員が居城を離れるわけにはゆくまい。例え、アルバであっても。俺は残ろう」
 「ユリアス、ありがとう」
 「礼はいい。行くなら早く行け。……でないと死に水を取りに行くことになるぞ」

 情け容赦ないユリアスの言葉だったけれど、正しい。
 レオン様は私を抱いたまま立ち上がり、一言だけ、あとを頼む、と言い置いて部屋を後にした。



 ******



 私もレオン様も急いで目立たない感じに身をやつし、馬を駆って件(くだん)の宿屋に着いたのは、話を聞いてから一刻たったかどうか、という頃合いだった。

 下町の安宿、と言うと、汚くて臭くてスラム街みたいな、と身も蓋もない想像をしていたのだけれど、そこはさすが、三公爵様の城下町だった。上下水道完備、というだけあって不潔な印象はどこにもなく、道と建物が入り組んでごちゃごちゃとしている程度だ。まあ、もっとディープなところもあるのだろうけれど、少なくとも彼のいる宿屋の一角はこざっぱりとしている。

 離れてついてきた結構な数の護衛達は、極力目立たぬよう町の角々に分散して待機し、レオン様へアルフの件を報告した兵士を先頭に、私とレオン様だけが宿屋へ入ると、ひとのよさそうな女将は目を丸くして我々を出迎えた。
 案内役の兵士は一応平服だけれど強面だし、簡素な服にフード付きの外套を纏ったレオン様も、只者ではない眼光、挙措、フードからのぞく輝くような美貌で大した変装にはなっていないように思う。女将の顎は比喩ではなく外れたんじゃないかと思うくらいぱっかりと伸びていて、このひと頭大丈夫だろうかと心配になったものの、兵士が何事か囁き、幾らか(たぶん多めに)握らせたらしく、現金にも正気を取り戻し、「何か用があったら呼んでほしい」と律儀に言い置いて奥へ引っ込んでいった。

 石と木を組み合わせた三階建ての宿屋の最上階。そこにアルフはいるらしい。

 先導の兵士を蹴倒して走りだしそうになるのを懸命にこらえながら、ギシギシ音のなる階段を昇りきると、部屋の外に男が一人立っていた。

 長身で猪首の灰色の髪の男、使い込んだ観のある長剣を吊るしていて、これまた目立たぬようにはしているが人相の悪いこと。子供が見たら泣くレベルである。

 「取り込み中だ。誰だ、あんたら?」
 
 ぎろり、とこちらをねめつけながら男は言った。

 そういえば。急いできたけれど、お忍びなんだった。トゥーラ准将といいます、ではだめだろう。
 先導の兵士も私も、ほんのわずか答えに窮したのだけれど。

 「その部屋の住人の上司だ。危ないときいたので駆け付けた」

 なんと、レオン様が一番落ち着いていた、
 「上司」って言うところが上手いというかなんというか。

 「まだ息があるのだろう?力になれるかもしれん。通してくれ」
 「……」

 灰色の髪の男は脳筋なのだろうか。反応がない。
 そもそも、あんたこそ誰、と苛々しつつ男を睨んでいると、

 「何を騒いでいる。誰か来たのか?」

 ギイイ、と立て付けの悪い木戸を軋ませて、内側から扉が開いた。
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