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仁王立ちのレオン様の後ろ、開け放った扉の向こうに、夥しい数のうろたえ顔の兵士達が見える。
彼らの視線が痛いくらい私に集中する。……正確には、彼らの主人、ユリアスと、その膝の上の私に。
見世物ではありませんよ!
……という心の声が聞こえたわけではないだろうけれど、ユリアスはかすかなため息をひとつついて、誰も入るな、離れて待機せよ、と命じた。
扉が閉まると、レオン様はつかつかとこちらへ歩み寄り、まずは問答無用でユリアスの膝から私を回収した。
ちなみに、ユリアスはあきらめたように無抵抗である。私を囲う腕からは、とうに力が抜けている。
「いい度胸だな」
立ったまま、器用に私をお姫様抱っこに切り替えつつ、レオン様は挑戦的に言い放った。
声にも態度にも棘があるけれど、幸か不幸かいつもよりぽやんとしている私には、この時点でさほどの緊迫感を感じてはいない。
ユリアスの膝の上にいたことをレオン様に見られて恐怖するより、むしろ、胸ちゅうが止んでよかった、膝から下りられてよかった、という安堵の方が大きい(あとでレオン様にそう言ったら、脳天気にもほどがあると言われたけれど)。
レオン様の抱っこが、私に否やのあろうはずはない。二人きりではないからいつもならもう少し恥ずかしく思うのだろうけれど、このときの私は余裕でレオン様の首に手を回して、もたれかかった。
悪びれずにレオン様にくっつく私は、少々奇異に映ったらしい。
レオン様はおや、と言う感じで訝しげに私を一瞥し、すん、と形のよい鼻を少し動かして
「……甘ったるい酒の匂いがする」
と言った。
あたり、と間の抜けた頷きを返す私を無視して、あらためて眼光鋭くユリアスに向き直る。
「食事を共にしたら送り届ける、と伝言を聞いたが、間違いだったか」
「……間違いではない」
むっすりと、ユリアスは言った。
「送る前にお前が来ただけだ、レオン」
「ほう、そうきたか」
ユリアスも負けてはいなかったけれど、レオン様はどうやら何かスイッチが入ったようだった。
「酒を飲ませ膝に乗せて、不届きな行為に及んでいたようだが?」
私の胸元を覗き込む気配がする。
深く考えるとあとが怖いような気がして、私は心を無にして二人の会話に耳を傾けた。
「べたべただ。けしからん痕までつけて」
「……それについては謝罪しよう」
「酒を飲ませたことへの謝罪は」
「飲ませていない。食後の菓子の風味付けの酒に酔ったらしい」
「同じことだ」
レオン様は言い捨てた。
「リヴェアは堅苦しいくらい礼儀正しい。カタい。それがなんとお前の膝の上に乗せられているとは」
レオン様は、こどもにするみたいに私をゆすり上げ、抱えなおした。
かなり怒っているようだけれど、くすぐったいくらいに愛情に満ちた、私を甘やかすような仕草が嬉しくて仕方がない。胸がきゅんきゅんしてしまう。
険悪な雰囲気を無視して、私はあらためてレオン様に擦り寄り、緩んだ自制心のもと感情の赴くままに、レオン様、すき、と呟いた。
「リヴェア、君は」
酔ってるな、と、レオン様は鼻白んだ様子だ。ユリアスは聞えよがしに大きく嘆息している。
「……言い訳をするつもりはない。が、会話の流れで姫を怖がらせてしまってな」
ユリアスはそっぽを向いたまま独り言のように言った。
「酒のせいもあっただろうが、とても怯えていて。……それで」
「膝に乗せて舐め回したんだな」
「そんな言い方はよせ」
「その通りだろうが」
レオン様は厳しく追い詰めた。
「ラムズフェルド公家の色を纏わせて。お前の瞳の色の首飾りをさせて。さすが‘グラディウスの知将’らしい早業だな」
「……何が悪い」
言われっぱなしの観があったユリアスが、ゆっくりとレオン様に向き直った。
反撃開始、だろうか。
「何が悪い、レオン。お前が多忙過ぎて姫を寂しがらせている、と聞いて、ならば俺がと考えるのが何が悪い」
「食事だけで紳士的に終わればいいものを」
「終わるつもりだった。多少感情的になったことは謝ろう。が、姫に詫びるべきなのであって、お前にじゃない」
「……ほう?」
レオン様は金色の瞳をすっと細めた。
怒っている。かなり。めったに見ないレベルで。
少しずつお菓子の酒精が抜けてきたのか、からだの火照りが鎮まり、思考がクリアーになりつつある。 それと同時に、レオン様のお怒り具合がダイレクトに伝わってくる。
ふるふる、とからだを震わせると、レオン様は私をぎゅっと抱き直してくれる。
こんなに怒っているのに、無意識にそうしてくれたようだ。
怖いけれど優しい。私はレオン様にもたれたまま目を閉じた。
「俺の恋人だ。いつ、手を出してよいと言った?」
「いずれ俺たちの妻だ」
低く問いかけるレオン様は恐ろしい迫力なのに、憶する様子もなく、ユリアスは断言した。
「お前も合意したはずだ、レオン。……トゥーラ姫を俺たち三人の妻とすること。我々の代のグラディウス三公爵は数百年ぶりに妻を共有すると」
「いずれは、だ」
レオン様は切り返したけれど、少しだけ勢いがそがれているようだ。
「今は俺の恋人だ」
「知ったことか。いずれ妻になる女性なら少しでも早く言葉を交わしたい、もっと知りたいと思って何が悪い」
「……」
「ついでに言えば、予定を早めることにするんじゃなかったのか?今回のことでわかっただろう。姫を守るためには‘エヴァンジェリスタ公の妻’じゃなくて、‘グラディウス三公爵の妻’と一刻も早く公表を」
「うるさい!」
レオン様は怒鳴り、ユリアスは口を噤んだ。
めったに激することのない(お仕置きの時だって、レオン様は静かに怒るのだ)レオン様のこんな声は私は驚くばかりだし、ユリアスにとっても少なからず衝撃的だったようだ。
レオン様自身、激高した自分の声で我に返ったのか、それ以上何も言うことなく黙って立ち尽くしている。
沈黙が落ちた。
……気まずい。すごく、気まずい。
……それに、会話の主題は私の処遇だ。本人を前になんてことを。覚悟しているとはいえ。
……でもここで発言する勇気はない。
抱っこされたまま身を縮こまらせていると、程なくして、私を抱くレオン様のからだから心なしか力が抜けたような気がした。
「帰る、と言いたいが」
もう、いつものレオン様の声だった。
「リヴェアがこんなふうでは今から俺の城へ連れ帰るのも酷だ」
「……泊っていけばいい」
「ああ、頼む。言うまでもないが」
「お前も、だろう。わかってる」
ユリアスの声も静けさを取り戻している。
「姫に準備した客間ならお前が一緒でも手狭ではなかろう」
立ち上がってレオン様の横を抜け──私と一瞬目があったような──、扉を開けた。
忠実に、少し距離を保って兵士達が佇立していたが、私たちを見てさあっと左右に分かれる。
「エヴァンジェリスタ公と姫を部屋までお送りしろ」
「かしこまりました」
場の責任者らしい兵士が、カツンと踵を鳴らして、ユリアスとレオン様に向けて礼をとった。
「閣下、ご案内致します」
「頼む」
頷いて、それきりレオン様はユリアスを振り返ることはなかった。
美味しい食事の感想とお礼とか、私がふざけたことをばらさなかったことについてのお礼とか、言いたいことは色々あったのだけれど、やはりまだまだ口を挟める雰囲気ではないようで、ありがとうユリアス、と、お腹の中だけでお礼を言った。
私を抱えるレオン様のぬくもり、腕の感触は本当に気持ちが良くて、酔いと入れ替わるようにぼんやりと睡魔が襲ってきたころ。
「──レオン様、お出迎えも致しませず」
客間へ戻る途中、私の身支度を整えてくれたケイティさん、もとい、ケイティがやってきたらしい。一緒に歩を進めながらレオン様に話しかけている。
「お久しゅうございます」
「ああ、久しいな、ケイティ」
旧知の仲のようだ。
ケイティは年配の侍女頭だものね。レオン様とも交流があったのだろう。
「レオン様にはご機嫌麗しく」
「麗しくないぞ、俺は」
私がほんわかしているだけで、レオン様の声は剣呑だ。
「見てわからんのか」
「思いも及びませぬ。……不調法をお許しくださいませ、レオン様。このような美しい姫君をお連れになられて、ご機嫌が宜しくないなどとは」
「この衣裳はお前の見立てか、ケイティ」
ケイティの流れるような美辞麗句を、レオン様は特権階級特有の傲慢さで遮った。
「……はい、レオン様」
一瞬の空白ののち、ケイティの穏やかな応えが聞こえる。
「お気に召しませぬか?」
「気に入らんな」
「それはまた。……城中の者が夢のようにお美しいとほめそやしておりましたのに」
「リヴェアが美しいのは当然だ。衣裳が気に入らんと言っている」
「ユリアス様はご満足のご様子でしたが」
「それは、そうだろうさ」
ふん、と結構大きくレオン様は鼻を鳴らした。
冷え冷えとした空気感。オルギールの醸すブリザードとは異なる、会話による気温の低下というか。
「こんなに胸を強調して。お前、主人の好みに仕立てただろう」
「滅相もございませぬ」
「お前の目論見どおり、ユリアスは大興奮だったぞ。満足か?」
「悔しゅうございます、レオン様」
歩みが止まった。そろそろ、部屋に着いたのかもしれない。
それより、ケイティとレオン様の会話、怖すぎるのですが。
「せっかくお越し下さいました姫様に、心を尽くしてお世話させて頂きましたものを」
「お前のことだ、世話はしっかりしたんだろうさ。俺の言いたいのは」
うとうとしている、というか微妙に起きている、というか。目を開けるきっかけがなくなった私は、レオン様の腕の中でひたすら大人しくしている。
「ケイティ。お前はユリアスに好物を与えたんだ。俺の恋人を使ってな」
断罪するようなレオン様の言葉だった。
ちょくちょく、ユリアスの名前が出てくるけれど主旨がわからない。衣裳の話だったはずなのに。
……そっと鼻を啜る音がした。
ケイティ、泣いている?
「そのようなこと露ほども思いませんでしたのに」
「嘘泣きは止めろ、ケイティ。そんなものに騙される俺と思うか。というより騙される奴がいるとしたらよほどのお人よしだ」
嘘泣き?……ケイティ、私に涙ぐんでいたけれど……
鼻を啜る音が止んだ。
「いいか、ケイティ。今後もこの城にリヴェアが来ることは避けられんだろうが、こんな胸のあいた衣裳は許さんぞ」
「お心のままに」
「わかったな」
念を押すレオン様に、感情の無い声でケイティが応じるのが聞こえた。さっきまでのしおらしさが嘘のよう。
嘘泣きでしたか、やっぱり。
「ごゆるりとお休みなされませ」
慇懃な(あとちょっとで「無礼」になりそうだ)声に対してレオン様が返した言葉は。
「警護の兵は遠ざけろ。……呼ぶまで起こしに来るな」
ケイティはたぶん頭だけ下げたのだろう。
返事は聞こえず、代わりのように扉の閉まる音だけがした。
──私、ゆっくり眠れるだろうか。
彼らの視線が痛いくらい私に集中する。……正確には、彼らの主人、ユリアスと、その膝の上の私に。
見世物ではありませんよ!
……という心の声が聞こえたわけではないだろうけれど、ユリアスはかすかなため息をひとつついて、誰も入るな、離れて待機せよ、と命じた。
扉が閉まると、レオン様はつかつかとこちらへ歩み寄り、まずは問答無用でユリアスの膝から私を回収した。
ちなみに、ユリアスはあきらめたように無抵抗である。私を囲う腕からは、とうに力が抜けている。
「いい度胸だな」
立ったまま、器用に私をお姫様抱っこに切り替えつつ、レオン様は挑戦的に言い放った。
声にも態度にも棘があるけれど、幸か不幸かいつもよりぽやんとしている私には、この時点でさほどの緊迫感を感じてはいない。
ユリアスの膝の上にいたことをレオン様に見られて恐怖するより、むしろ、胸ちゅうが止んでよかった、膝から下りられてよかった、という安堵の方が大きい(あとでレオン様にそう言ったら、脳天気にもほどがあると言われたけれど)。
レオン様の抱っこが、私に否やのあろうはずはない。二人きりではないからいつもならもう少し恥ずかしく思うのだろうけれど、このときの私は余裕でレオン様の首に手を回して、もたれかかった。
悪びれずにレオン様にくっつく私は、少々奇異に映ったらしい。
レオン様はおや、と言う感じで訝しげに私を一瞥し、すん、と形のよい鼻を少し動かして
「……甘ったるい酒の匂いがする」
と言った。
あたり、と間の抜けた頷きを返す私を無視して、あらためて眼光鋭くユリアスに向き直る。
「食事を共にしたら送り届ける、と伝言を聞いたが、間違いだったか」
「……間違いではない」
むっすりと、ユリアスは言った。
「送る前にお前が来ただけだ、レオン」
「ほう、そうきたか」
ユリアスも負けてはいなかったけれど、レオン様はどうやら何かスイッチが入ったようだった。
「酒を飲ませ膝に乗せて、不届きな行為に及んでいたようだが?」
私の胸元を覗き込む気配がする。
深く考えるとあとが怖いような気がして、私は心を無にして二人の会話に耳を傾けた。
「べたべただ。けしからん痕までつけて」
「……それについては謝罪しよう」
「酒を飲ませたことへの謝罪は」
「飲ませていない。食後の菓子の風味付けの酒に酔ったらしい」
「同じことだ」
レオン様は言い捨てた。
「リヴェアは堅苦しいくらい礼儀正しい。カタい。それがなんとお前の膝の上に乗せられているとは」
レオン様は、こどもにするみたいに私をゆすり上げ、抱えなおした。
かなり怒っているようだけれど、くすぐったいくらいに愛情に満ちた、私を甘やかすような仕草が嬉しくて仕方がない。胸がきゅんきゅんしてしまう。
険悪な雰囲気を無視して、私はあらためてレオン様に擦り寄り、緩んだ自制心のもと感情の赴くままに、レオン様、すき、と呟いた。
「リヴェア、君は」
酔ってるな、と、レオン様は鼻白んだ様子だ。ユリアスは聞えよがしに大きく嘆息している。
「……言い訳をするつもりはない。が、会話の流れで姫を怖がらせてしまってな」
ユリアスはそっぽを向いたまま独り言のように言った。
「酒のせいもあっただろうが、とても怯えていて。……それで」
「膝に乗せて舐め回したんだな」
「そんな言い方はよせ」
「その通りだろうが」
レオン様は厳しく追い詰めた。
「ラムズフェルド公家の色を纏わせて。お前の瞳の色の首飾りをさせて。さすが‘グラディウスの知将’らしい早業だな」
「……何が悪い」
言われっぱなしの観があったユリアスが、ゆっくりとレオン様に向き直った。
反撃開始、だろうか。
「何が悪い、レオン。お前が多忙過ぎて姫を寂しがらせている、と聞いて、ならば俺がと考えるのが何が悪い」
「食事だけで紳士的に終わればいいものを」
「終わるつもりだった。多少感情的になったことは謝ろう。が、姫に詫びるべきなのであって、お前にじゃない」
「……ほう?」
レオン様は金色の瞳をすっと細めた。
怒っている。かなり。めったに見ないレベルで。
少しずつお菓子の酒精が抜けてきたのか、からだの火照りが鎮まり、思考がクリアーになりつつある。 それと同時に、レオン様のお怒り具合がダイレクトに伝わってくる。
ふるふる、とからだを震わせると、レオン様は私をぎゅっと抱き直してくれる。
こんなに怒っているのに、無意識にそうしてくれたようだ。
怖いけれど優しい。私はレオン様にもたれたまま目を閉じた。
「俺の恋人だ。いつ、手を出してよいと言った?」
「いずれ俺たちの妻だ」
低く問いかけるレオン様は恐ろしい迫力なのに、憶する様子もなく、ユリアスは断言した。
「お前も合意したはずだ、レオン。……トゥーラ姫を俺たち三人の妻とすること。我々の代のグラディウス三公爵は数百年ぶりに妻を共有すると」
「いずれは、だ」
レオン様は切り返したけれど、少しだけ勢いがそがれているようだ。
「今は俺の恋人だ」
「知ったことか。いずれ妻になる女性なら少しでも早く言葉を交わしたい、もっと知りたいと思って何が悪い」
「……」
「ついでに言えば、予定を早めることにするんじゃなかったのか?今回のことでわかっただろう。姫を守るためには‘エヴァンジェリスタ公の妻’じゃなくて、‘グラディウス三公爵の妻’と一刻も早く公表を」
「うるさい!」
レオン様は怒鳴り、ユリアスは口を噤んだ。
めったに激することのない(お仕置きの時だって、レオン様は静かに怒るのだ)レオン様のこんな声は私は驚くばかりだし、ユリアスにとっても少なからず衝撃的だったようだ。
レオン様自身、激高した自分の声で我に返ったのか、それ以上何も言うことなく黙って立ち尽くしている。
沈黙が落ちた。
……気まずい。すごく、気まずい。
……それに、会話の主題は私の処遇だ。本人を前になんてことを。覚悟しているとはいえ。
……でもここで発言する勇気はない。
抱っこされたまま身を縮こまらせていると、程なくして、私を抱くレオン様のからだから心なしか力が抜けたような気がした。
「帰る、と言いたいが」
もう、いつものレオン様の声だった。
「リヴェアがこんなふうでは今から俺の城へ連れ帰るのも酷だ」
「……泊っていけばいい」
「ああ、頼む。言うまでもないが」
「お前も、だろう。わかってる」
ユリアスの声も静けさを取り戻している。
「姫に準備した客間ならお前が一緒でも手狭ではなかろう」
立ち上がってレオン様の横を抜け──私と一瞬目があったような──、扉を開けた。
忠実に、少し距離を保って兵士達が佇立していたが、私たちを見てさあっと左右に分かれる。
「エヴァンジェリスタ公と姫を部屋までお送りしろ」
「かしこまりました」
場の責任者らしい兵士が、カツンと踵を鳴らして、ユリアスとレオン様に向けて礼をとった。
「閣下、ご案内致します」
「頼む」
頷いて、それきりレオン様はユリアスを振り返ることはなかった。
美味しい食事の感想とお礼とか、私がふざけたことをばらさなかったことについてのお礼とか、言いたいことは色々あったのだけれど、やはりまだまだ口を挟める雰囲気ではないようで、ありがとうユリアス、と、お腹の中だけでお礼を言った。
私を抱えるレオン様のぬくもり、腕の感触は本当に気持ちが良くて、酔いと入れ替わるようにぼんやりと睡魔が襲ってきたころ。
「──レオン様、お出迎えも致しませず」
客間へ戻る途中、私の身支度を整えてくれたケイティさん、もとい、ケイティがやってきたらしい。一緒に歩を進めながらレオン様に話しかけている。
「お久しゅうございます」
「ああ、久しいな、ケイティ」
旧知の仲のようだ。
ケイティは年配の侍女頭だものね。レオン様とも交流があったのだろう。
「レオン様にはご機嫌麗しく」
「麗しくないぞ、俺は」
私がほんわかしているだけで、レオン様の声は剣呑だ。
「見てわからんのか」
「思いも及びませぬ。……不調法をお許しくださいませ、レオン様。このような美しい姫君をお連れになられて、ご機嫌が宜しくないなどとは」
「この衣裳はお前の見立てか、ケイティ」
ケイティの流れるような美辞麗句を、レオン様は特権階級特有の傲慢さで遮った。
「……はい、レオン様」
一瞬の空白ののち、ケイティの穏やかな応えが聞こえる。
「お気に召しませぬか?」
「気に入らんな」
「それはまた。……城中の者が夢のようにお美しいとほめそやしておりましたのに」
「リヴェアが美しいのは当然だ。衣裳が気に入らんと言っている」
「ユリアス様はご満足のご様子でしたが」
「それは、そうだろうさ」
ふん、と結構大きくレオン様は鼻を鳴らした。
冷え冷えとした空気感。オルギールの醸すブリザードとは異なる、会話による気温の低下というか。
「こんなに胸を強調して。お前、主人の好みに仕立てただろう」
「滅相もございませぬ」
「お前の目論見どおり、ユリアスは大興奮だったぞ。満足か?」
「悔しゅうございます、レオン様」
歩みが止まった。そろそろ、部屋に着いたのかもしれない。
それより、ケイティとレオン様の会話、怖すぎるのですが。
「せっかくお越し下さいました姫様に、心を尽くしてお世話させて頂きましたものを」
「お前のことだ、世話はしっかりしたんだろうさ。俺の言いたいのは」
うとうとしている、というか微妙に起きている、というか。目を開けるきっかけがなくなった私は、レオン様の腕の中でひたすら大人しくしている。
「ケイティ。お前はユリアスに好物を与えたんだ。俺の恋人を使ってな」
断罪するようなレオン様の言葉だった。
ちょくちょく、ユリアスの名前が出てくるけれど主旨がわからない。衣裳の話だったはずなのに。
……そっと鼻を啜る音がした。
ケイティ、泣いている?
「そのようなこと露ほども思いませんでしたのに」
「嘘泣きは止めろ、ケイティ。そんなものに騙される俺と思うか。というより騙される奴がいるとしたらよほどのお人よしだ」
嘘泣き?……ケイティ、私に涙ぐんでいたけれど……
鼻を啜る音が止んだ。
「いいか、ケイティ。今後もこの城にリヴェアが来ることは避けられんだろうが、こんな胸のあいた衣裳は許さんぞ」
「お心のままに」
「わかったな」
念を押すレオン様に、感情の無い声でケイティが応じるのが聞こえた。さっきまでのしおらしさが嘘のよう。
嘘泣きでしたか、やっぱり。
「ごゆるりとお休みなされませ」
慇懃な(あとちょっとで「無礼」になりそうだ)声に対してレオン様が返した言葉は。
「警護の兵は遠ざけろ。……呼ぶまで起こしに来るな」
ケイティはたぶん頭だけ下げたのだろう。
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