溺愛三公爵と氷の騎士 異世界で目覚めたらマッパでした

あこや(亜胡夜カイ)

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7.-37

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 アルフは全身黒づくめ。細身の黒い開襟シャツ、黒いパンツ、黒の長靴。剣帯も留め具も黒。黒髪は結わずに下ろしている。なめらかな褐色の肌に、整った眼鼻立ち。瞳だけが煌々と紅く光っていて、それさえも彼を飾る宝飾品のようだ。

 綺麗な男だなあ、と素直に思う。いつだったかも同じようなことを考えたことがあったっけ。
 オルギールだの三公爵様だので耐性ができているだけで、本当にこの男は野性的な魅力に溢れている。
 以前ほど「危険な香り」がしないのは、ひいき目だろうか?それとも、彼自身、何か変化したのか。

 「……どうした、お姫様。こんなところに」

 彼を前に黙り込んだ私に、彼は屈託のない声をかけた。
 くるくる、と私の周りを見渡して、ニヤリとする。

 「珍しい。お姫様、ひとりで来たのか?あの銀髪野郎は?」
 「その言い方、やめてくれる?」

 なんか、むかつく。私はすぐに言い返した。
 オルギールもアルフのことをたぶん嫌っているけれど、「あの野郎」とは言わない。

 「カルナック大佐、よ。失礼でしょ」
 「わかったよ」

 口をへの字にしながらも、大人しく彼は言った。

 「……それより」

 私は話題を変えることにした。

 「アルフ、怪我をしているのでしょう?大丈夫なの?」
 「問題ない」

 彼は即答した。
 そして、大げさに口元を歪め、

 「心配してくれるのかよ?」

 と、わざとのように小ばかにしたような言い方をした。
 
 「……まあ、重傷ではないのだろうけれど」

 彼が、あえてこういう言い方をするってことは、結構痛むはずだ。
 心配云々はともかく、戦場で受けた傷は軽んじてはいけないから、私は目を眇めて彼を眺めた。

 「問題ない」イコール「軽傷」とは限らない。実際、彼の胸元から確かに白い包帯がちらちらのぞいているし、本当に軽傷なら、救護所へ来る必要はないだろう。

 「無理してない?だってあなた、船上で剣にもたれてやっと立っていたでしょ」
 「あれは」

 見てたのかよ、あの状況で。

 舌打ちとともに、アルフは呟いた。

 「やっぱりね。……救護所で手当てを受けるほどの傷を負ったまま、海に飛び込むなんて。……なんて無茶なことを」

 お礼を言おうと思ったのに、ついつい説教モードになってしまった。
 レオン様には甘えっぱなしだし、オルギールは「万能のひと」だし、何気に私が説教をかますことができる対象者は少ない。
 その点、アルフは歳も多分同じくらいで、なにより、それこそさっきまでぼんやり考えていた「身分」のことが関係しているのだろうけれど、元の世界の傭兵仲間に一番通じるものがあって、話しやすくてちょっぴり居心地がいいのだ。

 「二度と、あんな無茶しないで。死ぬほど痛かったでしょ」
 「飛び込んだ時、一瞬だけだ」
 「強がらないで」
 「嘘じゃない。……それより、お姫様」

 アルフは怪我の話を強制終了してしまった。

 「あんたひとりで、どこへ行くんだ?」
 「そういえば」

 ひとりで、散歩に行くところだった。
 そう言うと、なんと彼は、俺もついていく、と言う。

 「え~それは」
 「嫌なのかよ」

 とたんに、アルフは不機嫌声を発した。喜怒哀楽がはっきりしているひとだ。
 魔王と違って怖くない。平気、平気。

 「イヤ。ひとりで、羽を伸ばしに来たの」
 「はっきり言うよな、相変わらず」

 アルフは不平そうに鼻を鳴らした。
 けれど、諦めたかと思いきや、黒髪をさらりと揺らしてわざわざ私と目線をあわせ、覗き込むようにして、

 「副官が不在のときだ。別動隊の隊長が護衛についたっていいだろ」

 と熱心に言った。
 からかうでもなく真っすぐに私を見つめる紅い双眸を、結局無視することも拒絶することもできなくて。

 「護衛って。……あなた、怪我しているのに」

 私ができた反論はしょせんこの程度。
 アルフは、怪我は問題ない、って言ったよな?と、打って変わって機嫌のよい声で言い、私の隣に並んで、参りましょう、姫君、とおどけたように手を差し伸べた。

 「お忍びなんだから、そういうのはいらない」

 あっさりエスコートは断って、私はやむなく彼と並んで歩き始めた。
 ちぇ、とは言ったものの、アルフはなんだかとても嬉しそうだ。



*********


 
 救護所を背にして町中へと歩いてゆくと、町の封鎖や戦闘や、という諸々があったとは思えないほど、商店は活気があって賑やかだ。
 やはり、ここでもまた地元のひとよりずっとグラディウス兵が目につくが、それでも、このあたりは下調べの時に覚えたけれど小規模商店が多くて、攻略地点ではなかったから、必然的にダメージもほとんどなかったようなのだ。
 
 だから、見かける兵士達も、警備、というより、交代で休憩をとっている者達が、帰還を見越してお土産を買い求めたり、地元の気軽な食堂に入ったり、という、なんとも穏やかな様子である。

 「どこか行きたいところ、あるのか?」
 「べつに。でも、こういうところ、来たかったからちょうどいい」

 アルバから初めて出たのが戦争のためとはいえ、「劇的に勝利」という当初の目的は達成したし、ぐっすりひと眠りした後だし、日の光の中で初めてみる町の活気と、潮の匂い、町行くひとびとの様子を見ているだけで、楽しくて仕方がない。

 うきうきと、右へ行ったり左へ行ったりしながら歩いていたけれど、アルフは気まぐれな私の歩みに文句も言わずついてきてくれる。
 
 気が付けば、さりげなく対向からくるひととぶつからないように誘導してくれたり、何よりも、たまに私の顔を見て「あれ?」という顔をする兵士がいると、速やかに私の前に立ちはだかって顔が見えないようにしてくれたり、相当気配りしてくれているようだ。

 ──思ってたより、もっと、いい奴かも。

 現金にも、私はそう考え始めていた。

 もちろん、能力的には凄い男だ。それはとっくにわかっていた。たぶん伸びしろがある。自分で言っていたけれど、いずれ私を超えるのかもしれないレベル。それに、ずいぶんと真っすぐに、ひとを見て、話をするようになったと思う。小馬鹿にしたような、斜に構えた様子は全く感じなくなった。そこが、ポイントが高い。
 そして、このごく自然な気遣い。これは、異世界の男子なら当然なのか?

 「……有難う、アルフ」

 さっきは説教モードにスイッチが入ったせいで言えなかったお礼の言葉が、今ようやく、するりと自分の口からこぼれ出た。

 「なんだよ、いきなり」

 傍らのアルフが、私に目を向けた。
 細いけれど、きりりとした、かたちのよい眉をわずかにひそめている。

 「礼を言われる覚えがない」
 「ずっと言おうと思ってたの」

 歩きながらでは失礼だ。
 私は足を止めて、アルフを見上げた。

 「助けに来てくれて、無事でいてくれて、本当に嬉しかった。……震えがくるほど」

 まだ今日の深夜、未明のことだ。
 まざまざと思い出せる。
 青い洞窟を出たら沖を埋め尽くす軍船。公と、オルギールと、アルフの姿。アルフとは、総督府に入る前に別れたから、安堵したと同時に、長剣に寄り掛かって立つ彼がとても心配だったのだ。
 そして、海から現れたオルギールとアルフを見たとき。……眩暈がするほどの、心からの歓喜。

 「アルフ、どうも有難う。結構、ひどい怪我でしょう?それなのに助けに来てくれて。本当に有難う」
 「……やめてくれよ、頭なんか下げないでくれよ」

 困惑顔に私の話を聞いていたアルフは、鼻にしわを寄せて言った。

 「お礼くらい、言わせてよ」
 「言うのは構わんが、あんたが俺に頭下げるなよ」
 「でも、お礼だもの。誰が、ふんぞり返ってお礼を言うの?」
 「そうじゃなくて」

 アルフは長い黒髪が左右に散るほど激しく頭を振ると、私の両肩に手を置いて、

 「いいか、お姫様」

 と、真剣な面持ちで言った。
 とても真剣だから、両肩に乗った手には目を瞑ることにして、続きに耳を傾ける。

 「誤解するな。俺はお姫様だから命をかけてでも守るんだ。俺がそうしたいから、だ。あんたに何かあったら、俺は生きてる意味なんてない。俺は、俺自身のためにあんたを助けたいんだ。これからもずっと。礼なんか言われる筋合いじゃない。ましてや、頭なんて絶対に下げないでくれ」

 そう、ムキにならなくても。

 思わず、突っ込みたくなったけれど、この状況でそれを言うほど、私も馬鹿ではない。
 斜め下を向いて黙っていると、不意に、頭が温かいものに覆われた。

 ……アルフの、手。大きくてごつごつした温かい手。

 え?と彼を見上げると、彼の紅い瞳はとっくに私に向けられていて、目があったとたん、甘く、柔らかく、お姫様、とちいさな声で言った。 
  
 「あんたこそ無事でいてくれてよかった」

 そっと、こちらの反応を恐れるかのようにそぅっと、私の髪を梳きながら、アルフは囁いた。

 「散らばったあんたの武具を見たとき。……俺は息が止まるかと思った。どんな目にあわされたかと。……大事なかった、と、大佐から聞かされるまで、俺は気が狂いそうだった」

 いつもなら、接近し過ぎのアルフの手は拒否するのだけれど。
 彼の言葉、声、壊れ物を扱うようなしぐさ。

 ……払いのけることができないまま、私は黙って彼の言葉に聞き入っていた。

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