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グラディウス兵達が上げる歓呼の声の中、絞め技一歩手前のような抱擁がようやく終わると、次に始まったのは公開羞恥プレイだった。
私歩けます、と言う私の発言は見事にスルーされ、火竜の君は私をお姫様抱っこにすると、満面の笑みで船を近づけてきた「くっつけ隊」副長のウルマン少将に、帰投するぞ!と声をかけ、ひらり、と、それは鮮やかに船を飛び移った。無言で、オルギールとアルフが後に続く。彼らを労いたいのだけれど、なんだか火竜の君の俺様ぶりが際立っていて、きっかけを作ることができない。
そもそも、鎧を取られた私の恰好はぴったりとした忍びのような黒装束で、上半身裸の逞しい火竜の君に抱っこされていると、感触が生々しくてどうにも落ち着かないのだ。
「あの、オーディアル公」
私は公爵の美しい濡れ髪をひっぱって注意を促した。
どうした?ととても優しい空色の目に私を映し、続きを促してくれる。
船体の高さがあまりに異なり、縄梯子を使わないと旗艦に乗船できないため、どうやら、ウルマン少将の乗った舟でこのままウルブスフェルの港まで戻るらしい。少将と兵士数名、公爵と私、そしてオルギールとアルフ。二十名程度は乗れる船だけれど、なんとなく窮屈だ。私を降ろして下さったら縄梯子を使って旗艦に戻れますよ、と言ってみたのだけれど、返事の代わりにぎゅう、と抱っこのままさらに強く抱きしめられ、無言で頬ずりされたので、私は全て諦めることにした。乗り合わせた兵士はにこにこしているし、ウルマン少将を恨めし気に見上げてもスルーされ、ご無事で何よりですと満面の笑顔で言われるばかりで埒が明かない。
少将に勧められるまま腰を下ろした公爵は、あらためて私を膝上で抱えなおして抱き締めた。頬ずりは止まず、たまに耳朶に唇をかすめられ、気のせいだと思いたいけれど私のお尻の下に硬いものがあたっているような感触があって、いたたまれない。公開羞恥プレイ続行中だ。どうやら、港に着くまでこのままらしい。私は羞恥心を放棄することにした。
そういえば、以前、オルギールがなんか言っていたっけ。
男たちが勝手にやっていることだと。理屈は不要だ、と。
確かにそのとおりかもしれないな。
夜半を過ぎたというのに、無精ひげが生えることもないのか、オーディアル公に美しいすべすべの頬をくっつけられながら、私はとりとめなくぼんやりと考えた。
・・・恥ずかしがっても無意味だな。このひとたち、どうせ私の言うこときかないし。
優しいオーディアル公も、結局は俺様公爵だし、オルギールは常にそうだ。丁寧語と恭しい態度で、いつもやりたい放題。アルフは、まだしも私に遠慮があるのだろうけれど、常に直球勝負で自分の気持ちをぶつけてくる。
でも、嫌悪感がないのよね。
知らず、私は小さくため息をついた。
レオン様が大好き、と言いながら、決して誰に対しても本気で抵抗しない自分がいる。
オーディアル公の抱っこも、頬ずりも。オルギールのとんでもないアレコレも。機会さえあれば距離を詰めて私に近づき、愛情を隠そうともせず「お姫様」と私を呼ぶアルフも。
嫌悪感と言えば。
とたんに、気分が悪くなった。口の中が酸っぱくなる。
ほんの一刻と少し前。総督府の居間で受けた仕打ちを思い出すと嫌悪感で身震いがする。
耳元に吹きかけられた生臭い息づかい、暴力的にからだじゅうを這いまわるたくさんの手、下卑た声。
グラディウス兵が総督府に迫り、奴らにとっても時間がなかったからあの程度で済んだだけだ。読み通り、助けが来てくれたからこうしていられるけれど、あのままさらわれていたら。
いくら、私が覚悟をしていたとしても、死んだ方がマシなくらい辛いめにあっていただろう。
「あの子」みたいに。
私は拳を握って、不快な想像を追い出すように無意識に頭を振った。
「・・・姫?」
私の様子に敏感に気付いたらしく、オーディアル公はようやく頬ずりをやめた。
見下ろす空色の瞳があまりに真っ直ぐで、落ち着かない気持ちになってしまう。
「姫、どうした?具合が悪いか?」
「いいえ、オーディアル公」
私は何でもないように笑んで見せたつもりだったけれど、意外にも、と言っては失礼だが、なかなか機微に敏いオーディアル公は不審に思ったようだ。
握りしめた私の拳を、大きな手でなだめる様にゆっくりと撫でて解かせると、そのまま柔らかく私の手を包み込んだ。
「・・・もうすぐ、港に着く」
優しい、穏やかな声で、オーディアル公は言った。
「町は、我々が制圧している。姫の奇襲が成功したせいで、町の被害は最小限だ。旅籠も確保してある。姫はそこで休むといい」
「・・・お風呂に入りたい」
無意識に、私は言ってしまった。
姫、と、オーディアル公が表情をこわばらせる。
ずっと、静かに、傍らを守るようにして控えるオルギールもアルフも、目の光を強くしてこちらを見つめている。
汗と埃と、からだじゅうに残るイヤな感触と、何より嫌悪感を洗い流したかったのだけれど、それを悟られてしまったようだ。
「・・・埃っぽいし、汗を流したいだけ」
それだけです、公。
あえてみなまで言わず、言外を匂わせて、私はにっこりした。
「・・・ならば、すぐに風呂を用意させておこう」
総督府の居間に踏み込んだときに供をした兵士以外の者達がいるので、少なくともここで公爵もそれ以上を問うことはやめたらしい。兵の一人を呼ぶと、上陸後、逗留予定の旅籠で湯を使えるようにと指示を出した。頷いた兵士は、驚いたことに、旗を振って、他船に何か伝えている。それが、みるみる次の船、また次の船と移ってゆく。手旗信号だ。
すごい、と思ったけれど、内容を想像すると一挙に脱力した。
戻ったら風呂!とか伝達されたのかと思うと、オヤジみたいで残念になる。
それに、一般の兵士達は出陣してから、満足に湯を使ってはいないはず。戦後処理もせずに風呂に入って私だけ休んでいるなんて、居心地が悪いことこの上ない。
「あの、オーディアル公」
せめて、お言葉に甘えてお風呂は頂くにしても、休んでなどいられません、と少し強張った表情のままの公爵に言ったものの、想像通りというべきか、彼は頑として首を縦に振ろうとはしなかった。
「姫は十二分に働いてくれた。後始末は我らの仕事」
「そうですよ、姫君。お休みなされませ」
オルギールとアルフの向こうから、ウルマン少将が口を挟む。
ジト目になる私は悪くない。くっつけ隊、はろくなことを言わない。
「お休み頂けませんと、公がご心配のあまり挙動不審になられますのでね。我々を助けると思って」
「けれど、だってですね」
「・・・准将閣下、僭越ながら俺からも頼む」
黙って聞いていたアルフまで参戦した。
少将や兵士達がいることを気にしてか、准将、と生真面目に呼ぶのは感心だけれど、かえって発言の本気度が知れようというものだ。ちょっと引いてしまう。
「でも、だって、隊長」
「どうか、閣下。休息を」
アルフに丁重に、深々と頭を下げられ、私は二の句が継げなくなった。
オルギール、何とか言って!と目で訴えると、オルギールは軽く頷きを返してくれた。
しかし、彼は。・・・わかってくれたか、と思ったのに。
「・・・公。ここは休息をとるよう、お命じなされませ」
と、言い放った。
「ちょっと、オルギール!」
指揮官たるものの責務、責任について彼ならわかってくれたと思ったのに!
「准将閣下の責任感たるや賞賛されるべきものと存じますが、休息はとるべきときにとってこそ最大限の効果を発揮するもの。・・・公、ご命令を」
「なるほど。道理だ」
オーディアル公は得たりとばかりに頷いて、蕩ける笑顔を私に向けた。
「トゥーラ准将。このたびの働き、まことに目覚ましきもの。御身はグラディウスの至宝。・・・まずは体を休め、公都への帰途に備えよ」
口調をあらためた公爵は大変威厳に満ち溢れているけれど、言ってる内容ときたら、貴女は大事な宝物だから帰るまで休んでいなさい、ってことだ。
トドメに、私の手を口元にもってゆき、じゅわ、と唇を押し当てた。口調がご立派なだけで、表情と発言内容と行動。これらは全く感心しない。
「ご命令とあらば止むをえませんね、准将閣下」
力尽きて俯く私に、オルギールは更なるダメ押しをした。
そして。
「・・・公爵閣下、ウルマン少将、ご安心を。副官たる私が、責任をもって、准将閣下を寝室へお送り致しましょう」
「オルギール!」
私は公爵の膝の上で飛び上がった。なんてことを言うのだ。
送るだけで済むのか?と私の頭上でオーディアル公の呟きが聞こえる。内容が微妙なので、トーンは落としたようだ。
なんかそれまずくないか、とぶつくさ言うアルフの発言も聞こえてくる。
「いや、カルナック大佐殿。・・・貴公のお力添えなく戦後処理はとてもとても、、、」
「くっつけ隊」副官としても、不穏なものを感じたらしく、ウルマン少将は果敢にも応戦したけれど、オルギールのひと睨みと次の発言で言葉を失った。
「光栄ですが、少将。私は文官、武官である前に医師でして」
オルギールの「私は医師」発言。これが出るとヤバい。まずい。
医師・オルギールが以前何をしたか。そんなに前のことではないし、七転八倒するほど恥ずかしい記憶だ。忘れるわけがない。
私、どこも悪くありません、と言ってみたものの、すっかり怯えてしまって覇気のない独り言にしかならなかった。
地獄耳のオルギールには聞こえたかもしれないけれど。
「・・・・・・准将閣下の体調管理は私の職務。奮戦された閣下に何かあれば一大事。閣下のお体に不調がないか、私が責任をもって診察し、しっかりとお休み頂けるよう尽力致しますのでお任せを」
診察不要!と私は心から思った。下手なことを言うと、三倍返しくらいにはなりそうだから思っただけだけれど。
オーディアル公以下、皆が微妙な顔をしている。休め休めと言った手前、診察が不要だと言い切るには根拠に欠けるらしく黙っているけれど。
医者変えたほうがいいんじゃないか、とかろうじてアルフが呟いたが、オルギールが堂々とし過ぎていていつものように突っかかることはできないらしい。
そうこうするうちにも、滑るように船は進み、もうすぐ港が近い。たくさんの灯りが見えてきた。旗艦を含め、もう少し大型の船はもっとゆっくり戻るようだ。
「オーディアル公、お疲れ様でございました。・・・これよりは私が閣下をお連れ致しましょう」
濡れた銀色の髪をかきあげながら、不満げに押し黙る公爵から私を受け取るべく長い腕を差し伸べて、オルギールは妖しいほどに美しく微笑んだ。
私歩けます、と言う私の発言は見事にスルーされ、火竜の君は私をお姫様抱っこにすると、満面の笑みで船を近づけてきた「くっつけ隊」副長のウルマン少将に、帰投するぞ!と声をかけ、ひらり、と、それは鮮やかに船を飛び移った。無言で、オルギールとアルフが後に続く。彼らを労いたいのだけれど、なんだか火竜の君の俺様ぶりが際立っていて、きっかけを作ることができない。
そもそも、鎧を取られた私の恰好はぴったりとした忍びのような黒装束で、上半身裸の逞しい火竜の君に抱っこされていると、感触が生々しくてどうにも落ち着かないのだ。
「あの、オーディアル公」
私は公爵の美しい濡れ髪をひっぱって注意を促した。
どうした?ととても優しい空色の目に私を映し、続きを促してくれる。
船体の高さがあまりに異なり、縄梯子を使わないと旗艦に乗船できないため、どうやら、ウルマン少将の乗った舟でこのままウルブスフェルの港まで戻るらしい。少将と兵士数名、公爵と私、そしてオルギールとアルフ。二十名程度は乗れる船だけれど、なんとなく窮屈だ。私を降ろして下さったら縄梯子を使って旗艦に戻れますよ、と言ってみたのだけれど、返事の代わりにぎゅう、と抱っこのままさらに強く抱きしめられ、無言で頬ずりされたので、私は全て諦めることにした。乗り合わせた兵士はにこにこしているし、ウルマン少将を恨めし気に見上げてもスルーされ、ご無事で何よりですと満面の笑顔で言われるばかりで埒が明かない。
少将に勧められるまま腰を下ろした公爵は、あらためて私を膝上で抱えなおして抱き締めた。頬ずりは止まず、たまに耳朶に唇をかすめられ、気のせいだと思いたいけれど私のお尻の下に硬いものがあたっているような感触があって、いたたまれない。公開羞恥プレイ続行中だ。どうやら、港に着くまでこのままらしい。私は羞恥心を放棄することにした。
そういえば、以前、オルギールがなんか言っていたっけ。
男たちが勝手にやっていることだと。理屈は不要だ、と。
確かにそのとおりかもしれないな。
夜半を過ぎたというのに、無精ひげが生えることもないのか、オーディアル公に美しいすべすべの頬をくっつけられながら、私はとりとめなくぼんやりと考えた。
・・・恥ずかしがっても無意味だな。このひとたち、どうせ私の言うこときかないし。
優しいオーディアル公も、結局は俺様公爵だし、オルギールは常にそうだ。丁寧語と恭しい態度で、いつもやりたい放題。アルフは、まだしも私に遠慮があるのだろうけれど、常に直球勝負で自分の気持ちをぶつけてくる。
でも、嫌悪感がないのよね。
知らず、私は小さくため息をついた。
レオン様が大好き、と言いながら、決して誰に対しても本気で抵抗しない自分がいる。
オーディアル公の抱っこも、頬ずりも。オルギールのとんでもないアレコレも。機会さえあれば距離を詰めて私に近づき、愛情を隠そうともせず「お姫様」と私を呼ぶアルフも。
嫌悪感と言えば。
とたんに、気分が悪くなった。口の中が酸っぱくなる。
ほんの一刻と少し前。総督府の居間で受けた仕打ちを思い出すと嫌悪感で身震いがする。
耳元に吹きかけられた生臭い息づかい、暴力的にからだじゅうを這いまわるたくさんの手、下卑た声。
グラディウス兵が総督府に迫り、奴らにとっても時間がなかったからあの程度で済んだだけだ。読み通り、助けが来てくれたからこうしていられるけれど、あのままさらわれていたら。
いくら、私が覚悟をしていたとしても、死んだ方がマシなくらい辛いめにあっていただろう。
「あの子」みたいに。
私は拳を握って、不快な想像を追い出すように無意識に頭を振った。
「・・・姫?」
私の様子に敏感に気付いたらしく、オーディアル公はようやく頬ずりをやめた。
見下ろす空色の瞳があまりに真っ直ぐで、落ち着かない気持ちになってしまう。
「姫、どうした?具合が悪いか?」
「いいえ、オーディアル公」
私は何でもないように笑んで見せたつもりだったけれど、意外にも、と言っては失礼だが、なかなか機微に敏いオーディアル公は不審に思ったようだ。
握りしめた私の拳を、大きな手でなだめる様にゆっくりと撫でて解かせると、そのまま柔らかく私の手を包み込んだ。
「・・・もうすぐ、港に着く」
優しい、穏やかな声で、オーディアル公は言った。
「町は、我々が制圧している。姫の奇襲が成功したせいで、町の被害は最小限だ。旅籠も確保してある。姫はそこで休むといい」
「・・・お風呂に入りたい」
無意識に、私は言ってしまった。
姫、と、オーディアル公が表情をこわばらせる。
ずっと、静かに、傍らを守るようにして控えるオルギールもアルフも、目の光を強くしてこちらを見つめている。
汗と埃と、からだじゅうに残るイヤな感触と、何より嫌悪感を洗い流したかったのだけれど、それを悟られてしまったようだ。
「・・・埃っぽいし、汗を流したいだけ」
それだけです、公。
あえてみなまで言わず、言外を匂わせて、私はにっこりした。
「・・・ならば、すぐに風呂を用意させておこう」
総督府の居間に踏み込んだときに供をした兵士以外の者達がいるので、少なくともここで公爵もそれ以上を問うことはやめたらしい。兵の一人を呼ぶと、上陸後、逗留予定の旅籠で湯を使えるようにと指示を出した。頷いた兵士は、驚いたことに、旗を振って、他船に何か伝えている。それが、みるみる次の船、また次の船と移ってゆく。手旗信号だ。
すごい、と思ったけれど、内容を想像すると一挙に脱力した。
戻ったら風呂!とか伝達されたのかと思うと、オヤジみたいで残念になる。
それに、一般の兵士達は出陣してから、満足に湯を使ってはいないはず。戦後処理もせずに風呂に入って私だけ休んでいるなんて、居心地が悪いことこの上ない。
「あの、オーディアル公」
せめて、お言葉に甘えてお風呂は頂くにしても、休んでなどいられません、と少し強張った表情のままの公爵に言ったものの、想像通りというべきか、彼は頑として首を縦に振ろうとはしなかった。
「姫は十二分に働いてくれた。後始末は我らの仕事」
「そうですよ、姫君。お休みなされませ」
オルギールとアルフの向こうから、ウルマン少将が口を挟む。
ジト目になる私は悪くない。くっつけ隊、はろくなことを言わない。
「お休み頂けませんと、公がご心配のあまり挙動不審になられますのでね。我々を助けると思って」
「けれど、だってですね」
「・・・准将閣下、僭越ながら俺からも頼む」
黙って聞いていたアルフまで参戦した。
少将や兵士達がいることを気にしてか、准将、と生真面目に呼ぶのは感心だけれど、かえって発言の本気度が知れようというものだ。ちょっと引いてしまう。
「でも、だって、隊長」
「どうか、閣下。休息を」
アルフに丁重に、深々と頭を下げられ、私は二の句が継げなくなった。
オルギール、何とか言って!と目で訴えると、オルギールは軽く頷きを返してくれた。
しかし、彼は。・・・わかってくれたか、と思ったのに。
「・・・公。ここは休息をとるよう、お命じなされませ」
と、言い放った。
「ちょっと、オルギール!」
指揮官たるものの責務、責任について彼ならわかってくれたと思ったのに!
「准将閣下の責任感たるや賞賛されるべきものと存じますが、休息はとるべきときにとってこそ最大限の効果を発揮するもの。・・・公、ご命令を」
「なるほど。道理だ」
オーディアル公は得たりとばかりに頷いて、蕩ける笑顔を私に向けた。
「トゥーラ准将。このたびの働き、まことに目覚ましきもの。御身はグラディウスの至宝。・・・まずは体を休め、公都への帰途に備えよ」
口調をあらためた公爵は大変威厳に満ち溢れているけれど、言ってる内容ときたら、貴女は大事な宝物だから帰るまで休んでいなさい、ってことだ。
トドメに、私の手を口元にもってゆき、じゅわ、と唇を押し当てた。口調がご立派なだけで、表情と発言内容と行動。これらは全く感心しない。
「ご命令とあらば止むをえませんね、准将閣下」
力尽きて俯く私に、オルギールは更なるダメ押しをした。
そして。
「・・・公爵閣下、ウルマン少将、ご安心を。副官たる私が、責任をもって、准将閣下を寝室へお送り致しましょう」
「オルギール!」
私は公爵の膝の上で飛び上がった。なんてことを言うのだ。
送るだけで済むのか?と私の頭上でオーディアル公の呟きが聞こえる。内容が微妙なので、トーンは落としたようだ。
なんかそれまずくないか、とぶつくさ言うアルフの発言も聞こえてくる。
「いや、カルナック大佐殿。・・・貴公のお力添えなく戦後処理はとてもとても、、、」
「くっつけ隊」副官としても、不穏なものを感じたらしく、ウルマン少将は果敢にも応戦したけれど、オルギールのひと睨みと次の発言で言葉を失った。
「光栄ですが、少将。私は文官、武官である前に医師でして」
オルギールの「私は医師」発言。これが出るとヤバい。まずい。
医師・オルギールが以前何をしたか。そんなに前のことではないし、七転八倒するほど恥ずかしい記憶だ。忘れるわけがない。
私、どこも悪くありません、と言ってみたものの、すっかり怯えてしまって覇気のない独り言にしかならなかった。
地獄耳のオルギールには聞こえたかもしれないけれど。
「・・・・・・准将閣下の体調管理は私の職務。奮戦された閣下に何かあれば一大事。閣下のお体に不調がないか、私が責任をもって診察し、しっかりとお休み頂けるよう尽力致しますのでお任せを」
診察不要!と私は心から思った。下手なことを言うと、三倍返しくらいにはなりそうだから思っただけだけれど。
オーディアル公以下、皆が微妙な顔をしている。休め休めと言った手前、診察が不要だと言い切るには根拠に欠けるらしく黙っているけれど。
医者変えたほうがいいんじゃないか、とかろうじてアルフが呟いたが、オルギールが堂々とし過ぎていていつものように突っかかることはできないらしい。
そうこうするうちにも、滑るように船は進み、もうすぐ港が近い。たくさんの灯りが見えてきた。旗艦を含め、もう少し大型の船はもっとゆっくり戻るようだ。
「オーディアル公、お疲れ様でございました。・・・これよりは私が閣下をお連れ致しましょう」
濡れた銀色の髪をかきあげながら、不満げに押し黙る公爵から私を受け取るべく長い腕を差し伸べて、オルギールは妖しいほどに美しく微笑んだ。
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