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 実は、上陸前にほんの少しだけひと悶着があった。

 うわべだけの丁重さでもって、オルギールはオーディアル公の膝から私を回収したのだけれど、ケガもししていない私が抱っこされ続けて人前にさらされるのはどうにも抵抗があったのだ。

 私は軍人、それも指揮官のひとりとして従軍しているのだし、負傷しているわけではなく、自分の足で歩ける。さらに言えば、おめおめと人質になって連れ去られ、救助と脱出とが上手く連携できたからいいものの、私としては失態だったと思っている。その私を、宝物みたいに公爵やオルギールが皆の前で抱っこしまくるのはいかがなものか。

 少人数の船であったから、私は直截にそう述べて自分の足で上陸したい、と言ったのだ。

 「姫の希望でもそれは許可できない」

 返ってきたのは、取り付く島もない公爵の却下の言葉だった。

 なぜ、と食い下がる私を宥めるように、緩く握ったままの手を撫でる。
 この期に及んでまだ手か!?と私は息まいたけれど、後に続くオーディアル公の言葉は耳の痛いものだった。

 「・・・姫は甲冑を身に着けていない」
 「!?・・・それは、」

 海に飛び込むつもりで甲冑を脱いだ彼らとは違う。濡れ髪でも何でもない私が、鎧下の真っ黒な肌着だけ、というのは、確かに異様な光景だ。
 海へ先回りした、ということは、総督の居間の惨状を見たのだろうし、私があの場で武装解除させられたこともわかっているのだろう。
 ちょっと不快だっただけだ。大したことはない。けれど、大事になる一歩手前だったことは明らかなわけで。

 「余計な憶測を呼ばぬよう、という意味もある。我らが抱き上げていれば、姫に焦がれる男が暴走している、と思われるだけだ」

 公爵は、諭すように言った。

 そこまで、考えていてくれたとは。確かに、公爵が色ボケしてるだけだと思ってたけれど。

 自分の浅慮に嫌気がさして、項垂れた私の頭を、オルギールがとても優しく撫でてくれる。
 言うまでもなく、手は公爵に確保されたままだ。


 ------こうして、上陸する頃には私はすっかりおとなしくなって、オーディアル公や少将、アルフ達と別れ、オルギールに抱かれて旅籠へと向かったのだった。



******



 港にほど近い、閑静な地域に、見るからに高級な旅籠が数件、並んでいた。

 町の開放とともに、上級武官たちの宿泊所として接収したらしい。警護のためだろう、たくさんの兵士達が旅籠を囲んでいる。
 兵達の歓迎の声と、敬礼を受けながら(オルギールに抱っこされたまま「准将閣下、ご無事で!」とか「戦勝、おめでとうございます!」と言われるのが恥ずかしくて仕方がない)旅籠に逃げ込むと、立派な部屋にはもちろん専用の浴室が付いていて、ホカホカのお風呂の支度が出来上がっていた。

 「私ばかり申し訳ないけれど。・・・でも正直、とっても嬉しい」
 
 私は少しはしゃぎ気味だったかもしれない。ようやく床におろしてもらって、小躍りして言った。
 すぐにもお風呂を頂こうと、肌着に手をかけながら「オルギール、有難う。お疲れ様」と声をかける。
 私を下ろしたあと、彼は黙然と立ち尽くして、いっこうに部屋を出ようとしないのだ。

 「あの、オルギール。・・・私、すぐにお風呂に入りたいのだけれど」

 だから、退室してくれる?と首を傾げてみせると、彼は、左様でございますね、と言って、おもむろに私の肌着に手をかけた。

 「!?・・・ちょっと・・・!?」

 オルギール、血迷ったか!?

 驚きすぎてものが言えない私の両手を「ちょっと失礼」と上げさせ(ようは、子供のお着換えのときの「バンザイ」だ)、オルギールはさっさと上半身の肌着を取り去った。 
 
 「ちょ、っ・・・待って・・・」
 「失礼、リヴェア様」

 あまりのことにまだ思考停止の私を人形のように扱い、屈んだオルギールは私の腰を抱いて両足を宙に浮かせると、これまたさっさと黒の足通しを取り去ってしまった。これも邪魔ですね、といいながら、足通しの下の簡素な下穿き(紐パンの構造になっている)をするり、と床に落としてしまった。続いて、胸当ても。
 あっぱれな手際のよさ。瞬く間に私はマッパにされた。

 ・・・と、一瞬だけ他人事のように感心したけれど、次の瞬間、驚愕と羞恥心で我に返って脳が沸騰した。
 慌てて胸と大事なところを隠し、しゃがみこもうとしてオルギールに阻止される。
 腰を引き寄せられ、素っ裸の私はオルギールに抱きしめられた。
 
 「オルギールっ」
 
 恥ずかしくて気が狂いそうだけれど、物申さずにいられようか。
 私はオルギールの硬い胸に抱き込まれたまま、必死で声を上げた。

 ・・・わずかに、まだ潮の匂いがする。たった一人で戦う私を、海を泳いで助けに来てくれた。アルフとともに。 その時の安堵、歓喜を思い出すと、多少怯んでしまうけれど、でもそれはそれ、これはこれだ。

 「オルギール、お風呂は一人で入ります、なぜこんな」
 「------リヴェア様」

 思わず、口を噤んでしまうほど、真剣な声だった。
 いつもいつも、顔にも声にも感情を出さないオルギールの、滅多に聞かない声。
 私の頭を、柔らかく、けれど、しっかりと抑え込まれてしまって、オルギールを見上げることができない。どんな顔をしているのか、見ようと思ったのに。

 「あなたを一人にしてしまって、危険な目に合わせて。・・・お詫びの言葉もありません」
 「そんな、オルギール。お詫びだなんて」

 私は抑えられたままの頭を出来うる限り横に振った。
 オルギールは何一つ悪くない。勝手に単独行動をして、気配も読まず罠にかかっただけだ。

 「私が悪い。言い訳できないくらい、私のせい」
 「あなたの傍にいながら、あなたを一人にしてしまった。あなたがとてもとても強いことは私にはよくわかっているのですが」

 心配、しました。そう言って、オルギールは言葉を切った。
 私の頭を押さえる手が緩んだので、ゆっくりと顔を上げると、至近距離にオルギールの美貌があった。
 彼の表情は、はっとするほど真剣で、どきどきするほど熱をもっていて。
 最高級の紫水晶のような瞳には、真っ裸の私が首を捩じって見上げている姿が映りこんでいる。

 とても、いい場面なんだろうけれど、自分の恰好を思い出すと、私は再び赤面した。

 「オルギール、お詫びはいらない。私が謝らなくてはならないくらい。でもその前にお風呂に」
 「私がお世話致しましょう」
 「はあ!?」

 なんで、そうなる!?
 
 前を隠すことも忘れて私はのけぞった。
 オルギールは熱を帯びた瞳のまま、恭しく私の額にくちづけを落とすと、ようやく、私を解放して。

 お世話。お世話って、風呂場で?

 大混乱して呆然とする私の前で、彼はさっさと海水の香りのする鎧下を脱ぎ、あっと言う間に下穿き一枚になってしまった。

 芸術の神が精魂込めて造り上げたかのような、逞しく、引き締まり、しなやかな、美しいからだ。その上には、人外の美貌があって、純銀の髪を揺らしてこちらを見下ろしている。
 こんな時でなければ、不謹慎だが涎が出るほどの眩さではあるけれど。

 「リヴェア様、どうか私にお任せを」

 打ち身などないか、お怪我の有無も診ることができますし。

 オルギールは甘く囁いて、混乱のあまり結果的に無抵抗となった真っ裸の私を、軽々と抱き上げた。
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