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7.-20

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 「------降伏せよ!」

 旗艦の近くから一艘の船が滑るように前へ出てきたかと思うと、そこから鋭い声が発せられた。
 ウルマン少将の声だ。
 さすがに一軍の将、浪間に声がさらわれることもなく、とてもよく通る。

 「退路は断たれている。今すぐ人質を解放し、降伏せよ!」
 「・・・畜生。・・・これまで、か・・・」
 「あんた!」

 腹から絞り出すような声でギルド長が言いかけたのを、キアーラが間髪を入れず遮った。
 ついでに背中を一発、どついている。
 この女、根性だけは褒めてやってもいいな、と、解いた縄を「解けていない」ように見せかけるため、そっと後ろ手に掴みながら、眺めていると。

 きっ!と、キアーラは私をすさまじい目で振り返り、睨みつけた。 
 ・・・私の存在を思い出しましたか。

 「あんた、しっかりしなよ!なんのための人質なのさ!?」

 そう言って、隣にいた私を、乱暴にギルド長に向けて突き飛ばした。
 地味に痛い。・・・さっき小突かれた分、今の分。覚えておかなくては。

 報復に向けてキアーラの所業をカウントしながら、私は不安定な船上でキアーラと位置を入れ替わり、ギルド長の横に押し出された。

 私より少しだけ背が高い、と言う程度のギルド長を見上げれば、爬虫類めいた酷薄な顔に一気に生気を漲らせて、船を寄せてきたウルマン少将を睥睨している。船が揺れるので、多少へっぴり腰なのが笑止千万だ。

 ギルド長が縄ごと私の腰を引き寄せ、抜きはらった短剣を私の喉元にあてがった。
 
 瞬時に、グラディウスに支配されかけた場の空気が一変する。
 姫!と言う声が、ウルマン少将からも、少し離れた旗艦からも聞こえたような気がする。

 「------退路は、まだあるさ。このとおり、な」

 冷たい、剣の切っ先が喉に触れる。・・・剣の構え方も私の腰の捉え方もなっちゃいないけれど、逆上した男に無茶をされるのはごめんだ。私も怪我をしたくない。それに、これ以上味方を心配させたくない。
 潮時かな、と間を測りながら旗艦を見上げる。

 遠目にも、火竜の君が悲壮な顔をしているのがわかる。舳先の突端すれすれに立って、落っこちそう。

 大丈夫ですよ、公。
 それに、オルギール、アルフ。・・・?

 ・・・あれ?二人とも、いない。どこへ行ったのかな?

 内心、首を傾げていると、ぐい!となおも腰を引き寄せられた。
 そして、あろうことか、耳をべろん、と舐められた!

 「!?・・・」
 「姫!」
 「姫君!!」

 グラディウスの軍勢から悲鳴とも怒声とも言えない声が上がった。
 気持ち悪い!・・・この男、この状況でよくも!

 「見ろ、総督はもちろん、グラディウスのお姫様は俺の手に・・・ぐわぁ!!!」
 
 耳元で騒ぐ男の声は、最後に悲鳴に変わった。

 縄から逃れた私は、ギルド長の拘束からも逃れ、奴の背後に回りながらその首に腕を回し、思い切り締め上げたのだ。

 「・・・私の耳なんか舐めて。・・・楽に死ねなくなったわね」

 ぼんのくぼを一撃してやると、男はあっけなく船底に沈んだ。

 「この、女!!」

 ギルド長と一緒の船に乗っていた兵士が、無謀にも飛びかかってきた。投降すればよいものを、人質が人質としての体をなさなくなったことで、かえって逆上したのか。さっきまでずっと、なれなれしく話しかけてきたり、ことさらに私のからだを触ってきた男だ。

 気絶したギルド長を縛り上げていた私の反応がわずかに遅れ、男の手にとらえられそうになったまさにその時。

 ガタン!っと、大きく、船が揺れた。
 思わず、船べりにつかまる。向かって来た男も、膝をついた。
 キアーラも、他の兵士も、体勢を整えようとてんでに船べりに手をかけた。
 海面から突如浮かび上がった影が二つ、同時に船へと乗り移る。
 紫水晶と紅玉。宝石のような二対の瞳が、私に向けられる。
  
 思わず、安堵の笑みがこぼれてしまう。

 ・・・嬉しい。やっぱり、来てくれた。

 剣を咥え、濡れそぼった髪から水を滴らせながら、オルギールとアルフがそこにいた。


 ------あとは、流れるように事が運んだ。間近に見ていてさえ、映画館の観客になったような、不思議な感覚。私も、当事者の一人なのに。

 オルギールもアルフも、咥えた短剣を手に持ち替えたとたん、まず船上の兵士に襲い掛かった。揺れる船上で重い鎧をつけたままの傭兵達が、身軽になって泳いできた二人に太刀打ちできるはずもなく、瞬き数回の間に彼らは戦闘能力を奪われ、負傷したからだを海上に投げ出された。
 傷口に海水が入り、絶叫する中、再び勢いづいたグラディウスの船が近づき、次々と拾い上げ、拘束する。残る三艘に分乗した兵士達も、あっけなく投降した。手鉤で引き寄せられた船にグラディウスの兵士達が次々と降りたち、傭兵を武装解除させ、連行する。

 あたしは悪くないと騒ぐキアーラに当て身をくらわせて気絶させ、ギルド長とは別々にして引き渡し、虚ろな目の総督も、からだの戒めを解いてから救助艇に乗せた上で、ようやく、オルギールとアルフは私に向き直った。

 二人とも、来てくれて有難う。

 そう言おうとしたのだけれど、不覚にも口ごもってしまった。

 アルフは胸が痛くなるほどやさしい眼差しを私にむけている。これで落ちない女はいないのじゃないか、と、脳が現実逃避するほど、やさしい、甘い眼差し。

 オルギールは・・・わからない。冷たくて熱い視線。いつもよりも目力が強いような気がするけれど、はっきり言って怖い。なんとか言ってほしい。

 「・・・あの、ええと」

 気を取り直して、改めてお礼を言おうとしたその時、

 「!?・・・」

 ザバ!と水を切る音と同時に、船が揺れて、もうひとり、乗り込んできた。
 オルギールは美麗な眉を僅かに顰め、アルフはちくしょう、と小さく悪態をついている。

 「姫!姫君!!」

 甲冑も肌着も脱ぎ捨てて、なんと上半身裸で美しい赤い濡れ髪を纏わりつかせたオーディアル公が、跪いて私の腰をかき抱き、掴んだ手に唇を押し当てながら、狂おしく何度も何度も私を呼んだ。

 いつもなら、やれやれ、と呆れ顔になる私だけれど。

 生真面目で沈着なオーディアル公の様子を見れば、どんなに私を案じてくれていたのかがわかる。
 オルギールとアルフの奮戦(抜け駆け、ともいう)に、いてもたってもいられなくなったのだろう。
 大軍を指揮する総大将としてはどうなのかとは思わずにいられないけれど。

 オルギールとアルフをチラ見すると、オルギールは月明りと篝火程度ではわからない無表情、アルフは口をへの字にしながらもしょうがねえな、という顔をしている。何かにつけてオルギールにはつっかかる彼だけれど、さすがに公爵には遠慮があるのだろうか。

 「・・・ご心配を、おかけいたしました」

 手を掴まれたままだから、騎士の礼はとれない。 
 私は少し屈んで、オーディアル公の頬に軽く、くちづけた。もちろん、自分からするのは初めてだ。

 「姫・・・!?」

 オーディアル公は真昼の空の色の目をこれ以上ないくらい見開いて、固まって。

 「ぐぇ!・・・・・・」

 次の瞬間、私は公爵の硬い胸に、サバ折りレベルの力で抱きしめられていた。
 冷たい海水に濡れているのに、温かい胸。・・・けれど、情緒がないですよと指摘したくなるほどの凄い力。

 「公爵、ぐるじぃ・・・」
 「姫、よかった。姫、無事で・・・」

 抱きしめられたまま息も絶え絶えの私の耳には、オーディアル公の熱い吐息交じりの囁きと、そして。

 「グラディウス万歳!トゥーラ、万歳!」

 ウルマン少将が声を張り上げた。たちまち、それは鯨波となって辺り一帯に轟きわたる。

 グラディウス万歳!トゥーラ万歳!

 兵士達の歓呼の声は、いつまでも止む気配なく続いていた。
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