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第九章 ── 関谷 友理 ──
汚れた過去【3】
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「あれ、尚斗くんだったんだ……」
たぐり寄せた記憶のなかで、確かに自分の名前を叫ばれたような気がする。
だが、その声は水中で聞いた音のように、はっきりとは聞きとれないものだった。
「驚いたよ。
ドアが開いたな、と思ったら、瑤子さんがドアにもたれるように倒れてきてさ。
オレ一人だったらパニクるところだったけど、姉貴が冷静でさ。
『あんた瑤子ちゃん、部屋まで運んで。
……大丈夫。高熱でどうこうっていうよりも、薬で眠気を誘われたって感じだから。
ほら、呼吸も、変な息の仕方じゃないし』
って、言われて。
それで、ちょっと気が引けたりもしたんだけど、オレ達、勝手に上がりこんじゃったんだ」
尚斗がこれまでの経緯を話していると、そこへ友理が戻って来た。
手には、小さな土鍋と小皿、レンゲの載ったトレイを持っている。
「それじゃあ、瑤子ちゃん。まずは、腹ごしらえね。
……あ、でも、その前に着替えかな。
汗かいてるだろうし、そのままじゃ気持ち悪いよね?
───尚斗、あんた部屋から出て行って。
ダイニングに昼食用意したから、それでも食べてて」
「ん。分かった」
素直に部屋を出て行く尚斗を見送って、友理は瑤子に下着などの在りかを訊いてきた。
着替えを用意すると、熱い湯に浸したタオルを絞って、瑤子の体を拭き始める。
「なんか……信じられないわ」
「え?」
瑤子の問い返しに、友理は着替えを手伝ってくれながら苦笑いする。
「だって、うちの阿呆と、瑤子ちゃんみたいな大人っぽい……キレイな子が付き合ってるだなんて……。
こう言っちゃなんだけど、瑤子ちゃんだったら、男に不自由しないでしょ?
何を好き好んで、尚斗なんかと……って、思っちゃった」
最後は少し声をひそめ、おどけて肩をすくめる。
「そんな……!」
瑤子は、おおげさに見られてしまうくらい、首を振った。
「私……私のほうが、尚斗くんに不釣り合いなんです……」
きゅっ……と、唇をひき結ぶ。
布団の端を握りしめ、うつむいた。
(……汚れた過去をもっている私のほうが───)
「瑤子ちゃん……?」
友理にしてみれば、この場にいない尚斗について、瑤子と軽口をたたく気でいたのだろう。
いきなりそんな風に瑤子に落ち込まれ、次の言葉に詰まったようだった。
そこへ、メッセージアプリの通知音が鳴り響いた。
「あ、ちょっと、ごめんね」
断りを入れ、友理は傍らのバッグから携帯電話を取り出した。
「ありゃ、裕希だわ……。そういえば、連絡入れるの、すっかり忘れてた……。
───もしもし、ごめん。うっかりしてて……うん。
ちょっといま、取り込み中で……んーん、平気。
弟の彼女が具合悪くて、様子見に来てるの。
だから、もうちょっと、かかりそうなんだけど」
「あの」
なんとはなしに話を聞くうち、瑤子は思わず声をかけてしまった。
どうやら友理が、自分のせいで約束をすっぽかしかけたようだと気づいたからだ。
「私のことでしたら、もう、大丈夫ですから。
おかげさまで、体もだいぶ楽になってきましたし。
ご迷惑かけてしまって、すみません」
「やだ、瑤子ちゃん。迷惑だなんて、そんな……。
ちょっと、ヒロ!
あんたのせいで、瑤子ちゃんによけいな気ぃ遣わしちゃったじゃない。
……ん、分かればよし。
じゃ、またあとで連絡するわ」
友理は強引に話を終わらせたようで、携帯電話をしまいこんでしまった。
それから気を取り直したように、土鍋に手を伸ばし、小皿へとよそいだす。
たぐり寄せた記憶のなかで、確かに自分の名前を叫ばれたような気がする。
だが、その声は水中で聞いた音のように、はっきりとは聞きとれないものだった。
「驚いたよ。
ドアが開いたな、と思ったら、瑤子さんがドアにもたれるように倒れてきてさ。
オレ一人だったらパニクるところだったけど、姉貴が冷静でさ。
『あんた瑤子ちゃん、部屋まで運んで。
……大丈夫。高熱でどうこうっていうよりも、薬で眠気を誘われたって感じだから。
ほら、呼吸も、変な息の仕方じゃないし』
って、言われて。
それで、ちょっと気が引けたりもしたんだけど、オレ達、勝手に上がりこんじゃったんだ」
尚斗がこれまでの経緯を話していると、そこへ友理が戻って来た。
手には、小さな土鍋と小皿、レンゲの載ったトレイを持っている。
「それじゃあ、瑤子ちゃん。まずは、腹ごしらえね。
……あ、でも、その前に着替えかな。
汗かいてるだろうし、そのままじゃ気持ち悪いよね?
───尚斗、あんた部屋から出て行って。
ダイニングに昼食用意したから、それでも食べてて」
「ん。分かった」
素直に部屋を出て行く尚斗を見送って、友理は瑤子に下着などの在りかを訊いてきた。
着替えを用意すると、熱い湯に浸したタオルを絞って、瑤子の体を拭き始める。
「なんか……信じられないわ」
「え?」
瑤子の問い返しに、友理は着替えを手伝ってくれながら苦笑いする。
「だって、うちの阿呆と、瑤子ちゃんみたいな大人っぽい……キレイな子が付き合ってるだなんて……。
こう言っちゃなんだけど、瑤子ちゃんだったら、男に不自由しないでしょ?
何を好き好んで、尚斗なんかと……って、思っちゃった」
最後は少し声をひそめ、おどけて肩をすくめる。
「そんな……!」
瑤子は、おおげさに見られてしまうくらい、首を振った。
「私……私のほうが、尚斗くんに不釣り合いなんです……」
きゅっ……と、唇をひき結ぶ。
布団の端を握りしめ、うつむいた。
(……汚れた過去をもっている私のほうが───)
「瑤子ちゃん……?」
友理にしてみれば、この場にいない尚斗について、瑤子と軽口をたたく気でいたのだろう。
いきなりそんな風に瑤子に落ち込まれ、次の言葉に詰まったようだった。
そこへ、メッセージアプリの通知音が鳴り響いた。
「あ、ちょっと、ごめんね」
断りを入れ、友理は傍らのバッグから携帯電話を取り出した。
「ありゃ、裕希だわ……。そういえば、連絡入れるの、すっかり忘れてた……。
───もしもし、ごめん。うっかりしてて……うん。
ちょっといま、取り込み中で……んーん、平気。
弟の彼女が具合悪くて、様子見に来てるの。
だから、もうちょっと、かかりそうなんだけど」
「あの」
なんとはなしに話を聞くうち、瑤子は思わず声をかけてしまった。
どうやら友理が、自分のせいで約束をすっぽかしかけたようだと気づいたからだ。
「私のことでしたら、もう、大丈夫ですから。
おかげさまで、体もだいぶ楽になってきましたし。
ご迷惑かけてしまって、すみません」
「やだ、瑤子ちゃん。迷惑だなんて、そんな……。
ちょっと、ヒロ!
あんたのせいで、瑤子ちゃんによけいな気ぃ遣わしちゃったじゃない。
……ん、分かればよし。
じゃ、またあとで連絡するわ」
友理は強引に話を終わらせたようで、携帯電話をしまいこんでしまった。
それから気を取り直したように、土鍋に手を伸ばし、小皿へとよそいだす。
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