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第一章 人造乙女殺害事件
4.フレンド
しおりを挟むあきらが帰り着いたとき、家人不在の自宅の玄関には、寂しげな明かりがともっていた。
朝の登校時には消えていたはずだから、父の美波征四郎がスイッチオフを忘れたのだろう。
父の帰宅は夜遅い。日付が変わる前に帰らない夜もある。もっと便利な市街地に住めばいいのに、瑞凪町という小さな町を拠点にしたまま、毎朝車を運転して仕事先にかようのには、後ろ向きな理由がありそうなものだ。
だが、詳細は知らない。たぶん、尋ねたところであきらの父親は話さない。そういう大人だ。
父親との間に会話は少なかった。あきらの母親は二年前に出ていったきり、とうとう家庭には戻らず、父がたんまりと手切れ金を支払ったすえに離婚が成立した。
裁判所の判断で父に親権が渡ったのは妥当だと思う。戸籍上の母であるひとに、養育能力が欠如していたものだから、あきらとしても納得はしている。
不器用な片親とふたりで暮らす生活はさほど寂しくはなく、お小遣いも十分すぎるほど受けとっているものだから、何不自由はない。定期考査に日々の予習復習、毎月の行事、部活動、クラス内ヒエラルキーを気にしながらの学園生活、高校生がすべきことなんて黙っていて次々と降ってくる。
それに――今はあのひとがいる。
殺風景なリビングから逃げ込むように暗い自室へ。画面のむこうに待つひとがいるという確信をもって、あきらはパソコンの前に座り、電源ボタンをぐっと押し込む。
――私は、友達だと思っている。
彼なのか、彼女なのか。それは知らない。
知らないままでも生きていける。
ブラウザを起動して最初にアクセスする先は決まっていた。
〈テラリウム〉のウェブサイトだ。携帯のアプリからでもアクセスできるが、自宅のパソコンから訪れたときのレイアウトのほうが、ずっと洗練されている。
わずかながらの読み込み時間を経てから、ゆるやかにブラックアウトした画面に、群青を基調とした背景が紙芝居をめくるようにさしこまれる。
中央には、水槽を模したタイムライン。
リアルタイムに投じられた言葉の数々が、ひらりとひらりと泳ぎまわる魚たちの姿で泳ぎ去っていく。マウスポインタをあてると、水泡が浮かびあがっては弾けてまうのが儚くも幻想的で美しい。
――まるで、深海に沈むかのようだ。
〈テラリウム〉を訪れるたびに、あきらの網膜にはそんな幻がふうわりと裾を広げては霧散する。
そして、真木やジェスター様の信奉者たちを笑えない現状を自嘲する。自分だって、同じようにこの海に生かされている。
相手のログイン状態を確認して、すっかり見慣れたアイコンをクリックする。専用のチャットルームに入室して、さして熟考もせず、そのときの気分のまま、あいさつを打ち込むことにした。
アキラ:こんばんは、ネモ。いますか?
テキストウィンドウの下部で波が揺れる。相手が入力中であるとほのめかすアニメーション表示は、五秒とたたずに二行の文章に変化した。
ネモ:ハロー、アキラ こちらネモ いるよ
ネモ:きょうもじょうずに呼吸はできたかい?
おどけたようなゴシック体が、いまにも踊り出しそうだ。
海底のようなチャットルームでなら、こんなふうにタイムラグもなくうまく話せる。
陽の光に弱い深海魚じみた生態が直せなくて、あやうく勉強時間をすり減らさないようヒヤヒヤしているというのに、〈テラリウム〉に沈むたびあきらの息ははずむのだ。
アキラ:ばかにしないで。ネモこそどうなの。
ネモ:こちらは変わらず海の底さ。アキラは進化していてえらいなぁ
アキラ:そうでもない。昨日話してから、結局まだ遺書の件は手がかりもなにもないし。
ネモ:君んとこの部室に置かれてたって、あれか。うーん、難題だよね。ふつうに考えるなら君の部活仲間のうち誰か?
アキラ:けどやっぱり、MもKもそういうこと深刻に思い悩むタイプには思えない。
ネモ:じゃあ、引き続き要観察ってところかな。進展があったらまた教えてくれよ
画面左方をうかがえば、シーラカンスのアイコン画像。
いつだったかフリー素材なのか自作の絵なのか尋ねたら、ただの手慰みのらくがきだと教えてくれた。それにしては色遣いも丁寧で、かわいらしい筆使いだ。
――このひとが、ネモ。海底の古代魚を気取る、美波あきらの友人だ。
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