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冴えない私の助走編

第18話 三人目も挨拶に来た伝説

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「うーん……!!」

 起床して、ベッドに寝転んだまま自分のチャンネルの登録者数を見た私。
 これ、何かの間違いでは……?

 86.456人。
 私のチャンネルの登録者数だ。

「昨夜から一万人くらい増えてない……?」

 ただでさえ、おかしな速度で登録者数が増えているのだ。
 それが、昨日水無月さんとコラボして、デビューイベント参加! となったらさらに増えた。
 なんだこれは……?

 というか、どうして私がなうファンタジーの新人デビューイベントのゲストに呼ばれるの……?
 そもそも私も今月デビューしたばかりなんだけど……?

「うぬぬぬ、ぐぬぬぬぬ」

 唸っていたら、LUINEから反応があった。
 カンナちゃんだ。

『ということで、ミナから話があったと思うけどよろしくお願いします! 今度打ち合わせがあるので、予定も送るね。あと、正式な依頼という形で会社からメールが行くから……』

「あひーっ」

 朝から圧倒的な情報量に、私はベッドの上でぶっ倒れた。

「起きなさーい。学校行く時間が近いわよー」

 母が起こしに来て、のたうち回る私を見て、「あら起きてるじゃない。早く顔を洗って髪をなんとかして、朝ごはんもちゃんと食べること」とだけ言って去っていった。
 私がゴボウ使いの配信者やってると知っても、全然態度が変わらない人だなあ……。

 公式のAフォンがあるので、死ぬことはないと分かってるからだろうな。
 これが非公式Aフォンだったら認めてもらえなかったと思う。

 母の愛に感謝しつつ、私はダラダラと着替えて洗面所へ。
 顔を洗ったり、飛び跳ねてる髪と格闘したり。
 シャワーを浴びる時間は無い!

 垂れ流されているテレビを見ながら、朝ごはんを食べた。
 そこで、ツブヤキッターのDMで兄から連絡がある。

『決まったぞ、企業案件。放課後に迎えに行く』

「今日の放課後、お兄ちゃんが私を連れてくって」

「あらそうなの? 夕飯には戻ってこれそう? それとも一緒なのかしら」

「どうかなあ……」

 DMに返事をする。

「夕飯には帰れますか……と」

『先方の支払いで会食がある』

「夕飯いらないみたい」

 なんだか大きな話になってきたなあ、と私は他人事のように考えた。

 学校でも、私の話題が盛り上がっている。

「あのダンジョン、うちの近くなんだ。毎晩ヤバい感じのうめき声とか叫び声が聞こえてきてたんだけど……。ここ最近、ウグワーッて言うモンスターとか怨霊の悲鳴が聞こえててさ。すごく静かになった……」

「ヤバいじゃん! はづきっち見た?」

「見れなかった……! っていうか、元の姿どんなのなんだろうね! 絶対はずきっち可愛いって!」

 うわーっ。
 お前ら陽キャの後ろで、文庫本を読むフリをして耳をそばだてているのがきら星はづきですよーっ!!
 だが、そんな事を口に出せる訳がない。

 身バレは社会的な死!!
 私は秘して語らぬのだ……!

 ふふふ、すぐ近くに、登録者80.000人超えの女がいるとは夢にも思うまい……。
 内心でグフグフと笑う私なのだった。

 もちろん、自分からは何も言わないので、今日も友達ができるわけではない……。

 ……と思っていたら、扉が開いた。
 視線が集まる。
 そこに立っていたのは、ポニーテールの快活そうな上級生だ。

「えーと、ええと……いた!」

 彼女は私の辺りを見て、パッと表情を輝かせた。
 おや?
 陽キャたちの先輩かな……?

「あれって、あの先輩じゃない?」

「ほんとだ。先輩って、受験勉強しながら冒険も配信やってるんでしょ?」

「誰も配信見たこと無いって噂だけど……」

 ざわざわしている。
 おかしいな。
 先輩とやらいう彼女、陽キャたちの直接の先輩ではないらしい。

 彼女はずかずかと教室に入ってくる。
 うわーっ!
 自信に溢れた仕草! 動作! 表情!

 陰キャの私は近くにいるだけで、太陽に近づいたイカロスの翼的に溶けて流れ落ちていく……!!

「あなたでしょ!」

「!?」

 よりによって先輩とやらは、私の机にやって来た!
 溶けて不定形生物になってたのが一瞬で我に返った私だぞ。
 なんだ!?
 なんなんだ!?

 学校に知り合いなんかいないぞ!!

「ちょっと来てもらっていい?」

「あ、う、お」

「決まり!」

「あひーっ」

 私は腕を掴まれ、連れてこられてしまう。
 なんだなんだ!
 ま、まさか上級生の呼び出しとは……。

 私が生意気だから締めるつもりなのか!?
 ばかな。
 入学以来、息を殺して静かに生きてきたのに!

 やって来たのは、封鎖された屋上前の扉だった。

 そこで振り返った先輩。
 私のつま先を見たと思ったら、すね、太もも、腰にお腹に胸に、そして顔を見て。
 彼女がにんまり笑った。

「あなたがきら星はづきちゃんね」

 いきなりとんでもないことを言ったのだ!

「あひっ、な、な、ちがっ、わた、そん、破滅……!!」

 私はゆっくりと後方に向かって倒れていった。
 社会的な死……!!

「おわーっ! ちょっと待って! 早まらないで! 身バレじゃないから!!」

 先輩は私をがっしりと抱きかかえた。
 パワフル!

「……はづきちゃん、かなり着痩せするタイプだね……?」

「うっ、ダイエットします。というか、身バレじゃないならどうして……?」

 私の疑問に、先輩はウインクして答えた。

「バーチャライズ」

 彼女が呟くと、その姿が変わる。
 それは……。
 昨日、ツブヤキッターで見たものだった。

 カンナちゃん、水無月さんの隣りにいた、三人目のなうファンタジーの新人。

 卯月桜。

 活動的にデザインされた淡桃地に濃いピンクの桜柄の着物を纏い、腰に刀を差したポニーテールの女の子だ。
 髪の色は、ピンクと赤のメッシュ。

「今度コラボするってことで、挨拶に来ようって思ってたんだよね! カンちゃんもミナぽんも、二人ともはづきちゃんの話をするから、羨ましくって!」

 なに……!?
 なんだと……!?

 すぐ間近に、なうファンタジーの配信者がいたんだ……!?

「よろしく、はづきちゃん! 卯月桜です!」

 黄色のカンナちゃん、青の水無月さん、赤の先輩……もとい、卯月さん……。
 こ、これは……!!

「信号機……!?」

 どうでもいい事に気づく私なのだった。
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