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第30話 道化師とマールイ王国の近況

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 久々に城下町に戻ってきた。
 ねぐらにしている宿に挨拶をし、ギルドにて仕事完了の報告をする。

 笑顔で応対してくれる受付嬢をよそに、冒険者たちが呆然として俺を見ているのだった。

「どうしたんだい?」

「オーギュスト……あんた、まだ生きてたのか……」

「全然帰ってこないから、完全に死んだものだとばかり思っていたぜ……」

「そんな噂になっていたのか……」

「失敬な! まだ私を死神呼ばわりするのか!」

 苦笑いする俺と、心外だと怒るイングリド。
 彼女もすっかり自信がついたようで何よりだ。

 ちなみにここ最近の冒険を経てみて、俺がイングリドの幸運スキルについて分析してみた結果だが。
 死神というのもあながち間違いではない。
 それは一方の視点から見ての話である。

 彼女の幸運は、それが隠されていれば国家の存亡に関わるような大事件に、適切なタイミングで関わることができる、というような幸運である可能性が高い。
 それらの事件は、当然ながらとても危険度が高い。
 中途半端な実力では命を落とすだろう。

 故に、イングリドとともに冒険した者たちは死んだ。
 イングリドが生き残ったのは、幸運スキルだけではない。
 幸運なだけな女冒険者が、エルダーマンティコアや、デビルプラント、巨大甲虫などを相手にして真っ向から戦えるだろうか?

 彼女の技量は、ガットルテ王国騎士団長ガオンのそれを凌いでいる可能性が高い。
 さらに、持って生まれた天賦の才とも言える、あの腕力。
 女性の身体能力は男性に劣るものだが、彼女のあれは男性と同レベルだ。

 複数の異能を有しているが故に、それがより合わさって幸運、という名のスキルになっている……と俺は考えている。

「どうしたオーギュスト。私をじーっと見て。私の食べている料理が美味しそうなら、自分でも頼めばいいではないか」

「ああ、そうしよう。済まないが彼女と同じものを!」

 冒険者になってからの一番の謎が、傍らにいる相棒のスキルだというのは、なんとも愉快なものだ。
 笑える。

 これに比べたら、腐敗神の信者たちによる陰謀の方がずっと分かりやすい。

「おや? 見知った顔がいないみたいだが、冒険に出たのか?」

 早々に食事を終えたイングリドが、冒険者たちに問いかける。
 確かに、俺がギルドに登録した頃に見た顔が、幾つもなくなっている。
 拘束時間が長期に渡る仕事を受ければ、戻ってこないのも頷けるが。

「ああ、あいつらは死んだよ。依頼が危ねえやつでな。仕事は達成されたらしいんだが、一人も生き残らなかった」

「まあ、冒険者なんてそんなもんだしな。中堅レベルになったって言っても、ちょっと失敗すりゃあ全滅だ」

 ああ、そうだ。
 冒険者とはそういうものだった。
 最近、自分たちの仕事が順風満帆過ぎて忘れてしまいそうになる。

 俺とイングリドが受けた仕事は、どれもこれも、全てとても危険なものばかりだった。
 俺たちの能力が極めて高かったから、無事に達成できたに過ぎない。
 仕事に対して、能力が足りないものや運がないものは、こうして消えていく。

 冒険者とは、そういう世界なのだ。
 物思いに耽っていると、冒険者たちの雑談が聞こえてくる。

「ところでよ、聞いたか? マールイ王国がとうとう戦争するってよ」

「マジでか!」

「マジでマジで。俺、マールイ王国の方で仕事したんだよ。そしたらよ、キングバイ王国とついに仲が最悪になったって。あそこの外交官が、話を聞いてるととんでもねえバカでさ……!!」

「うえー!」

 マールイ王国が、キングバイ王国と戦争!?
 一体、何をやっているんだあの国の連中は。

「戦争はよくないな」

 イングリドが顔をしかめている。
 他人事だからね。
 俺にとっても他人事だ。

 せめてあの国の民にはあまり被害が出なければ……なんて考えたが、思い出してみれば、彼らは俺に石を投げて国から追い出したじゃないか。
 心配する筋合いもない。

 長年世話をしてきた国民が、あんなだったとは幻滅するというものだ。
 もう二度とあんな国には戻らないぞ。
 俺は心に決めたのだ。

 だが、それはそうとして、キングバイ王国には興味がある。
 幾度か視察に行ったことはあるが、かの国は小さな島々と、無数の船からなる国土を持った独自の形をしていた。

 これに対して、大した海軍の存在しないマールイ王国では相手になるまい。
 どれだけ痛めつけられることか。
 戦争も長くは続かないだろうから、一段落した頃にキングバイ王国に行く仕事を探してみるのもいいかも知れない。

「何をニヤニヤしているんだ、オーギュスト」

「なんでも無いよ。俺をひどい目に遭わせた人々が、今頃ひどい目に遭っているかと思ったら、自然と笑みがこぼれてきただけだ」

「いい性格だな君も。だが、確かに敵対している相手を助ける者は、よほどの聖人でもなければいないな。君は聖人ではなく道化師なのだし」

「いかにも! 道化師にとって、笑えることは正義なのだ。さてイングリド。仕事が終わって早々……というか、俺たちにとっては、仕事の後の拘束期間が休みみたいなものだったが……。新たに動き出そうとは思わないかね?」

「もうか! 君は働き者だな! まあ、私も仕事を探すことに異論はない。私が手にした仕事が、目的に近づく一歩になっているというのが君の持論なんだろ?」

 立ち上がるイングリド。
 彼女には、幸運スキルがこの国の救いとなるよう、我々を導いているのではないかという持論を話してある。
 それについては、イングリドも納得するところがあったようだ。

 彼女が掲示板の前に立つと、冒険者たちから好奇の視線が集まった。

「なんでもない依頼が、イングリドが受けるととんでもない裏が出てきやがる」

「普通なら死ぬような冒険だぜ。今度は何を引き当てるんだ」

「今回も、道化師は生きて帰ってこれるのか……?」

「心配されているのは俺か!」

 ちょっとおかしくなった。
 イングリドは、自信満々に一枚の依頼書を引き剥がすと、俺に突きつけた。

「どうだ! これなら、陰謀なんて介在する隙間もないだろう!」

「ほう! 行商の護衛というわけか! なるほど、確かに!」

 アキンドー商会から出発する、行商の護衛をする仕事だ。

「私の幸運スキルで、国を揺るがす事件に遭遇して解決できるのはいい。だが、私たちにもゆったりとした仕事がたまにはあってもいいと思わないか?」

「全くだ! なるほど、君の意図はそれか、イングリド! しかし俺には、またまた予想もつかないような災難が降り掛かってくる予感がしてならないよ!」

 俺の話を聞いて、イングリドが嫌そうに顔をしかめるのだった。
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