星のカケラ。

雪月海桜

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月に住む。

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「私、死んだら星になるなんて嫌よ。だって寂しいじゃない?」
「……え?」
「星なんて小さいし、たくさんあるし、あなたが見付けてくれるか分からないもの」
「星座とかもあるし、他との繋がりはあるだろう? たくさんあるんだから、仲間もたくさん居てきっと寂しくないよ」 
「星座なんて、所詮偉い人が適当に決めた組み合わせなのよ。こいぬ座とか見てみなさい、こじつけ甚だしいわ」
「……。嫌な割りには詳しいんだな……」

 彼女の言葉に思わず手元のスマートフォンで調べてみると、これは確かに。この犬とは似つかないこいぬ座の形状に反論出来なかった。
 そうして元気に問答を繰り返す彼女は、けれど弱々しく白いベッドに身体を横たえる。

「だからね、私は月に住むって決めてるの」
「月に……?」
「ええ、月の兎と毎日戯れながら過ごすわ」
「それは楽しそうだ」
「ふふ、だから、夜には月を見上げてね。一人暗闇で迷うあなたの、道標になってあげる」
「……頼もしいな」

 遠くない未来、彼女が居なくなったなら、きっと後を追うのだろうと思っていた。
 お見舞いの度に、静かに終わりに向かう彼女を見る内に、漠然とそう思っていたのに。彼女には、お見通しだったのだろうか。

 今一番恐怖を抱いているのは、彼女のはずなのに、気を使わせるなんて情けない。いつもそうだ、一つ年上の彼女はしっかり者で、強くて、気の弱い僕はいつも助けられてばかりだった。

 いつも僕の手を引いて歩んでくれた温かな手は、今は点滴に繋がれ細くなった。その手を慈しむように、そっと握り締める。

「わかった、約束するよ。毎晩君を探して、月を見上げる」
「……月のない夜には、どうするの?」
「その時は、月よりも輝く君との思い出を振り返るとするよ」
「ふふ。なら、寂しくないわね」

 そう言って満足げに頷く彼女は、強がりながらも寂しがりな、僕しか知らない素顔を見せる。

 彼女は月のような人だった。輝く表側の美しさと、地球からは見えない傷だらけの裏側に弱音を隠す人。 
 そんな彼女を一人空に見送るなんて、本当は耐えられない。

 彼女が『私のことは忘れて幸せになって』とでも言おうものなら、その強がりを何としてでもひっくり返してやろうと思っていたけれど。
 寂しさを口にしながら希望を紡ぐ彼女の願いを、僕は叶えてあげたくなった。

「ああ、寂しくないよ。この先ずっと、月を見る度に、君を想う。夜に君をひとりぼっちにはさせないから」
「ええ、約束……あなたは長生きして、一日でも長く、ここから月を見上げてね」

 絡めた小指を緩く揺らして、僕は遠い未来、月に住む彼女を迎えに行く日を想像するのだった。

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